11 巨人って強いの?
「ユフィ。予備の立体機動装置を積んだ荷馬車とリヴァイとの馬の相乗り、どっちがいい?」
ハンジに聞かれてユフィは迷わず、
「荷馬車!」
と答えたことに少なからず釈然としないものを感じながら、リヴァイは馬を走らせる。
いつだって彼女の最優先事項は機械なのだ。
本部から馬で少し走ったところに、調査兵団が演習場として使っている小さな森がある。
今日は壁外にある森で巨人と遭遇することを想定した訓練だ。
森の入り口に到着すると、激しい振動のせいで痛むお尻をさすりながら荷馬車から降りたユフィは、エルヴィンとともに監視・指導用の物見やぐらに登って見学することになった。
首尾よく準備は進められ、各班が位置についたところでエルヴィンが訓練開始の号令をかける。
「訓練、開始ぃいっ!!」
「わ……!」
エルヴィンのお腹に響く声量にも驚いたが、次の瞬間、目の前を兵士がすごいスピードで飛んでいったので、ユフィはびっくりしてやぐらから乗り出していた体を急いで引っ込めた。
「はは、うっかり体を出すとアンカーに撃ち抜かれてしまうよ。」
エルヴィンの声も耳に入らず、再びやぐらの柵にへばりつくようにして彼女は飛び交う兵士たちと立体機動装置を食い入るように目で追っている。
初めて見たのだ。
実際に巨人と戦う兵士が立体機動をしている様を。
それは、技術部で誰かが装置のテストをしていたときの勢いや迫力と全く異なるものだった。
そのとき。
「リヴァイ!」
「!」
エルヴィンの口から出たその名に反応して辺りをキョロキョロと見回すと、一際素早く、誰よりも身軽に木々の間を舞う人影をとらえた。
ユフィは目を見開く。
「リ……!」
瞬間、アンカーがすぐそばの木の幹に刺さり、飛んできたリヴァイがひらりと枝に降り立つ。
「リヴァイ、全体的に動きが遅い。俺もけしかけるが、お前のスピードで先導してやれ。」
「了解だ、エルヴィン。」
エルヴィンの指示を受けてリヴァイが再び動き出そうと構えた瞬間、ユフィと目が会った。
が、彼はすぐに枝を蹴る。
落下しながらアンカーを前方の木に突き刺して飛び去るのを呆けたように見ていると、彼の進む方角に巨人の模型がふいに出現したのが目に入った。
すると流れるような動作で片方のブレードを逆手に持ち変え、ユフィが息をのむ前に、回転を加えた目にもとまらぬ早さでうなじの部分を切り取ってみせたのだ。
「……!」
その圧倒的なスピードと技術、そして無駄のない身のこなしに、もはや芸術的な美しささえも感じる。
地下で見かけたとき以上の衝撃を、ユフィは感じていた。
エルヴィンの張り上げる声や兵士が飛び交う音もユフィの世界から消え、彼女の視線はずっとリヴァイを探し、追っていた。
そうして訓練は進み、時刻はあっという間に正午になった。
「さてユフィ。昼からは索敵陣形の展開訓練になる。したがって君が見学できる時間はここまでだ。本部までリヴァイに送らせよう。」
圧倒されたのか、ぼぅっとしているユフィはこくりとうなずく。
物見やぐらから降りて森の入り口に戻ると、話が通っていたのかリヴァイが馬を連れてきていた。
「荷馬車じゃなくて悪いな。」
「?」
「なんでもねぇ。こっちの話だ。」
リヴァイは先に馬にまたがり、ユフィに手を差し出す。
おずおずとその手を握ると、
「わっ!」
軽々と馬の上に引き上げられてしまった。
そしてリヴァイの手前にまたがる形で座らされる。
「行くぞ。」
「……っ!」
馬の腹を蹴って走り出すも途端にバランスをくずしそうになる乗馬初心者のユフィを見て、リヴァイは彼女の腰に腕を回して支えた。
お互いが密着して彼女の甘い香りがリヴァイの鼻をくすぐる。
最近はこの香りに安心感さえ覚えるようになってしまった。
しばらくして、ずっと黙って前を見ていたユフィがふいに口を開く。
「……リヴァイ。」
「なんだ。」
「……かっこよかった。すっごくかっこよかった。」
「そうか。」
相変わらず前を見据えるユフィの声は静かな興奮の色を含んでいた。
「鳥みたいに速くてキレてて自由で、すごかった。びっくりした。地下で見たときよりもうまかった。」
「そりゃ地下の時代より上達してなかったら困る。今は巨人というデカブツを相手にしてるんだからな。」
「……巨人って強いの?」
リヴァイは初めて、彼女が機械以外のことにはっきりと意識が向くのを見た気がした。
「お前は見たことないだろうが、毎年調査兵の6割はそいつらに食われちまってるっていうクソみてぇな現状だ。そうならねぇように俺らは死に物狂いで、お前ら技術部が作ってくれた立体機動装置を操りやつらを倒す訓練をしているわけだ。」
「リヴァイは死にかけたこと、ある?」
「ある。何度もな。」
「そっか。」
そうつぶやいて、腰に回された彼の腕の服をユフィはぎゅっと掴む。
本部に到着し、その軽い体をおろしてやると彼女は今までとは違った光をたたえた瞳でリヴァイをじっと見上げた。
その光は興味や好奇心ではなく、情熱のそれに似ている、とリヴァイは思った。
「ありがと。」
「あぁ。」
なぜか駆け足で本部の中に入っていく彼女の背中が見えなくなるまで、リヴァイは見送っていた。
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