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妖しい薬と子どもと補佐官


調査兵団のマッドサイエンティストことハンジ・ゾエは、機嫌よく鼻歌を歌いながらスポイトに入っていた液体をティーカップへ垂らす。
そしてティーポットで程よく蒸してあった紅茶をカップに注いだ。
ふんわりと茶葉のいい香りが部屋に広がる。

「おい、ハンジ。」

そのタイミングでリヴァイが研究室にやってきた。
明日の訓練の打ち合わせのためだ。

「あぁ、もうそんな時間か!ちょっと待ってて、メモを取ってくるから!」

研究熱心な分隊長は慌てて隣の部屋へ消えた。
後に残されたのは、机の上にある二つのティーカップとリヴァイ。
手持ちぶさたになった彼は椅子に腰かけ、それから湯気の立ちのぼる紅茶を見た。

「お待たせお待たせー!ってうわぁリヴァイ!?」

紙を数枚持って戻ってきたハンジが見たものは、床に倒れた兵士長と、かさの減った紅茶のカップだった――

「……ということなんだよユフィ!」

「えぇー。」

兵士長執務室にて、ことのあらましをユフィへ伝えたハンジ。
驚きを隠せない兵士長補佐の足元には黒髪の男の子が絡み付いている。

「それで、この子が薬入りの紅茶を飲んだ兵長……?」

「うん、そう。本当は別の兵士に飲んでもらおうと思ってたんだけどね。で、リヴァイって身長のわりに重くてさ。彼を運ぶためにモブリットを呼びに行ったんだけど、帰ってきたらリヴァイの服を来たこの子がいたんだ。」

「えぇー。」

にわかに信じがたい話だが、ハンジは続ける。

「何を言ってもひたすらユフィを呼んで泣くものだからここへ連れてきたってわけ。」

彼女の太ももまでしか背のない男の子は目元を赤くしており、泣いたあとがあった。
少量しか摂取していないからそのうち元に戻るだろう、それまで面倒をみてほしい、そんな旨を伝えてハンジは風のように去っていった。
次は巨人に投与するぞー!という雄叫びを上げながら。

「えぇー。」

何度目かの「えぇー」を呟いたあと、しんと静まり返った執務室でユフィは足元にぴったりくっついている子どもを見た。
まずはコミュニケーションを取ろうと、しゃがみ込んで視線を合わせてみる。
恐がらせないように笑顔を浮かべながら。
年齢は5歳くらいだろうか。
不安そうな男の子は三白眼で肌が白く、確かにリヴァイの面影があった。

「えーっと、兵長……ですか?」

「……リヴァイ。」

もじもじしながら小さな声が返ってくる。
案の定、精神的にも幼児に戻っているらしい。

「リヴァイ、だよね。うん。そうだよね。」

はは、と乾いた笑いがむなしく部屋に漂った。
直属の上官を呼び捨てで呼んでしまい、少し後ろめたい、妙な気持ちになる。
そんな彼女をじっと見つめる子どものリヴァイが彼女を指差し、「ユフィ」と言った。

「あ、分かる?そう、ユフィです。」

「ユフィ、いっしょにいて?」

「っ!!」

小首を傾けたその子のうるうるした瞳に、彼女の心臓はズキュンと射抜かれてしまったのだった。

とりあえず、今のリヴァイにとっては大きすぎるシャツを脱がし、洗い方を間違えて縮んでしまったユフィのTシャツを着せておいた。
それでもワンピースのようにブカブカだったが、無いよりかはましだろう。
着替えが終わっても、子どもリヴァイは片時も離れずユフィにくっついて回った。
少しでも彼女が視界から離れるとその途端に泣き出してうほどのべったり具合だった。

調査兵団本部に子どもが遊べる玩具など置いているはずもないので、ユフィはその子を連れて歩き、馬を見せてやったり近くの森へ立体起動訓練の様子を見学しにいった。
今日があまり忙しくない日でよかったなぁと思いながら。

「あれ、ユフィじゃん。」

訓練場のはずれにいる二人を見つけたフル装備のリーネがやってきた。
どうやらリーネの班は休憩中らしい。
そして黒髪の男の子を見るや否や、真面目な顔で指をさしてきた。

「あんたの子?」

「違います!」

誤解を解くべく成り行きを説明すると、リーネは肩をすくめる。

「なーんだ。あたしはてっきりリヴァイとあんたの隠し子かと。」

リヴァイが幼児になった件については完全にスルーされた。
さすが肝の据わった調査兵、とでも言うべきか。
兵長と私はそんな関係じゃないですから!と慌てて言えば、彼女の後ろにもじもじ隠れていたリヴァイがちらりと顔を覗かせる。
そして上目遣いで見上げてくるのだった。

「おれ、ユフィがすき。」

「え。」

「ユフィとけっこんする。」

小さな口から飛び出たのは、控えめだけれど意思のしっかりした声。
それを聞いたリーネがユフィを横目で見ながらニヤニヤして口笛を吹いた。

「へぇー、リヴァイくんはユフィちゃんと結婚したいんだねー?」

子どもの言ったこととはいえ、その子の元々は大人のリヴァイだ。
どう受け取っていいのか分からずに、へにゃりと半笑いになる。
とりあえずこれ以上からかわれてもかなわない。
ユフィはリヴァイを連れてそそくさと訓練場を後にした。

