037「困った事に為った」
「もう一度言うよ。
君は、大きな勘違いをしてる。」
さっきまでの空気は、どこへ消えてしまったのだろう。
わたしを連れ戻しに来たと言う恭弥の顔は、真剣そのものだった。
特に険しいだとか、そういう感じではなくて。
決して冗談では無いだろうことが伺える、そんな表情。
あくまでも真面目に、あくまでも冷静なままで話していると。
そう言う風に見えた。
「……。
勘違いって、何だよ。」
静かながら怒気を含んだ声で、ベルが言う。
前髪に隠れていてその表情はハッキリとは分からない。
けど、機嫌がいつもよりずっと悪いことだけは、よーく分かる。
すると、にぃがすっと目を細めた。
「最初から珠紀は、ヴァリアーに就職しに来た訳じゃない。
しかも自らの意思ではなく、綱吉の命令でね。
ましてや、雲の守護者になるためだけにだなんて、有り得ない話なんだよ。
初めから。
君は馬鹿じゃないから、これで分かると思うけど。
珠紀はあくまで、ここに“ハケン”されて来たんだ。」
それだけ言い終えると、にぃは席を立ち上がる。
そして、「今日は泊めてくれる?疲れた。」とわたしに言った。
いや、そういうのはボスに言わないと…って、そのボスがいないのか。
本当に、肝心な時にいないんだから、困る。
ベルは、何も言わずに、応接間を出ていった。
――――――――――……
「で、お前は俺にどうしろって言うんだぁ。」
「…珠紀の兄貴潰せば?」
「馬鹿言うんじゃねぇ。
つーか、俺も初耳だぜぇ…あいつがハケンだったなんて。
リングまで作ったのになぁ。」
ザンザスと満天の奴等を送り届けて、ヴァリアー本部へ真っ直ぐ帰った俺は、驚くべきヒトコマを見た。
なんと、あの雲雀恭弥がいたのだ。
妹の珠紀と共に。
そんな話は一切聞いていなかったので、急いでザンザスの携帯に電話をかけた。
が、繋がるはずもない。
何故なら、奴等は今空を飛んでいるからだ。
そこにベルがやってきて、いまに至るという訳だが…
そこでも驚いた。
ベルの口から出た一言。
「アイツ、雲雀恭弥。
珠紀を連れて帰るんだってさ。」
まあ、それは驚いた。
だって、そんなこと、あるなんて考えてもいなかったから。
とは言っても、兄貴からあいつに対しての過保護ぶりだとかは分かっていたから、“そのうち”とは思っていたが。
だが、まさかその“そのうち”がもう来るだなんて…。
予想よりもずっと早い。
確かに、俺があいつの兄だったなら、反対すると思う。
マフィアとして戦わせようだなんて、絶対に思わないだろう。
「妹だから」なんて理由じゃなくて。
『あの日』を想起させるような環境には、置きたくない。
身内として、本人のことを考えるならば。
だが俺達はあいつの親でも兄でも無ければ、初対面の奴に同情するような優しい集団でもない。
というか、そもそも珠紀を指命したのは、紛れもない。
XANXUSだけだ。
あいつは意地でも、珠紀の野郎を社会から引き抜きたがっていた。
それが何故かは、あいつ本人しか知らないが。
戦えるという意思を持っていなさそうな奴なんて、俺達にとっちゃ荷物にしかならない。
だからはじめ、俺達は別に望んでもいなかったし、何とも思っていなかった。
(まあ、いざ来てみたら、その考えは変わったのだが。)
「それで、今ヒバリの野郎はどうしてやがるんだぁ。」
「ん。
なんか今日は泊まるって。
珠紀の部屋か、まだ応接間にいるんじゃね。
ボスが帰ってきたら、話つけるつもりなんじゃねーの?」
「…にしてもタイミング悪いなぁ。
なんでわざわざ、ボスさんが発った日に限って…。」
「知らねー。
とりあえずさ、まずはお前が話つけてくれば?
このボスの不在中、ここ任されてんのスクアーロじゃん。」
真面目に言ってんのかぁ、コイツ…。
つーか、この状況で話つけるもくそもねえんじゃねえかぁ?
ヒバリのことだ。
無理にでも連れて帰……いや、流石にそれは無いかぁ。
にしても何を言って来いっつうんだぁ、この馬鹿王子は。
「流石に、『こいつは俺と結婚する約束をした』とかは駄目だぜ?
オレが許さねー。
でも、『こいつはここに来てから笑顔を絶やさない』だとか…
『こいつはここに居ることを望んでいる』くらいは言えるんじゃねーの?
それって思いっきり事実なんだし、さ…。」
ひとつ目はノーカウントとしても、確かにベルの言う通りだ。
間違っちゃいないんだから、誰も文句は言わないだろう。
言うだけでも言ってみる価値は、充分にあるはずだ。
「……わかった、言ってみるかぁ。」
俺がそう言うと、「じゃあ、よろしく。」と言って立ち上がった。
立ち去ろうとするベルに、俺は釘をさすように言っておく。
「但し、念のため珠紀の意志を確かめてからだ。
無い…とは思うが、本人は帰りたいなんて思ってたら、俺達のしようとしてる事は、ただの嫌がらせだからなぁ。」
「ん。わかってる。
それも込みでよろしくって。」
それだけ言うと、ベルは扉をくぐり、自らの部屋に戻って行った。
とりあえず、俺も何かしらアクションを起こさなくてはいけなくなったらしい。
特に、今からはまず挨拶。
あまりこういう言い方はよろしくないのだが…
立場・役職的には、ヒバリの方が俺よりも『偉い』のだ。
普通は客人が挨拶に来るものだ。
しかしまあ、それらのことを考慮すると、俺から行った方が無難かもしれない。
「行く…かぁ。」
正直、若干だるかった。
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