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「#年下攻め」のBL小説を読む
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THE PRESENT WORLD 7

今まで何人かの異性と付き合ってきた。
しかしどの女も長続きしなかった。
しっくりこなかったのだ。
女にせがまれて手を繋いでも、キスをしても、セックスしても、それらのふれあいは違和感しか生まなかった。
その違和感を乗り越えようと試みることもなく、関係は終わった。

だから彼女が男と付き合ったことがないと口にしたとき、こう思った。

“お前も同じだったのか”、と。

勝手にうぬぼれた訳だ。
お前の相手は、やはり俺しかいないのではないか、なんて。

馬鹿な男の妄言だ。




**




次の日は休みだったが、俺は休日出勤した。
この会社の連中は外国人かと思うほど休みはしっかり取るので、当然のようにオフィスは人気がなく、ひとりPCと向き合って突き動かされるようにキーボードを叩いた。
次の日もそうした。
とにかく何かやっていないと落ち着かなかった。

月曜日。
彼女は会社を休んだ。
部長には体調が悪いとの連絡が入ったらしい。

彼女が気がかりでしょうがない。
だからといってどんな顔で対面したらいいのかも分からない。
過ちを犯した次の日、夜の8時に電話をかけたが案の定、相手が出ることはなかった。
そのあと通話アプリに1通だけ「謝りたい」とメッセージを入れた。

きっかり7回のコール音を聞いて、通話終了ボタンを押す。
毎晩それを続けている。
向こうからしたら迷惑でしかないかもしれない。
だが、彼女への償いとしてそうすることしか頭に浮かばなかったのだ。
1週間経っても話ができなかったらそこで諦めようと思った。

火曜日。
この日も彼女は欠勤した。
警察に突き出されてもおかしくないことをしたのに、まだその気配はない。

水曜日、木曜日。
淡々と彼女不在の時は過ぎてゆく。
俺は無心で仕事をした。

ひとたび気を緩めれば、吐きそうな気分が襲ってくる。
モヤモヤしたものが血液に混じって体中を流れている気がした。
誰でもいいから俺を殴ってほしいとも思った。
しかし彼女へまともに謝罪すらしていない自分にはそれも願う資格はないのかもしれない。

出来る限りの時間まで残業したかったが、8時に電話を入れると決めたのでそれまでには帰宅した。

コール音はいつも7回まで律儀に鳴る。
着信拒否されていないのが奇跡とも思えた。

コールするそのとき以外も落ち着かず、テレビをつけてみるも内容は頭に入ってこない。
精神安定を求めて仕方なく缶ビールを開けた。
一晩に何本も。
しかし睡眠時間は減った。

罰、なのかもしれない。
ユフィを守れなかった前世の罪。
その因果応報として、現世ではクソみたいな現実を味わっている。
守るどころか彼女を傷つけ、生まれたのは罪悪感とみじめさ。
俺は一生、この罰を抱えて生きるのかもしれない。
そう思うと足元がぐらぐらして、床が闇に溶けてしまうような錯覚が襲ってくるのだった。

そして、金曜日。
今日もオフィスに彼女の姿はない。
さすがに平日いっぱいを欠勤したとなると、心配する声が上がり始める。
今週は気が乗らず自販機にまったく赴かなかったので、金髪はわざわざデスクへやってきて“最近やつれてないか?”と声をかけてきた。
“問題ない”とやり過ごす。
俺のことはどうでもいい。

もう、あの笑顔は見られないのだろうか。
俺が愛し、そして壊してしまった笑顔。
最後に見た恐怖と絶望に染まった表情は、前世の最期の面影と重なる。
浅はかな本能に流され、二度もあんな顔をさせてしまった自分をひたすら恨んだ。

あの日から一週間が経った。
帰りにコンビニで弁当と缶ビールを買って、家路に着く。
パチリとリビングの明かりをつけると、荒れた部屋が視界に飛び込んできた。
ビールの缶は部屋のすみに積み上がっているし、服はいたるところに散らばっている。
ゴミ箱には弁当のゴミが溢れかえっていた。
この一週間でこうなった。
前世の俺が見たら卒倒しそうだ。
しかし掃除へのやる気がどうしても起きないのだからしょうがない。

あと5分で、8時だ。
ソファーに座り、ローテーブルに置いてあるスマホを取った。
ドクドクと心臓が緊張し始める。
今日で7日目、最後の電話。
これに出てくれなかったら、もう連絡はしない。
息を大きく吐いて、履歴の一番上にある彼女の番号をタップし、スマホを耳に押し当てた。