「早くくっつけばいいのに。」

彼女らの背中を見送るリーネの独り言は、誰の耳にも届くことはなかった。

そうして本部の建物に戻ってきた二人だったが、困ったことに、なんとリヴァイ少年は行く先々で出会う大人に「ユフィとけっこんする」宣言をし始めたのだ。
そのたびにユフィは微妙な半笑いをするはめになった。
実際、彼女にとって兵士長リヴァイという人物は好意を昇華させた憧れの存在であり、天地が引っくり返っても手の届かない相手だと思っていた。
もし彼に結婚など申し込まれようものなら卒倒するくらいに、いや必ず卒倒してしまうに違いない。
それほどまでに舞い上がってしまうだろうが、イメージしたところでそんなことはあり得ないと彼女は頭を振る。
だから子どものリヴァイの「けっこん宣言」は微笑ましくて嬉しい半面、現実になるはずがない確信が心を密かに切なくさせていたのだった。

そうして、あるときは生暖かい目で見られ、またあるときは「式には呼んでくれよ」と肩を叩かれ、やっとのことでリヴァイを連れて執務室へ帰って来たユフィ。
なんだかゲッソリと疲れたが、通常の執務もしなければならない。
補佐官の持ち場に座り、いっこうに元の姿へ戻る気配のない幼児を膝に乗せて簡単な書類仕事をすることにした。

「……リヴァイくんは私と結婚したいの?」

しばらくして、机に向かって紙に落書きをする小ぶりな頭へ、ぽそっと問いかけてみる。
顎のすぐ下にある黒髪からは太陽の匂いがした。
口にしておいて我ながら何を聞いているのだろうと思ったが、もう遅い。
リヴァイ少年は鉛筆を動かしながら答えた。

「うん。ユフィのことだいすきだもん。」

「そうなんだ。」

「ずっとまえからだいすきだよ。」

彼が抽象画のような絵を描くスペースを避けて書類にペンを走らせていた手を止める。

「ずっと前……?」

その言葉に引っかかっていると、リヴァイは振り返って目をしょぼしょぼとさせ、「ねむいー」と言いながら胸に顔をうずめてきた。
お昼寝タイムか、と理解して彼を抱き上げ、兵士長のベッドへ運んだ。
今の彼にとっては広々としたシーツへ横たえれば。

「ユフィもいっしょにねよ?」

「っ!」

うるっとした上目遣いで頼まれたら、もう断れない。
寝かしつける間だけ、と決めて心の中で大人リヴァイに謝り、ベッドに上がって添い寝してあげることにする。
胸のあたりをやさしくポンポンと叩いてあげれば、すぐに夢の中へ旅立っていった。
その寝顔は天使のように愛らしい。
あのリヴァイ兵士長にもこんな時期があったとは。

すやすや眠る子どもをぼんやりと眺め、ユフィは思う。

(子どものあなたには今日会ったばかりなのに、私のことはずっと前から好きだったの……?)

瞼がだんだん重くなってきた。

(それって……、)



***



「……ふぁ、」

慣れない子守りをして少し疲れたからか、いつの間にか眠っていたようだ。
ユフィは覚醒しかけながら、ベッドのなかで伸びをした。
隣にはあの少年がまだ眠っているはずだ、そう思って目を開けると、

「ぅわぁあ!!」

なんと大人のリヴァイが自身の腕を枕にしてそばに寝転んでおり、バッチリ視線が合ってしまったのだ。
さらに相手は全裸だった。
リヴァイの傍らには子どもの着ていたTシャツが破れてただの布切れになって落ちている。
今まで彼に寝顔を見られていたのだと思うと顔から火が出そうだ。

「へ、兵長、いつからお目覚めに……?」

「俺も今さっき起きた。」

飛び起きたベッドの上で尻餅をつき、口をぱくぱくさせている彼女の目の前でリヴァイも起き上がる。

「も、元の姿に戻ったんですね……!」

彼の大事な部分はシーツで隠れていたが、下半身へ目をやらないようにしながらユフィはしどろもどろに言った。

「あぁ。クソメガネの野郎……、紛らわしいことしやがって。ユフィ、面倒かけたな。」

「もしかして幼児のときの記憶もあったりするんですか?」

「あぁ……。」

二人の間に、妙な空気が流れた。
幼児の記憶があるということは、「けっこん宣言」をしたことも覚えているわけで。
しかし所詮子どもが言ったことだ。
この場で蒸し返すことでもないと思い、彼女が一旦退出しようと口を開きかけたそのとき。

「……クソッ。」

彼は急に悔しそうな顔で悪態をついた。
びっくりしたユフィは一体どうしたのかと相手の様子を伺う。

「よりにもよってガキの自分に先を越されるとはな……。」

「え?」

さらに頭をぼりぼりかき、視線を上げた上目ぎみの瞳はユフィをじっと映した。
真っ直ぐで揺るぎのないそれは、まさにリヴァイ少年が「けっこん宣言」をするときに見せた瞳とまったく同じで、ドキンと心臓が音を立てる。
とある予感が胸をかすめ、彼女を緊張させた。

そんなこと、あるはずがない。
あり得ない。
でも、だけど。

窓から入ってくる傾きかけた日差しを浴びながら、彼は口を開く。



数秒後、人間がひとり卒倒する音が執務室に響いたのだった。



end.




※みゅーさんの「ハンジの薬で幼児化した甘えん坊リヴァイが夢主にひたすらついていく」のリクでした!
※ありがとうございました!


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