5 どうしたの?
朝。
ユフィは工房で寝床にしているソファーの上で目が覚めた。
ベッドは大きすぎて場所を取るので最初に運び出してもらった。
地下にいた頃でもイスを並べた上で寝ていたので、それがソファーに変わっても何の問題もない。
上体をのっそり起こすとかけられていた毛布が肩から落ちて、同時にどこか安心する香りに鼻をくすぐられた。
「……リヴァイ。」
彼の香りが移った自身のつなぎを、抱きしめるように掴む。
****
いつにも増して寝不足ぎみのリヴァイは、本部の廊下を歩きながら重たげな頭を叱咤するようにこぶしで軽く叩く。
昨晩、抱きついてきたユフィは泣き疲れていつの間にかそのまま寝てしまい、自分の部屋に寝かすわけにもいかないので彼女の工房に運んでやった。
そして自室にはリヴァイの心をくすぐっていたユフィの香りが残っていて、なぜかもんもんとしてしまい目が冴えてしまったのだ。
(クソ……あのガキにはつくづく振り回される。)
胸中で軽く悪態をつきながら会議室に入る。
「あ、リヴァイ!なんかここの時計壊れちゃったみたいでうんともすんとも言わないんだ。」
彼の姿をとらえて開口一番、ハンジがいつもは壁に張りついているはずの掛け時計を持ち上げた。
「もしかしてユフィが直せるかなーと思ったんだけど、後で彼女のところに持っていってもらえるかな?」
「俺は忙しい。お前が行けよメガネ。」
ユフィに会うと必ずと言っていいほどひと悶着ある。
そんな気がして頼みを引き受けるのがはばかられた。
「いや……早急に仕上げないといけない書類があってね。例の訓練の報告結果、リヴァイはもう提出したんでしょ?」
「てめぇまだやってなかったのか。研究も大概にしろよクソメガネ。」
呆れたように言うと、「悪いね!」と口にはするものの悪びれずにハンジは頭をかく。
エルヴィンやミケもシーナへの用事があったり部下への稽古があったりと忙しいらしく、結局幹部会議の後にリヴァイが持っていくことになった。
「リヴァイ!どうしたの?」
昨夜の面影は見せず、ユフィはノックをしてから工房に入ってきた男を認識するや否や嬉しそうに駆け寄ってきた。
別になつかれること自体は嫌ではない。
予想外な言動と未だに掴めない性格が、彼を振り回すのだ。
いつものように、いとも簡単にパーソナルスペースに侵入してくる彼女を阻止するべく、掛け時計を彼女に突き出す。
「動かなくなった。直せるか?」
きょとんとしてユフィは差し出された時計を受け取り、裏表をひっくり返したりして観察する。
そのままくるりと後ろを向き、
「直せると思う。ちょっと待ってて!」
部屋の真ん中に戻りながらユフィは言って、あぐらをかいた上に時計をのせてドライバーを手にした。
「!」
ユフィの工具を操る手さばきにリヴァイは驚き、見入った。
あっという間に裏面の板が外れ、工具を換えながらするすると部品を取り出していく。
窓から射し込む日光の中で作業に没頭するその姿は、静かで美しかった。
「んー、暑い。」
唐突につぶやいてユフィはつなぎのジッパーを下げ、上体部分だけガバッと脱いだ。
「……っ。」
つなぎの下は黒いチューブトップのみで胸回り以外の肌がさらされて、調査兵という日常の中で女の肌色に触れることのないリヴァイはやっぱり視線が釘付けになる。
(全く、こいつは……。)
男がここにいるのに危機感も何もないらしい。
彼女がこっちを気にしないのをいいことに、遠慮なくその体を眺めた。
女兵士のそれとは筋肉の付きは比べ物にならないが、適度に引き締まっていて胸もそれなりにある。
ふいに、ユフィが少し手前に転がっている工具を取ろうと、時計を横に置いて膝をつき、腕を伸ばした。
その拍子につなぎの下半身の部分が少しずり下がり、
(…………。)
見えてしまった。
黒くて細い布、いや紐と言ってもいいかもしれないもので形造られた、下着の骨盤回りの部分が。
その形は世間一般ではティーバックと呼ばれる代物ではなかろうか。
「できた!」
つなぎのそで部分をしばってずり落ちないようにしてからユフィは立ち上がってリヴァイに時計を手渡しに来た。
「えっとね、部品の一つが外れてたみた……リヴァイ?どうしたの?体見せてくれるの?」
衝撃的な光景を見てしまい若干上の空だったリヴァイはハッとして、覗き込んでくる彼女から目をそらす。
先日の足をさらした寝間着姿と、今日の際どいところまでの上半身。
ほぼ彼女の下着姿を想像できる絵面が揃ってしまった。
「今はその話題はナシだ……。」
「??」
カチコチと規則正しく音を立てる掛け時計を受け取って「助かった。」と礼を言い、そそくさと工房を後にしたリヴァイだった。
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