038「増えた困り事」
お気に入りのメイド・タリアちゃんに言って、客間を一つ借りた。
当然VIP部屋。
そりゃあもう、わたしの部屋よりもずっと絢爛豪華なもんだ。
なぜなら、その客人というのがわたしの双子の兄、雲雀恭弥だから。
あいつってばもうVIP中のVIPだからね、立場的には。
中身はどうしようもないシスコンで、これでもかってくらい馬鹿なのに…
「珠紀、いる?」
「…いや、いるもクソもないよね。もう入って来てるじゃん。」
「ばれた?」
「馬鹿なの?ねえ、馬鹿なの?」
ホラ馬鹿だ。
なんか、もう行動のひとつひとつが馬鹿なんだ。
現場での落ち着き様だとか、攻撃性はどこに行っちゃうんだろうね。
「で、何。」
「特に用は無いんだけどね。
ちょっと会いたくなっいだだだだだごめん、ごめん。
用ある、用あるから!」
「よろしい。」
引っ張った耳を離してやると、すぐににこりと笑うにぃ。
Mなのかな。
いや、わたしは知っている。
コイツがこう見えてSだってことは。
すると突然かしこまったように椅子に座り、足を組んで咳払い。
つーか勝手に座んなよ。
わたしは仕方がないので、向かい合うように椅子に腰かけた。
「正直な所、珠紀は今の生活をどう思ってるの。」
「え。」
「だって、いきなり暗殺者にされたんだよ。
本当なら嫌がったって良かったのに…
珠紀ってば『別にいいけど刺身は出ますか』なんて言って、勝手に行っちゃうんだから。」
にぃがため息混じりに言う。
少し嫌みったらしい。
そして結構腹立つ。
けど、こればかりは、わたしにも非があるから怒れない。
…ちなみに刺身は出たよ。
まあ、正確にはわたしが刺身の盛り合わせになったんだけど。
食べれたわけだから満足。
ってことにしよう。
(詳しくは001「ユー鬱」を見てね!)
「そりゃあ、元々やってた仕事には、今からはどうやっても戻れない。
でも、今ならまだ、“普通の生活”は手に入る。」
「…わたしは、元々ボンゴレファミリーだよ。」
「殆ど肩書きさ。
確かに珠紀はボンゴレファミリーの一員だった。
でも、『あの日』を境に、それは変わった。
『あの日』、珠紀はこんなことをするべきじゃないって、決めたろう?
珠紀にはまだ、普通の幸せを手に入れる権利がある。」
「………。」
「用はそれだけ。
とりあえず僕は、与えられた部屋に一度戻るから。
気持ち、整理しておいてね。」
そう言うと、にぃはすっと立ち上がり、わたしの部屋の扉を開けた。
その時だ。
「う゛ぉっ…なんだぁ、やっぱりここにいやがったかぁ、ヒバリ。」
開けただけなのに。
なんでこの声が聞こえるの。
「…なに。」
「ああ?
一応挨拶に来たんだろうがぁ。
うちのボスさんは、絶賛新婚旅行中で留守だからなぁ。
珠紀、邪魔するぜぇ。」
「え、あ…どうぞ。」
にぃの反応が気に食わなかったらしいその人物は、勿論スクアーロさん。
わたしは朝ぶりに会った。
けど、にぃにとったら何時ぶりになるんだろう。
ちょくちょく電話で話す時に、スクアーロさんの話なんかはしてるけど…
会うのはかなり久々なはず。
「ねえ君。
今から戻る所だったんだけど、ここに入るつもりかい。」
「てめえの事情なんざ知るかぁ。
今までここにいたんだから、もう暫くいればいいだろぉ。」
「…客への挨拶に来たとは思えないね。
僕がいるのは構わないけど、珠紀の部屋に君が入るっていうのが少し…」
「ああ?」
「いや、気に食わない。」
スクアーロさんのこめかみに、ぶっとい血管が浮かぶ。
にぃもよくサラッとそんなこと言うよね。
空気読め。
「んだとこの野郎…!?」
「スクアーロさん、青筋。青筋!」
嫌そうな表情を緩めないにぃに、それを隠しきれないようだ。
結局揃って部屋に入って来て、向かい合って椅子に腰かけた二人。
今当にいがみ合ってるのに、なんでまたお向かいさん?
