18 死なないよね?
シーナにある技術部に帰ってきたユフィは荷物を自室に放り込んですぐに準備に取り掛かりたいとハイオに訴え、それから毎日休みも取らずに技術を磨くために立体起動装置をいじったり、ハイオに教えを乞うたりしている。
そして今日の昼間は工具の金属音や機械の駆動音が鳴り響く技術部の作業場で、ハイオと共に調査兵団に新たに持ち込む機材の選定をしていた。
夜は夜で各兵団から送られてきた不具合のある装置を、経験を積むために分解して修理にいそしむ。
ここでは日がとっぷりと暮れても作業を続ける技術者もいるので珍しいことではないが、彼女はここのところ毎晩、日付が変わっても作業場にいるのでハイオは心配になって声をかけた。
「ユフィ。たまには早めに寝なさい。体調管理も大事だ。」
覆いかぶさるようにして装置の中身をいじっていたユフィはその手を止める。
「……師匠。」
「なんだい?」
「壁外調査、もうすぐだね。」
「ああ、そうだね。」
ユフィはゆっくりと顔を上げ、ハイオを見る。
気が付けば調査兵団の壁外調査は1週間後に迫っていた。
「リヴァイ……死なないよね?」
「っ!?」
ハイオはギョッとした。
なぜなら彼女のパッチリした瞳に、みるみるうちに涙が溜まってきたのだから。
「死なない……よね?」
「ああ、死なないさ。なんてったって彼は人類最強だからね。」
慌てて彼女に歩み寄り、頭を撫でる。
故障した立体起動装置を自力で直せず悔し涙を流したとき以外で、しかも誰かを想って彼女が泣くところを初めて目にした。
ユフィが瞬きすると同時にホロリとしずくが溢れる。
技術部に帰ってきてから、彼女はふとしたときにリヴァイからされたキスを思い出してしまうのだった。
そしてそれがもしかしたら彼との最後の触れ合いになるかもしれないと思ったら、急に言い知れぬ不安に襲われたのだ。
「そんなにユフィはリヴァイ兵士長のことが好きなんだね。」
「……好き。」
鼻をすすりながら、伏し目がちにぽつりと言うユフィ。
自分で言っておいて、ハイオは父親としてその「好き」がどんな意味なのかが非常に気になったが、彼女の気持ちを大切にしたいと思った。
「今頃彼らは出陣への準備に明け暮れているだろうね。彼なら今のユフィにどんな想いでいてほしいと思うかな?」
「…………。」
ユフィは手元を見つめながらじっと考えて、それから涙を拭った。
「あたしはあたしの仕事を、やる。」
「……そうか。」
感情に振り回されそうになっても、自分のやるべきことに意識をきちんと戻してみせたユフィ。
前まで年齢の割には幼く見えたユフィの成長を嬉しく思うとともに、やはり彼女の変化にはリヴァイの存在が大きく影響しているのだと、ハイオはまざまざと実感したのだった。
****
その日の技術部は静かにざわついていた。
「今日は壁外調査の日か。」
「ああ、少しでも成果と呼べるものを持ち帰ってほしいものだ。」
「今回の調査で我々の装置もどれだけ失われるのか……計り知れないな。」
技術者たちがボソボソとそんな話をしている作業場で、ユフィはしゃがみこんで黙々と機械のメンテナンスをする。
「毎度のことだが、帰還後は装置の増産で忙しくなるから体力を温存しとかないとな。俺たちはただ待つのみ、だ。」
「俺はついネガティブに考えてしまうよ。人類最強のリヴァイ兵士長が今日こそ背中のその翼をもがれてしまうかもしれないってね。」
ネジを閉めていた彼女の動作が、ぴたりと止まった。
「止めてくれって。君の妄想でもそれは聞きたくないよ。」
「あぁ、彼らの出発の時刻だ。今頃ローゼの門をくぐってるんじゃないか?」
ユフィは立ち上がる。
テーブルにスパナを置いて、早足に作業場を出た。
そこにいた技術者の一人に声をかけられたが、彼女の耳には入らなかった。
向かうのはハイオの執務室。
「師匠。」
「おはよう、ユフィ。」
まるで彼女が来るのを予感していたように、デスクのイスに座るハイオの丸い銀縁眼鏡の奥の瞳が上目に彼女を見た。
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