14 師匠が来るの?
タンッタンッタンッと紙をペンが叩く音が部屋に静かに響く。
リヴァイはいつにも増して険しい表情で頬杖をつき、机の上の書類を睨んでいる。
だがその目線は文字に焦点を合わせているわけではなく、彼は物思いにふけっていた。
思い出すのは、先程のユフィの嬉しそうな表情。
『師匠が来るの!?』
工房でそれを伝えた途端、彼女は工具をほっぽり出してリヴァイに詰め寄ってきた。
いつかのように片手を彼女の額に突っ張って進行を阻止する。
ユフィの瞳はきらめき頬を赤く染めている。
それはリヴァイと初めて顔を合わせたときのリアクションと似ているようで少し違うことに彼は気付く。
憧れとはまた別の感情……例えば、好意。
ユフィのその様子にどうしようもなくイラつきを感じて、訪問日時と時間だけをぶっきらぼうに告げて出てきたのだ。
そう。
来週、技術部の人間が調査兵団本部に派遣の視察に来ることになった。
その人物の名は、ハイオ・エレクロイカ。
技術部の副部長、そしてユフィが師匠と呼んでいるその人だ。
「……クソ。」
ユフィの工房から戻ってきて以来、クサクサするものがおさまらない。
書類仕事もいっこうに進まない自分にとうとう嫌気がさしてため息がもれたところで終業の鐘が鳴った。
気分転換も兼ねて食堂におもむいて夕食をとっていると、
「リヴァイ!」
食堂でかち合うことの珍しいユフィが目の前の席にトレーを置いて嬉しそうに座った。
「一緒に食べよ?」
「……勝手にしろ。」
今はあまり顔を合わせたくないとは思ったものの、彼女の屈託のない笑顔を見るとイラつきは不思議と消えていったかと思われた。
が、
「リヴァイ、師匠ってどれくらいここにいるの?」
「あ?」
"師匠"の一言でぶり返した。
「……昼間だけだろ。」
素っ気なく言ってもユフィは気にすることもなく、さらに彼女は師匠がどれだけ技術力の優れた技術者なのかを食事そっちのけで話し出した。
昼間に見せたあのキラキラした表情で。
「でね、すごいんだよ!師匠が直した装置は二度と壊れないって言われててね、みんな師匠に教えてもらいたくて「ユフィ。」
ついに話をさえぎるように、強めに名前を読んだ。
ぽかんとしてユフィはリヴァイを見る。
(その師匠ってのは、本当はお前にとってどんな存在なんだ?)
唇を開けども、浮かんだその問いかけは声にはならず。
「……何でもねぇ。それと今夜は忙しいから部屋に来るなよ。」
ユフィと目を合わさずトレーを掴んで席を立ち、片付けてから早足で食堂を出た。
「リヴァーイ!」
今度は後ろから走ってくるハンジに呼び止められる。
彼女も食堂から出てきたようだった。
「なんだ。」
「ずいぶんご機嫌ナナメみたいだったけど、大丈夫?」
「……見てたのか。面倒くせぇな。」
隠しもせずリヴァイは露骨に嫌そうな顔をするが、ハンジにとっては慣れっこだ。
「何かあったの?」
「何もねぇよ。クソほど興味のねぇ野郎の話ばっか聞かされれば誰だってムカつくだろ。ただそれだけだ。」
「あぁ、ユフィの師匠のことだね。」
もういいだろ、と不機嫌そうに踵を返してさっさと行ってしまったリヴァイの背中を見送りながら、ハンジは一人頬をかいた。
「ふーん……。」
****
そうして数日が経ち、その日がやってきた。
「初めまして。ハイオ・エレクロイカと申します。以後お見知りおきを。」
応接室で握手を交わした30代後半くらいの銀縁眼鏡をかけた細長い男は、にこやかな笑顔でその若白髪の混じった頭をかいた。
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