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湖とカラーリリーとふたりのデート



「遠出のデート?」

「はい。」

耳に慣れない字面を、リヴァイは思わず聞き返していた。
隣で彼の恋人はこくんと頷く。

「たまにはそういうこともしてみたいなー、なんて……。西の湖にカラーリリーっていう花の群生地があって、今がちょうど見ごろなんですって。明日はどっちも非番ですし、息抜きに行ってみませんか……?」

上目遣いしながら控えめにそう提案してくる。
立場的に普段は忙しく、なかなか二人きりでゆっくりできないリヴァイとユフィ。
それゆえあまり我が儘を言うことのない彼女の珍しいお誘いを、リヴァイが断るわけがなかった。
「分かった、行こう」と返事をすれば、嬉しそうに顔をほころばせる。

かくして、二人は久しぶりにデートをすることになった。



***



次の日の朝、それぞれの愛馬に跨がり、二人は出発した。
目指すは調査兵団本部から馬でしばらく行ったところにある、有名な湖畔だ。

空は晴れ渡り、草原を颯爽と駆けるのはとても気持ちがいい。
今日は完全なオフだからなおさらだ。
しばらく走っていると町が見えてきたので、二人は休憩がてら立ち寄ることにした。

「わぁ!」

小さな町だったが市場には活気がある。
ブラブラと歩いていたユフィは食べ物を売る露店の前で目を輝かせた。
水玉やストライプ模様にアイシングされたポップなクッキーがずらりと陳列されている。

「おや。いらっしゃい、キレイなお姉さん。買ってくれたら一袋おまけするよ!」

「ほんと!?」

調子のいい男性店員がそばへやってきてウィンクしてみせる。
まるで肩へ手を置いてしまいそうな距離感に、クッキーに夢中な彼女は気付かない。
そのときだった。
店員とユフィを隔てるがごとくずいっと腕が突き出し、その手には硬貨が数枚。
次いで、地の底から響くような、すごみのある声がした。

「一つ、もらおうか……。」

その腕と声の主を見て「ひっ!」と悲鳴を上げた店員は、菓子の袋を4つ掴んで紙袋に突っ込み、丁重に硬貨と交換して露店の奥に素早く引っ込んでしまった。
そんな挙動のおかしい店員をぽかんとして見ていたユフィ。
腰に手が回ってやっとリヴァイへ振り向く。

「あの人、どうしたんでしょうね?」

「ったく、目を離すとすぐこれだ。行くぞ。早く二人きりで落ち着きたい。」

しかめっ面のリヴァイは「二人きり」という単語にぽっと頬を染めた彼女の手を引き、馬の繋ぎ場へさっさと戻るのだった。

そうしてまた馬を走らせ、正午に近くなった頃、ついにたどり着いた目的地。

「……!」

その光景にユフィは胸を詰まらせた。
白い花の絨毯が湖畔を囲い、広大に広がっている。
鏡のような湖の水面は空の青を鮮明に反射し、それらのコントラストが幻想的な景色を作り出していた。
花畑に近寄ってみると、カラーリリーはすべやかな花弁を満開に広げており、風に揺らいで客人へ挨拶した。

「きれい……。」

「そうだな。」

リヴァイも彼女の隣にやってきて、ぽつりと言う。
壮麗なパノラマを前にしてロングスカートをやわらかくはためかせる愛しい恋人は、彼の目にこれ以上ないほど眩しく映るのだった。

ひとしきり景色を堪能したところで、湖を見渡せる木の下に敷物を敷き、お昼を食べることにした。
メニューは、ユフィお手製のサンドイッチと、デザートとして市場で買ったリンゴだ。

「美味しいですか?」

「うまい。」

卵サンドを頬張るリヴァイを彼女は嬉しそうに眺める。
忙しくて普段の食事を疎かにしがちな彼がものを食べているのを見ると、とても安心するユフィだった。
早起きして作った甲斐があったというものだ。

ランチを終えた頃、ふいに雲が立ち込め、ぽつりと湖の水面に波紋を作る。

「雨だ!」

波紋は瞬く間に増えて水面はまだら模様になった。
荷物を急いで片付け、二人は偶然見つけたバンガローで雨宿りすることにした。
おそらくどこかの金持ちの別荘なのだろう。
半年以内に人が暮らした形跡はなかった。
あまり濡れずに済んだことにほっとしながら、リヴァイは小ぶりな屋根付きのテラスに腰を下ろす。
風邪を引いてはせっかくのデートが台無しになってしまう。

「遠くのほうは晴れてるな。通り雨か。」

ユフィもてこてことやってきて、二人きりの状況を最大限に活用し、体を横向きにしてリヴァイの脚の間におさまった。
頭を彼の肩に預け、同じように白くもやがかった湖畔を見つめる。

