034「非脱臼宣言」
こんにちは珠紀です。
どうやら階段から落ちた時に肩を外したみたいです。
しかも一週間治らないみたいです。
絶望的です。
でも、こんなときでも、ひとつだけ良いことがあります。
「ゔおぉい珠紀、起きてるかぁ?朝飯行くぞぉ。」
「はぁーい。」
そうです、こんな感じで、お世話してもらえるのです。
なんたって絶対安静ですから。
しかも足も捻挫してますからね。
腕も足も駄目なので車椅子生活ですが、それでもお世話が嬉しいので構いません。
着替えやお風呂はどうするのかって?
ああ、もちろんそこはスクアーロさんではないです。
メイドさんです。
可愛いメイドさんに着替えさせてもらったり、背中流してもらったり、朝から顔洗ってもらったり。
なんていうかね。
幸せ死ねますよね。
可愛いよメイドさん可愛い。
ほんと、ヴァリアーに来てよかったって思えること第一位はそれだよね。
(行ったことないけど)アキバみたいな偽者じゃないからね。
マジもんだからね。
まあ、流石にナースとかのコスプレはしてもらえなかったけど。
「業務内容に含まれておりませんので…」ってやんわり断られたわ。
「ふへへっ」
思わず笑ってしまう。
そうすれば、車椅子を押すスクアーロさんは呆れ顔。
んまあ、今日が問題の一週間後なのでね。
この夢のような生活は終わりをむかえる(筈な)わけですが。
「気持ち悪いぞぉ。」
「あ、すいません。
ところでバイザウェイ、今日の朝御飯は何ですか?
ヒラメのエンガワ?」
「…エンガワ以外なのは確かだなぁ。」
「えっ、じゃあなんだって言うんですか?うなぎ?」
「お前、それ食いてえもん地味にリクエストしてんだろぉ。」
ちっ、バレた。
そして、そんな馬鹿な会話をしながら向かったのは医務室。
朝御飯の前に寄らなければいけないところだ。
最近の日課である。
「失礼しまぁーす。」
ガラリとドアを開けると、流石に見慣れた真っ白に統一された室内が覗く。
カーテンが揺れるこの涼しい部屋とも、今日明日ほどでお別れだ。
いざそうなると寂しいもんだ。
仕事に戻らなきゃいけなくなるし。
「これは珠紀様、おはようございます。肩のお調子はいかがですか?」
「んっとね、取り敢えずこの生活いいわ。」
「左様ですか。
ささ、先生が待っていますから。」
「ありがと。」
車椅子を押す手が、スクアーロさんのものからナースの手に代わる。
ふう、これはこれでね。
カーテンをめくると、この前から毎日会っているお医者さん。
あ、今日ひげ剃ってないな。
こんなことまで分かるように。
…いや、なりたくなかったけども。
「珠紀様、肩の調子は?」
「絶好調に動きません。」
それ好調って言わねえぜぇ、なんて飽きれ顔で言うスクアーロさん。
いや、いいの!
好調で!
だって動かしちゃいけないんだから、動かなくて正解でしょ。
とお医者さんは、わたしの腕を持ちあげて、下げて。
ちなみに痛みはない。
これはこの前から継続。
そしてお医者さんは、しばらくして「ふむ」と頷く。
「どないですか。」
「そうですね…
そろそろ、嵌めてみても良いかもしれません。」
「お゙ぉ…」と短く、スクアーロさんが言う。
そりゃな、世話係にとっちゃ大変なだけの毎日だもんな。
待ちわびたろうに。
「どうです、では、朝食後にでも嵌めにきますか?」
お医者さんが言う。
朝食後か…
いや、なんかたるくなりそうだな…
嵌めるなら、今でいいかも。
まだご飯まで時間あるし。
嵌めるって、別に何時間もかかる作業じゃないでしょ。
「あー、今嵌めちゃいます。」
「そうですか…わかりました。
では、そこのベッドへ。」
「ふあい。」
スクアーロさんがわたしを車椅子からおろし、ベッドに寝せる。
うひょ、下から見ても美形やなーなんて思いながら、わたしは頭を置いた。
そしてすぐにローアングルからの人物はお医者さんに代わる。
はっきり言って、やっぱりイケメンではなかった。
「覚悟はいいですか?珠紀様。」
「バッチコイです。」
お医者さんの無骨な手が、わたしの肩に触れる。
緊張感の中、お医者さんの「フゥーー…」という息の音が響く。
心無しか、スクアーロさんも真剣な顔だ。
すると、途端に「セイヤッ!」とお医者さんが叫ぶ。
ゴキャァッ!!
