4 帰りたい
次の日から技術者ユフィの仕事は始まった。
最近頻発している、不具合のある立体機動装置の修理だ。
そのどれもがワイヤーの巻き戻しに引っ掛かりがあるというもので、原因は先に送った不具合のサンプルをシーナの技術部がすでに解明しており、ユフィは装置の中身にある特定の部位を直すのだ。
リヴァイが懸念していた騒音も彼女の工房からはほとんどなく、部屋の前を人が出入りするかすかな音が増えたくらいだった。
それから二日ほど経ったが、ユフィと一度も顔を会わせることはなかった。
ただ、ハンジや他の兵士が口々に彼女の仕事の早さを褒め、戻ってきた装置の傷や汚れもきれいに消してくれたと上々の評判をみせている。
そんなある日、食堂でリヴァイとエルヴィンが夕食をとっているとユフィの話題になった。
「彼女は本当に機械が好きなんだな。むしろそれ以外に興味がないらしい。工房の外でたまに見かけると、常に目で追ってるのは自動で動くものだ。時計とかね。」
「要するに機械オタクか。」
「そういうことだ。あぁそうだった。リヴァイ、お前に頼みたいことがあるんだが。」
リヴァイは固いパンをかじりながら、なんとなく察して「ユフィのことか?」とエルヴィンを嫌そうにジト目で見る。
「ユフィは作業に熱中し過ぎて食事をするのを忘れるらしい。調理員に聞いたら今夜もまだ食堂に来ていないようだ。もうすぐ食堂も閉まるし、パンだけでいいから彼女の工房に持っていってくれないか。」
「……何で俺が。」
「部屋も近いし、何より彼女はリヴァイの前でだけ素になるからな。」
「……だからめんどくせぇんだよ。」
派遣員の本心を探ってこいというエルヴィンの心の内も分かるので、仕方なくリヴァイはその頼みを引き受けることにした。
夕食後、パンを二つ乗せた皿を持って工房の扉の前に立つ。
「……ぅっ、……っ、」
「!?」
ノックしようと胸の高さまで上げた手がピタリと動きを止めた。
かすかに中から聞こえたのは絞り出すような、
(泣き声……?)
「ユフィ!入るぞ。」
そう言って間髪いれずにドアを勢いよく開けると、工具やら機材が乱雑に点在する部屋の真ん中で三角座りをしたつなぎ姿のユフィが驚いたように顔を上げた。
その顔はやはり涙に濡れ、目元は赤くなっていた。
「何で泣いてる。」
「…………。」
「質問に答えろ。」
思わず詰問するような声色になった。
「……りたい。」
「あ?ハッキリ言え。」
「……帰りたい。さみしい。つらい。もうやだ。」
やっと聞こえるくらいの言葉をこぼし、再び彼女は膝に顔を埋める。
反射的にイラつきが喉からせり上がった。
「甘ったれんな!」
ユフィの肩が跳ねる。
「だからクソガキなんだてめぇは。お前の仕事は何だ?なぜここに来た?地下から出てきたてめぇのしたいことは何だ?自分を見失うからそういうことになるんだ。」
語気を荒げてそう言いきったところで、さっと冷静になる。
(何やってんだ俺は。)
衝動的に言葉を口走った自分に驚く。
長く調査兵団にいると感情というものに周囲の人間も自分も鈍くなってしまう。
それが当たり前になっている日常のなかで突然、恥ずかしげもなく素直に感情を表に出した相手に思わず引きずられてしまった。
はぁと深く息を吐き、未だに丸くなって嗚咽をもらすユフィに、なるべく怖がらせないように言った。
「お互い……落ち着くべきだな。紅茶を淹れてやるから部屋に来い。だが無理にとは言わない。パンはここに置いておく。」
パンの皿を近くのテーブルにそっと置き、リヴァイはユフィの工房を後にした。
給湯室で二人分の紅茶を作り部屋に戻っても彼女は来ていなかったので、まぁあれだけ怒鳴れば来るはずもないかとソファーで一人カップに口をつけていると、
「!」
やはりノックもせずにドアノブが回り、目を腫らしたユフィがうつむき加減で扉を開けた。
「……座れ。」
トボトボとした足取りで彼のすぐ隣にポスンと腰を落とす。
彼女の座った場所がお互いの肩や太ももと触れそうなほど近かったので、つなぎのえりを掴んで引き剥がした。
「だからなんでてめぇはいつも近いんだよ……っ。」
「……ケチ。」
その際、ユフィの髪からふわりとシャンプーの香りがして、リヴァイの調子を狂わせようとした。
それに気付かないふりをして呆れたようにユフィを見ると、先程よりも少し離れた彼女はまた瞳を涙でいっぱいにするので、リヴァイはぎょっとする。
「ったく……どうしたら泣き止む。」
ぐすぐすと涙を拭うユフィをどうにかしたくて焦ったように思わずその頭を撫でると、彼女はゆっくりとリヴァイに手を伸ばす。
「……っ!」
その際、うつむきがちで切なげに下唇を噛み、瞳を閉じてまつげから雫を伝わせるユフィをこの上なく美しく感じて目を奪われ、スローモーションのように首もとに抱きついてくる彼女のその行為を許してしまった。
「うぅ……ひっく……っ、」
しゃくりあげる至近距離のユフィからは、やはりシャンプーの香りとなぜか甘い香りがして、リヴァイは胸をくすぐられるような変な気持ちになってしまう。
今はただ、泣きじゃくる彼女の背中を時おりさすってやることしかできなかったのだけれど。
徐々に冷めゆく紅茶が、そんな二人を見守っていた。
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