オアズケはダレのため?
淀みなく流れる河川に沿った堤防の一角。
船舶の昇降場より少し川上にある、石畳の敷かれた広場を囲むように置かれた木製のベンチたち。
夜八時、私たちはそのベンチの一つに座って、川のせせらぎを聞きながら、まずは他愛もない話をする。
ここに届く灯りは向かいにあるバーのオレンジ色をした外灯のみで、この暗さでは飲食店の若い一人娘と調査兵団の兵士長の逢瀬に気付くものはそうそういないだろう。
私は今日お店に訪れたお客のことや、母に教えられながら料理の練習をしたこと、通り雨に降られて洗濯物が濡れてしまったことなどを彼に報告する。
リヴァイさんはもっぱら聞き役であまり調査兵団の日常については口にしないけれど、今日はどんな訓練をしたのか、遠征先で何をしてきたのか、こちらから聞けば彼なりのユーモアを交えながら答えてくれた。
そうしてひとしきり報告を終え、訪れた沈黙が次の合図。
無表情だけど優しい瞳で見つめてくる彼の男らしい手がそっと頬に添えられ、まるで自然と引き合うようにお互いの唇が重なる。
「……ん……。」
閉じたまま押し付けていた唇をかすかに開いたリヴァイさんは、私の唇をやさしく食むように愛し始めるので、私も同じように愛情を込めて彼の薄いそれをついばむ。
じれったくなるほどゆっくりとしたリズムのキス。
甘くて、少しだけエロティックなその行為は、私の心をとろけさせるのには充分だった。
時おり少しだけ顔を離して見つめ合う。
男前な彼以外は目に入らない、そのタイミングが最高に幸せで。
頬に添えられていたリヴァイさんの親指が撫でるように目元をすべるので、甘えるようにその手のひらにすり寄ると、目を細めた彼は額や反対側の頬に慈しむような口付けをくれた。
いつもはまた小鳥がついばむようなキスが始まるのだけど、私は目の前にある銀の瞳を覗き込む。
「もっと大人なキスがしたい……です。」
リヴァイさんは驚いたように二度瞬きした。
「……お前にはまだ早い。」
たまにこうやって子ども扱いしてくる彼。
年は確かに一回り離れているけれど、もっと恋人とふれあいたいと思ってしまうのは仕方のないことだと思う。
「私、そろそろリヴァイさんとの関係を進展させたいんです。なんならキス以上のことだって!」
「分かった、分かった。」
むきになって声を荒げれば、リヴァイさんは困ったように眉を寄せ、私をなだめるように頭を撫でてきた。
両親の営む飲食店でお客として訪れた彼と出会い、恋人同士の関係になってから三ヶ月。
キス以上へは進んでいない。
すると。
「セックスはお前が十六になってからと決めている。」
「!」
いきなり彼の口から出てきた直接的な単語に面くらって、顔が熱くなってしまった。
それを誤魔化すように慌てて視線をそらす。
こういうとき、彼は大人の男なのだと思い知る。
しぐさや言葉に余裕を持っていて、精神的にもまだ子どもな私に配慮してくれて。
だから私は早く彼につりあうような大人の女性になりたかった。
「あと半年……。」
「そう言うな。今夜はこれで我慢してくれ。」
「んっ。」
致し方ないといった様子の彼はむくれた私の後頭部に手を回してぐいっと引き寄せ、再び唇を重ねる。
しかしそれは先ほどまでの軽い戯れではなかった。
いきなりぬるりとした舌が唇をなぞる。
驚いて反射的に口を開けたその隙間から、それは侵入してきた。
無意識に逃げ腰になっている私の背中に彼の腕が回って抱き込まれ、お互いの体がぴたりと密着する。
初めて経験する、ディープキスだった。
「……っ、ん……んぅ……っ、」
一つの生き物のようなそれは上顎や舌の裏をこすり、唾液をかき回して翻弄してくる。
彼の舌によって引き出されたムズムズする刺激は腰に届き、はねる体を止められない。
「は……んん……んっ、」
ほどなくして舌は引き抜かれ、最後に名残惜しむように唇を軽く吸われた。
ぎゅっとつむっていたまぶたを開けて至近距離のリヴァイさんを見ると。
「……っ!」
思わずごくりと生唾を飲んだ。
何かを耐えるようにひそめられた眉の、その下にある瞳は夜の暗さでも分かるほど強く熱量をはらんでいて、まるで獲物を狙う肉食動物みたいだった。
じっと見つめられ、チリチリと顔の肌が焼けるような感覚さえ覚える。
間違いなく、彼の中の獣が私を欲していることが分かった。
「ユフィ……。」
いつもより一層低く色のある声で名前を呼ばれて背筋が震える。
リヴァイさんがこれまで軽いふれあいしかしなかった理由が分かったかもしれない。
直感的に、私は半年以内に捕食されそうだと思った。
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