プルルルルルル。
プルルルルルル。
プルルルルルル。

気の遠くなるような、単調な電子音。
毎回、この待ち時間はいやに長く感じる。

プルルルルルル。
プルルルルルル。
プルルルルルル。

やはり今日も、駄目か。
そう思った瞬間だった。

プルルルカチャ。

こわばっていた心臓がひっくり返るかと思った。

ついに、繋がった。

『…………。』

流れてくる、沈黙。
相手は何も話す気配がない。
考えたセリフが頭から吹き飛びそうになったが、必死に口を動かした。

「出てくれて、よかった……。謝りたかったんだ。」

『…………。』

「本当は面と向かって謝罪したいが……直接会いたくはないだろうと思った……。謝って済むもんでもないが……本当に、悪かった。取り返しのつかないことをしたと……思ってる……。」

『…………。』

我ながら、なんて不器用な言葉遣いだろう。

「無理矢理あんなことをして……傷付けてしまった……。許してほしいとは言わない……。本当にすまない……。」

しかしこれが、今の俺の精一杯だ。

『……し、』

「!」

初めて彼女が何か発した。
背筋が緊張し、反射的にスマホを耳へ強く強く押し当てる。

『信じて……たんです。あなたのこと……。』

それは今にも消えてしまいそうな、掠れた声だった。

『憧れてました……ほんとうに……。』

「…………。」

胸が締め付けられる。
慕っていた上司に信頼を裏切られ、踏みにじられた彼女の心の叫びがひしひしと伝わってきた。

『なのに……っ、』

揺らめく声色。
泣いて、いるのだろう。
あの日から何度ひとりで泣いたのだろう。
何度あのおぞましい光景を思い出したのだろう。

『……っ、……あんな……っ、』

彼女の計り知れない胸中を思うと、胸が、千切れてしまいそうなほどに痛い。
喉の奥も眼球の裏側も、痛くてたまらない。

「……悪……かった……、」

からからに乾いた心を映すように、声が掠れた。
今、彼女を力一杯抱き締められたらどんなにいいか。
しかしそんなことは俺には許されないし、彼女は望んでなどいない。

『ひどいです……、ぅ……っ、……っ、』

スピーカーから溢れる痛ましい嗚咽は、俺の内側を鋭く切り刻む。
奥歯を噛みしめて、刃を受け入れた。
彼女を傷つけた、当然の報いだ。

どうしてこうなったのだろう。
俺は彼女を愛しているのだ。
こんなにも愛しているのに、二人はボロボロで、どこまでも続く深い深い溝がお互いを隔てている。
せっかくこの世界で再開できたのに、もしかしたら罰ではなくチャンスだったかもしれないのに、俺はそれを粉々に打ち砕いてしまった。
もっとうまくできなかったのだろうか。
どこで間違えたのだろうか。
考えたところで、もう遅い。

抗えないやるせなさがせり上がってきて、じんと目頭が熱くなった。
俺はクソ野郎だ。
前世の記憶に縛られた、臆病でクソな男だ。

弱弱しい泣き声を鼓膜に伝わせながら、まぶたを閉じる。
思い出そうとしたが、失敗した。
笑顔があったときの彼女はついに記憶でさえも出てきてくれなかった。

息を吸った喉が、震える。

あぁ。

こんなことになるなら。

こんな悲劇が生まれるなら。

「悪かった……、」

いっそ、出会わなければよかったのかもしれない。

赤の他人の方が、幸せだったのかもしれない。

なぁ、

「ユフィ……。」
























































『…………いま、なんて……?』

「……?」

『……なんて、呼びましたか……?』

「……ユフィ……。」

『……ユフィ……。』

「…………。」

『…………。』

「…………。」

『……もういっかい、呼んでくれますか……?』

戸惑うように揺れる、小さな声。

俺は弾かれたように立ち上がっていた。

「……ユフィ。」

それは、この人生で初めて音にした、名前。

『……もっと……、』

「ユフィ。」

唇が震える。

『もっと、』

「ユフィ、ユフィ……っ、」

『……ぁ、……っ、あぁ……っ、』

堰を切ったように、泣き崩れる彼女の声。

「ユフィ、ユフィ、ユフィ……!」

何度もその名を呼んだ。
何度も、何度も。

いつの間にか、俺の頬にはあたたかいものが伝っていた。

『あぁ……ごめんな、さい……っ、わたし……っ、』

しゃくり上げながら彼女は言う。
その声には言い表せないほどの様々な感情が溢れていた。

『おもい……だしま、した……っ、ひぅっ、』

立ち尽くしたまま、スマホを痛いほど耳に当てる。

全神経が今、紡がれんとする言葉を待った。

『…………へい……ちょぅ……!』

最後まで聞き終わる前に、俺は走り出していた。

「今から行く!部屋で待ってろ!」

夏の気配を感じさせるぬるい風が、マンションを飛び出した俺の頬を撫でる。


許されるならば、どうか呼ばせてくれ。

ユフィ。

ユフィ。

俺のユフィ。

前世の恋人。



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