「止むまでゆっくりしましょう。」

さあさあと静かな雨音が空気を満たしている。
目の前には、まるで薄いベールをかけたような湖と白色の花畑。
絵画のような景色と、分け合う体温。
今このとき、二人の世界はそれだけだった。

「こんな穏やかな時間は久しぶりですね。」

そうつぶやけば、髪に唇が押し当てられる感触がした。
こうやって恋人らしい時間を過ごすのも、いつぶりだろうか。

心の甘酸っぱさを感じていると、ふいに彼女は思い出す。

「あ、そうだ。市場で買ってくれたクッキーでも食べましょうか。」

「あれ食うのか。」

「え?せっかく買ったのに食べないんですか?」

「あの鼻の下を伸ばした店員を思い出して癪だ。」

眉をしかめた恋人をユフィは見つめ上げる。
人類最強と呼ばれる強面男の、可愛い嫉妬。
実はわりとよくあることだったりする。
男兵士と話しているといつもやや強引に割り込んでくるし、他の男と二人で外出する許可はまず下りない。
やれやれと思いつつ、彼女はくすぐったい気持ちでいっぱいになった。

「機嫌直してくださいよ。」

「直し方、知ってるだろ。」

言いながらユフィの髪を撫でれば、恥ずかしげに伏し目になる。
恋人の機嫌を直す方法に、心当たりがあるからだ。
それから黒いジャケットに包まれた肩へ手を添え、おずおずと再び視線を上げた。
艶っぽさを増した彼女の表情はリヴァイの心にさざ波を立て、そのやわらかな肌へ食らいつきたくなる衝動に駆られる。
しかしここはぐっと我慢することにした。

「あの、目は閉じてください?」

リヴァイが素直にまぶたを伏せれば、ゆっくりと顔を寄せるユフィ。
ややあって、極めてささやかに、唇同士が触れ合った。
優しく、ピュアなキスだった。

「…………。」

口付けは数秒で終わったけれど、リヴァイはまだ目を閉じたまま。
それを見たユフィはわずかに迷ってからもう一度唇を寄せる。
今度はやんわりとついばむ、少し積極的になったキスだ。
このときを待ちわびていたリヴァイ。
遠慮がちな吐息が唇を湿らせたところで、いよいよ彼女の行為に応え始める。

「っ、」

さらに濃密に触れ合えるよう、おもむろに顔の角度を変え、相手のふわりとした唇を食む。
かすかに反応した細いうなじに手を添えれば、また深くなる戯れ。
時おり生まれるリップ音がお互いをますます夢中にさせていく。
静かにけぶる湖畔を臨む、このテラスを包んでいる空気だけが熱を持っているようだった。
口付けは徐々に深くなり、ユフィは悩ましげな声を漏らし、たっぷりと相手を味わう喜びを一心に感じていた。

ここでは書類へのサインを催促しにくる部下もいなければ、訓練の終始を告げる鐘の音を気にする必要もない。
二人の邪魔をするものは何もなかった。

かすかな音を立てて唇が離れると、目尻をとろんと下げて微笑むユフィ。
クッキーよりもうんと甘いものが、目の前にはあった。

「おやつ、いらなかったですね。」

「菓子はハンジらへの土産にすればいい。」

なんせ4袋もある。
額やまぶた、頬に幾度も口付けを降らせながらリヴァイは言った。
心から愛でられている実感が彼女の胸に広がり、幸福感が溢れ出す。
唇を受けながら、細く熱っぽいため息が自然とこぼれた。

リヴァイも彼女のいじらしい表情にたまらなくなって、その体を強く抱きしめる。
ぴったりとくっつくあまり、とくとくと脈打つ相手の心臓の音さえ聞こえてくる。

「本当に俺はお前に溺れちまってるな……。」

「お互い様です……。」

シンプルなひと時の中で際立つ相手への愛情を、リヴァイとユフィ、それぞれが痛いほどに感じていた。

時間の許すまで、甘い甘いキスを交わし、確かめるように抱擁して体温を分け合い、露に潤う景色を眺め、なんでもない言葉をぽつぽつと交わした。

いつの間にか雨は止み、雲の切れ間から光の柱が湖に何本も射し込んで神々しい光景が広がっている。

「遠出は……いいアイデアだ。」

「また来ましょうね。」

「あぁ。」

過酷な日々の隙間にこんな日が少しだけあっても悪くないと思う。

二人は手を繋いで、日の当たる大地を踏みしめたのだった。




end.



※みくさんの「些細なことで嫉妬する夢主溺愛な兵長」と、華衣。さんの「調査兵団設定のとにかく甘い話」を掛け合わせました。
※ありがとうございました!


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