鎧とあなたとマッサージ
兵長って、たぶん私のことが好きだ。
周りに人がいなければ、彼は私のパーソナルスペースへ簡単に侵入してくる。
顔は無表情のまま、何気なく肩に腕を乗せてきたり、腰に手をやってきたりとスキンシップも多い。
みんなにやっているのかと思いきや、彼の行動をこっそり見ているとそうでもない。
どうやら過度なスキンシップは私にだけらしい。
私にとって兵長は憧れの男性である。
だけど私は多くを望まない。
この過酷な世界では、手に入れたものが重荷にもなることを知っているから。
縦横無尽に宙を舞う兵士はできるだけ身軽でいるべきだ。
だから私は、心に羽の鎧を纏うと決めた。
彼との距離を適切に保つために。
そんなある日、彼に「肩こりがひどいんです」だなんてこぼしてしまったのが悪かった。
「今夜マッサージしてやる。ラフな格好で来い。」
そう言われて断れず、渋々やってきた彼の部屋。
“飛んで火に入る夏の虫”的な身の危険は感じたが、連日の机仕事のせいでなりふりかまっていられないほど肩こりはひどくなっていたのだ。
私を迎え入れた兵長はいつもの仏頂面で部屋の奥をあごでしゃくる。
「ベッドにうつ伏せになれ。」
え、いきなりベッドですか?
とは言わないでおく。
きっと彼なりのやり方があるのだろうと思って大人しく靴を脱ぎ、しわの少ないシーツに寝転んだ。
神経質な上官が毎晩椅子で寝ていることは知っている。
事実、この寝床を人が使用している香りは感じず、どこか真新しい雰囲気さえした。
ギシリ。
スプリングがきしみ、兵長もベッドに上がったのだと知る。
「いくぞ。」
「お願いします……。」
淡々と展開は進み、変な空気は感じないまま、Tシャツ越しの右肩にそっと片手が添えられた。
次に右肘を掴んで上に持ち上げられる。
「んん……、」
自然と声が出たが痛くはない。
軽く負荷をかけながら、しばらく腕を一定方向に動かしていた。
さらに反対の腕も同じようにされ、「どうだ」とあっさり彼の手が離れたので、起き上がって肩を回してみると。
「えっ!軽い……!」
驚いた。
重しが取れたのかと思うほど肩が軽い。
凝りがきれいになくなり、可動範囲も広がっている。
「すごい、ありがとうございます兵長!」
あらぬことを疑ってごめんなさい。
そんな意味を込めつつお礼を言えば、兵長はふんと鼻を鳴らした。
「大したことない。……だがこっているのは肩だけじゃなさそうだな。もう一回寝てみろ。」
「分かりました。」
言われた通りにまたうつ伏せに寝直す。
まさかあの兵長にこんな器用な一面があったとは、なんて感心していると、太ももの上にズンと重さが加わった。
どうやら跨がれたらしい。
急な接近に、少々ぎくりとした。
が、施術という手段のためならこの体勢もきっと変ではない、と思い直す。
そしてやにわに、指先が両の肩甲骨の中心にやんわり当てられた。
そのまま、つぅ――――、と腰の方へ下がっていく。
「ぅあ……っ!?」
ぞくぞくぞくぞく。
なぞられた皮膚が指の動きに合わせて粟立った。
それから彼は腰を指先で撫でるようにさすり、時おり親指でゆっくりと圧迫してきた。
びく、びく、びくり。
くすぐったいとも、気持ちいいともとれる刺激に身体が跳ねてしまう。
それはもう、自分で恥ずかしくなるほどに。
「……っ、……あの、これ、マッサージですか?」
「当たり前だ。どうかしたか?」
「なんか、変な感じで……。」
彼は口をつぐみ、その手は体の様々なところをゆったりと這い始めた。
背中全体をスローな動きでさするように撫で。
なぜか腰周辺は執拗に。
さらに潰れた胸と脇の境を揉みこんだりと、なかなか際どい箇所へも。
すり、すり……。
さす、さす……。
ぐり、ぐり……。
動きは常にやさしくて官能的。
腕に額を押し付け、変な声が漏れないよう下唇を噛んだ。
しかし、触れるか触れないかの力加減で10本の指先が上半身をくまなく巡り始めたときは、甘いじれったさに全身が震えて止まらなかった。
「ん……っ、」
出し抜けに肩からうなじを指の腹でなぞられ、ついにうなってしまった私。
そのときシーツに吐いた息が明らかに熱くなっていて、ようやく気付く。
これは、愛撫だ、と。
体に情事の準備をさせるための触れ方。
下腹部の奥に火を灯し、異性を焦がれさせる行為。
恋人たちがベッドの上で情熱的なキスを交わすとき、ちょうど相手の体を刺激し合って高めていくような戯れに、限りなく近い。
知らなかった。
知りたくなかった。
好きな人に触れられると、体はこんなにも熱を持ってしまうなんて。
今や薪をくべられて大きくなった炎は体の内側でジリジリと理性を焼いている。
私がひとり戸惑っていると、太ももの上で彼が上体を倒し、腕の横のシーツに手をついた気配がした。
そして耳元へ、そっと寄せられた唇。
「息が荒いじゃねぇか、ユフィ。」
「……っ!」
左の鼓膜を震わせた、ため息をつきたくなるほど色っぽい音。
ひくりと腰が反応する。
なんてことだ。
私、兵長のことを欲しがってしまっている。
彼の好意をさらりと受け流し続け、いつまでも身軽でいようと心に決めていたのに。
なんてもろい私の鎧。
顔を横に傾けて彼を見れば、すぐそばで絡んだ伏し目がちな視線。
黒髪のかかるその薄い瞳は、しっとりと濡れているようだった。
「次は、どうしてほしい。」
「!」
不覚にも涙腺が緩みそうになる。
いいんですか、もっと触ってくださいって、もっといやらしいことしてくださいって、ねだっても。
あなたはそうやって懐に私を招き入れ、私の羽を一枚一枚剥いでいくけれど。
この身を預けて、いいんですか。
そうなっても私はうまく飛べるんでしょうか。
「心配するな。この先は、ヨくなるだけだ。心も体もな。」
気持ちを読まれたかのように、甘い水が私を誘う。
気づけは彼の顔が数センチ先に迫っていて。
あ、と思った時には、自分からその唇を食んでいた。
触れた肉のやわらかさに私の頭の芯は一瞬にして溶け、そして息継ぎの合間に口走っていた。
ヨくしてくださいって。
end.
※「兵長が肩こりがひどい夢主へ過激にマッサージ」のリクでした!(お名前は空欄でした。)
※ありがとうございました!
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