椅子は二つしか無いのに、そこを追いやられたわたしは仕方なくベッドに座る。
「ていうかスクアーロさん。
なんですか、挨拶って。」
「お前な…
客なんだから、そりゃ挨拶くらいするだろぉ。
一応、VIP中のVIPだしなぁ。」
確かに。
ちょっと悔しい感じもするけど、そうなんだよ。
誰がこのような馬鹿がVIPに見えようか、いやない。
反語表現だって使っちゃう。
「にしても、スクアーロさんが客人に挨拶〜なんて、あんまりイメージ無いです。」
「ゔおぉい、ずいぶん失礼な奴だなぁ…
俺だって、今は立場的に仮ボスなんだぜぇ?」
「じゃあ普段はしないんですね。
やった、わたしの勝ち。
アセロラジュース奢って下さい。」
「なんでだぁ!?
つーか勝ち負けの話じゃねえ!」
「…ねえ、ちょっと、イチャイチャしてないで。
殺すよ。ほんと。」
え、そこ「咬み殺すよ」じゃないの、ねえ?
にぃの得意台詞じゃなかったっけ?
お願いだから青筋浮かべないで怖い、顔が怖い。
ていうかそもそも、イチャイチャなんてしてないしね!
話しただけじゃん!
まだ誰にも手を出してないからマシな方だけど…
やっぱちょっと過保護すぎなんだよ、にぃ。
…ちなみに余談になるけど、わたしは今まで一度しか異性と付き合ったことが無い。
なぜならにぃが撃退するから。
仲良く話してるのを目撃された時点で終わりだから。
例外の奴は何故付き合っていられたかと言うと、まあ、色々あった。
冴えない顔した奴だった。
頼りない体格だった。
ひねくれた性格だった。
それでもあいつは…イツキは、にぃの攻撃を避けたんだ。
スクアーロさんならきっと、避けられるけど…
って、付き合ってもいないんだから、そんな話無意味か。
………。
いや、ね!?
イチャイチャしてるとか言われたからさ!
言ってみただけ。
「つーか、挨拶っつっても大したことは無いんだが…
ゆっくりして行…かれちゃまあ、困るには困るが。
仮にも珠紀の兄貴だからなぁ。
寛いでいってくれぇ。」
「言われなくてもそうするよ。」
「…てめえ、少しは可愛い返事が出来ねえのかぁ。」
「僕が可愛かったら気持ち悪いでしょ。
可愛いのは珠紀だけでいいよ。」
「こんのシスコンがぁ!」
うん、これは言われても仕方ないかな、うん。
「まあ、それ自体は構わねえが、あんまり和を乱すんじゃねえぞぉ…
てめえも分かってると思うが、ヴァリアーは今大変なことになってる。
…珠紀のせいで。」
「分かりたくないけどね。」
スクアーロさんとにぃがこそこそ話しているから、わたしは暇で暇で仕方がない。
しまいには寝転がってケータイをいじり出す始末。
「いや、お前は寛ぎ過ぎだぁ」とスクアーロさん。
じゃあこそこそ話すんな!
暇なんだから。
「…とまあ本人はまるで分かってねえ具合だ。」
「だろうね。
だから僕が色々したんだし。
でも、まあ…
同じことが起きたなら、次も、僕が同じことをするだけだよ。」
「お前なぁ…
まあいい。
とりあえず、俺は一旦戻る。
珠紀、飯の時はヒバリを食堂に案内しろぉ。」
え。
なに、今日もご飯皆で食べるの?
…うっそん。
まあ確かに、前ルッスから聞いた話を考慮するなら、ボスがいないなら、あまり問題は無いかもしれない。
いや、いくら身内でも、VIPが暗殺部隊に混じってご飯っていうのもなあ…
おかしいかもしれない。
いやおかしい。
わたしは良いけど、にぃの方が…
「よろしくね、珠紀。」
行く気満々かよぉぉぉっ!
いや良いけどね。
良いけどね!
(最近口癖になりつつある…いや良いけどね。)
「じゃあ頼むぜぇ。」
「あ、ちょっ」
「じゃあ今度こそ僕も行くよ。
考えておいてね、珠紀。」
「え、うん…」
パタン。
静かに閉められた扉。
嵐の前に静けさなんて無いわ。
嵐の後だよ。
今当にそんな感じ。
なんか、この短時間でどっと疲れた気がする。
「……どうしたいのかねえ…
わたしは。」
、
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