「うぎゃわぉっ!!」
え、なに、今の。
てか、ちょ、ナニコレ痛っ!
痛い通り越してなんか痺れるっていうか、なんかもう感覚が…。
驚く暇もなく、お医者さんがまたひとつ息を吐く。
どうやらこうして気合いを入れてから嵌めるのが主流らしい。
スクアーロさんが驚いているのが視界の端に映った。
いや、そうだよな。
こりゃ見てる方も驚くだろうよ。
そして、思考を切り替える暇も与えず、お医者さんは力を込めた指先で私の肩を掴む。
「セイッ!!」
ゴキャッ!
「もぴっ!!?」
激しい痛み。
それに伴い嵌まった肩。
私はそれを確認した。
あ、よかった、働かなきゃいけないけど、これで今月給料貰えるよ…
そんなことを意識の端に持って、そうしてそこから意識が無い。
――――――――――……
「あら〜ん?
ちょっとスク、珠紀ちゃんはどうしたのよ〜?」
「…ヤボ用だぁ。」
「ヤボ用って、あの子一人で何が出来るのよ。肩外れて足を怪我して…絶望的じゃないのよ!」
ルッスーリアが叫ぶ。
スクアーロは少しばつが悪そうな顔で唸る。
「…肩は、嵌めたんだが……」
「え?
なに、ちょっと、嵌めたの?」
「ああ…まあ。」
何よ曖昧ね!なんてルッスーリアは怒って見せるが、仕方がない。
嵌まったからと言って、何も無いわけではない。
外れるのが痛いだけに、嵌めるのだって痛いのだ。
そして、それに堪えきれなければ気絶の一つや二つくらいする。
スクアーロがそう説明するも、納得の行かないような顔で「困ったわねえ、ご飯作っちゃったのに」とため息を吐くルッスーリア。
まあまとめると、痛さに堪えきれないで気絶した為に、ご飯には来れない。ということだ。
すると、ベルが痺れを切らしたように言った。
「なあー、もう食わね?
別に腕嵌まったんならもう大丈夫だろ、あいつも大人だぜ。
オレ朝飯食いたいんだけど。」
「センパイ見てるとー、26歳って結構お子ちゃまだなーって思いますよー。
ていうかー、なんか今更ですけどー…
暗殺部隊っていう位なら、別にイタダキマスを揃えなくても良いんじゃないですかー?
なんでこんなにルールがのほほーんとしてるんですかー。」
「黙れよカエル。」
「ゲロッ」
いつも通りのフランのからかいに、いつも通り腹を立てたベル。
元々空腹だったのもあり、一人で朝食に手をつけ始める。
ルッスーリアは困ったような顔でスクアーロを見た。
するとスクアーロはため息を吐いて額に手をやる。
「…ラップかけとけば良いかぁ。」
「…そうするわぁん。」
「あ、隊長ー、ミーも食べていいですかねー」
「…勝手に食いやがれぇ。」
そして席につき、全員が珠紀を忘れて食事をとった。
それから珠紀が痛みの気絶から目を覚ますのは、翌日の朝のことだったという。
「もう二度と関節なんて外すもんかぁあああ」
――――
収拾つかなくなったらこういう感じになるパターン。
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