025「3日前の」
「ちょっと珠紀ちゃん、どうしたの〜?」
誰もわたしを休ませてはくれないのかね。
あのあと、自分の部屋に戻るのも何か嫌で、談話室に来てみたものの。
「…なんでもないよ」
いつもならこの時間帯は誰もいないはずなんだけどな。
みんな任務でいないから、ここを選んだのに。
「嘘よ、だってあなた、目……」
「目?」
そう言うや否や、薄桃色の可愛らしいハンカチを差し出してくるオカマ、ことルッスーリア。
彼女はお節介だ。
本当に本当に、お節介。
これが優しさから来ていることは、よく知ってるよ。
でもね、わたし、目から出て止まないものの存在も、知ってるよ。
鼻水垂れてんの。
ちゃんと知ってるから。
わたしに構わなくていいから。
「…ねえ、何かあったなら、話してくれないかしら」
いかにも心配です、と言った寂しげな声でそう言うルッスーリア。
うつ伏せに寝転がっていた体の向きを少しだけ変えて、彼女と目を合わす。
「…………。」
「……スクちゃんのこと、でしょう?」
だから嫌なんだ。
ルッスーリアは心を読むのが上手すぎる。
わたしが器用に嘘をつけるはずもなく、視線を少しだけ逸らすと、ルッスーリアは何も言わずに目を伏せた。
すると、何かを決めたように、俯きかけの顔をあげた。
「珠紀ちゃん」
「…なに?」
「3日前、スクアーロと話していたの。いえ、スクアーロが話してきた、のね」
何を?
そんなこと言う前に、ルッスーリアは話しはじめた。
――――――――――……
夕食の時間。
ヴァリアーの幹部たちは一つの部屋に集まって夕食をとっていた。
珠紀だけは任務でその場にはいなかった。
そこで、XANXUSが口を開く。
「雲のヴァリアーリングが完成した」
突然の発言であったから、みんな目を丸くして驚いた。
夕食の最中に突然声が発されたから、と言うのもあるが…
なにより、その話の中身だ。
「ボス、いま…」
「カスザメ、てめえはあとで来い」
「…!
…う゛おぉい!いきなり言っていきなり頼みごとかぁ!?」
うるせぇと言わんばかりに、鋭く赤い目でこちらを睨むXANXUS。
スクアーロはそれを見て文句を言いたい衝動をぐっと堪える。
その後、約束…というよりも言いつけ通りにXANXUSの部屋へ行ったスクアーロは、ある話を聞かされる。
雲のヴァリアーリングが完成したから、明日任務から帰った珠紀に、ここで渡すと。
そのとき、スクアーロの手から渡せと…。
それを聞いてあることを思ったスクアーロは、ルッスーリアに相談を持ち込む。
「え?」
「だから、その……
…心配……なんだぁ…」
もう一度言ったところで、ルッスーリアが驚いてばんっと音をたてて立ち上がる。
更にそれに対してスクアーロが驚くという負の連鎖。
わなわなと震える手でスクアーロを指差し、彼女は言った。
「スクアーロあなた……し、心配って…珠紀ちゃんのことよね?」
「今はあいつの話だろぉ」
迷うことなくそう答えると、今度はがっくりと膝をついた。
忙しい奴だ。
そして起き上がり席に座り直すと、改まった口調で話始める。
「私は、ヴァリアーリングを貰うっていうのは、あの子にとって、本当にいい機会だと思うわ。
だって、本当に仲間入りした証拠っていうか、形あるものっていうか……
目に見える絆が出来たって感覚よ。」
「………。」
それはそうだ。
だが、それでも。
いや、それだからこそ、珠紀にとっていけないことがある。
「あなたは何を、珠紀ちゃんの心配をしているの?
「…それは、」
なにを心配しているからなんて、とっくに分かっている。
けれど、そのあと俺にも降りかかるであろう責任。
それが、『心配』を口に出すことを躊躇わせた。
「…あいつに、」
人を、殺せるのか?
「珠紀ちゃんに、なに?」
「……なんでもねぇ」
あいつに、人殺しになる勇気はあるのか。
もし、珠紀にそれが出来てしまったとして。
そのあとの彼女はどうなる?
そんなに彼女は強くない。
それで、珠紀の心が壊れてしまったとしたら……。
そう思うと、あいつをこの世界に引き摺り込んだ俺も苦しくなってくる。
「…悪い、忘れてくれぇ」
ルッスーリアに一言告げ席を立ち上がる。
やっぱり頭がおかしかった。
部屋へ帰ろうと、ルッスーリアに背を向け扉へ手をかける。
「スクアーロ、」
「…」
「何もあなたが責める必要は無いのよ。」
「…俺が自分を責める理由がどこにあるんだぁ」
んもう強情ね、なんてため息をつき、ルッスーリアが話続ける。
「決断したとき、それが良く転ぶか悪く転ぶかは、珠紀ちゃん自身にもわからないと思うわ。
間に置かれたら、迷って、迷って、考えて、答えが出ないからってまた迷って…。
段々考えるのも面倒になってきて、諦めかけると思うわ。
けど、最後には、自分で自分の道を選ぶはずよ。
後悔なんてしない。
その時はもう、後先なんか考えちゃいないの。
珠紀ちゃん。
あの子って、そういう子じゃない?」
背にルッスーリアの言葉を聞いていた。
ああ、そう言われたら、そうかもしれないなぁ。
なんて。
人一倍迷うくせに、失敗もする。
なのに後悔なんて言葉、あいつは知らないんだ。
「だからね、スクアーロ…」
「ああ、わかった」
「!」
「…ありがとうなぁ」
ルッスーリアが何か言っていた気もするが、俺は、背を向けたまま、部屋を出た。
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