桜のきっかけ
「さぁ、今夜は無礼講だよ!キレイな桜を見ながらみんなで巨人について語ろうじゃないか!カンパーイ!」
ハンジの音頭とともに、グラスやジョッキが一斉に掲げられた。
今夜は調査兵団の毎年恒例行事であるお花見大会。
本部の建物の横にある広い丘には桜の木々が植わっており、毎年この時期になると可憐な花を咲かせて兵士たちの目を楽しませてくれるのだ。
そんなわけで、新兵から幹部まで入り乱れての大規模な宴会が始まった。
時を同じくして、丘を見渡せる位置にある本部の見張り棟の屋上では。
「うぅ……いいな〜お花見……。」
唇をとがらせた女兵士がひとり、恨めしそうに灯りの群れを見つめていた。
会場では桜の木にランタンが吊り下げられており、遠くからでもそれらがお祭りムードを演出しているのが見て取れる。
どんなイベントがあろうとも、必ず誰かが見張り当番をしなければならない。
持ち回りであるこの役割が、運悪くこの日にユフィへ回ってきたのだ。
(兵長と一緒にお花見したかった……。)
ユフィが密かに想いを寄せているリヴァイも、あの灯りの下にいるのだろう。
自分の運のなさにガッカリした。
***
それから一時間ほど経ったころ、参加者に酔いが回ってきたのか会場はさらに賑やかになったようで、見張り棟にまで笑い声が聞こえてきた。
その様子を相変わらずしんみりと眺めるユフィ。
「今頃、女子にお酌なんかされちゃったりしてるのかな、兵長。」
「俺が、何だ?」
「へっ!?」
独り言をつぶやいたら急に背後で声が聞こえ、ユフィは飛び上がった。
その声の主は紛れもなく――
「兵長!?」
噂をすれば、のリヴァイ本人だった。
「おおおお疲れ様です!」
木のイスをはね退けるようにして直立し敬礼する。
下の階に繋がる階段から上半身を覗かせていたリヴァイはいつもの仏頂面で屋上へ上がり、手にぶら下げていたものをおもむろにユフィの前に差し出した。
「ほらよ。」
「え……桜の枝、ですか?」
慌てて受け取ったそれは、六十センチ程の枝だった。
先の方には桜の花たちが品よく咲いている。
「ゲルガーの酔っ払い野郎が引っ張って折っちまった。これで少しはお前も花見の気分が味わえるだろ。」
ユフィの手に渡った桜の枝を見つめながらリヴァイは言う。
お花見に参加できない自分へ、彼が気を回してわざわざ持ってきてくれたのだ。
ユフィは感動して震えた。
「あ、ありがとうございます……!参加できないの、ちょっと残念だなって思ってたのですごく嬉しいです!」
「なら良かった。」
渡したらすぐに会場へ戻ってしまうのかと思いきや、彼はなぜかそう言ったきりその場から動こうとしないので、ユフィはドギマギしながら枝をいじった。
「桜ってやっぱりキレイですね……っあ!」
くすぐるように触れていた花がまるごとポロリと取れて足元に落ちてしまった。
「やだ、取れちゃった!」
「は……お前も飲んでんのか?」
からかう色を含んだ声で言いながら、リヴァイはゆっくりと屈んで花を拾う。
再び立ち上がって指先でくるくると遊ばせ、すいとユフィを見た。
「……!」
そしておもむろに手を伸ばし、彼女の耳の上の髪に花を差す。
「似合うじゃねぇか。」
顔へ一気に熱が集まるのを感じる。
ユフィはドキドキした。
ドキドキし過ぎて気持ち悪くなるかと思った。
ランプの灯りにぼんやりと照らされた彼は感情の読めない表情をしていて、どうしていいのか分からなくなる。
「兵長も……酔ってらっしゃいますよね?」
「どうだろうな。」
するとリヴァイはすみに置いてあった予備のイスを持ってきて、彼女のイスの隣に少し離して置いて座り、片足を膝の上に乗せて腕を組んだ。
「酔いが醒めるまでここで休ませてもらう。あっちはうるさくてしょうがねぇ。」
「ぜ、全然大丈夫です!お水でも持ってきましょうか?」
「いや、いい。お前もここにいろ。」
「やっぱり酔ってるじゃないですか」とか「見張り当番だからいますよ」とか心の中でつぶやきながら、ユフィもおずおずとイスに座り直す。
隣を盗み見れば、リヴァイはうつむきがちになって目をつむっていた。
酔いを醒ます貴重なその姿を目の当たりにして、彼女は甘酸っぱくてあたたかい気持ちになった。
緊張するけれど、それは決して居心地の悪くない時間だった。
髪に飾ってくれた花は押し花にしようと心に決めて、横にいるリヴァイのかすかな息遣いを感じながら、ユフィは桜の枝をいつまでも眺める。
(やっぱり見張り当番でよかった。)
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