ほしいものはあなた
「は!?明日兵長と街へ買い物に行く!?」
「う、うん。へへ……。」
同室の子の剣幕に引きぎみなユフィは頬をポリポリとかきながら笑った。
毎月、決まった日に買い出し(主に掃除道具と紅茶の調達)へ行く兵士長と兵士長補佐の二人。
今月の買い出し日である明日は偶然休みが重なった。
しかし「休日だがスケジュール的に買い出ししておきたい。」とリヴァイが言いだしたのだ。
密かに想いをよせるユフィとしては、休日にもリヴァイに会える嬉しい機会だ。
「そんな大袈裟な〜。いつもの荷物持ちだよ?」
「わかってないなー!見慣れない私服で女をアピールするチャンスだよ?待ってて、デート服を見繕ってあげるから!」
「だからデートじゃないって……!」
ユフィの言葉など耳に入らないらしく、「あんたどうせろくな服持ってないでしょ。」とその子は自分のクローゼットを漁り出した。
普段の買い出しへは団服で出かけるが、リヴァイから「明日は平服でいい。」とのお許しが出たのだ。
(確かによれよれのシャツとさえないロングスカートしか持ってないけど……!)
オシャレに疎い兵士長補佐はされるがままといった様子で、手渡された服への試着を試みるのだった。
***
次の日はよく晴れて買い物日和の天気だった。
いつものように待ち合わせ場所である調査兵団本部の前に、いつものように集合時刻の三十分前に到着した。
ほどなくして、白いシャツとトレードマークであるクラバットの上に黒いジャケット、同じく黒いズボン姿のリヴァイも歩いてきた。
「あ、おはようございます、兵長!」
元気よく挨拶すると、彼は二メートルほど先まで近づいたところでピタリと立ち止まり、じっとユフィを眺めた。
「……?どうかしました?」
ルームメイトのコーディネートはこうだ。
白い膝丈のワンピースに水色のカーディガンを羽織り、足元は高すぎないヒールのパンプス。
髪型もその子にいじってもらい、普段のポニーテールからゆるい三つ編みのおさげにしてもらった。
「いや……。」
再び歩き出して目の前まできたリヴァイに、おさげの片方をおもむろにすくわれた。
「!」
「器用なもんだな。」
しげしげと三つ編みを観察し、その手をするりと毛先まで滑らせて離す。
「行くぞ。馬車を待たせてある。」
「あ、はい!」
感想はそっけなかったけれど、普段より距離が近い気がしてドキドキした。
服と髪を見繕ってくれた同室の子に心の中でこっそり感謝する。
馬車に乗って訪れた街は人も多く、にぎやかだった。今日は菓子や小物を売っている露店も出ている。
「わぁ。今日はお祭りか何かですかね?」
「おい、ユフィ。迷子になるなよ。」
リヴァイに注意されつつ、キョロキョロしながら彼のあとを付いていく。
広場に出ると、巨大でカラフルなテントが中心にどんと構えており、出入口の前でピエロが曲芸を披露している。ユフィが目をキラキラさせた。
「これ、サーカスですよ!だから街がお祭りムードだったんだ!」
「見てみるか?」
「えっ……!」
予想外の言葉に驚いてリヴァイの顔を伺うと、なんてことないような流し目でこちらを見ていた。
「いいんですか!?」
「もう始まるみたいだぞ。」
彼はあごでくいっとテントを指す。
ひょうきんな声の客引きがショーの始まりを高らかに告げていた。
「大変!早く行きましょう兵長!」
咄嗟にリヴァイの腕を掴んでぐいぐい引っ張り、急いで入場してしまった。
なんとお金はリヴァイが二人分出してくれたのだった。
ショーはすぐにスタートし、アクロバティックな演技で観客を魅了した。
「はぁー、面白かったですね、サーカス。」
ユフィは歩きながら満足げなため息を吐く。
「立体起動装置を使えば簡単にできそうなものもあったがな。」
「もー、また兵長はそういうこと言うんですから!」
ひねくれたことを言いつつも、リヴァイも悪い気分ではないようだった。
少し歩くと紅茶屋に着いた。
リヴァイは店の向かいにあるベンチを指差し、「茶葉を買ってくる。ここで待ってろ。」と言って紅茶屋に入っていった。
彼が品物を見ていると、同じ店内にいる若い男二人の抑えめな声が耳に入る。
「あの三つ編みの女、可愛くないか?」
「そうだな。なんかチョロそうだし、誘ったら簡単についてきそうだぜ。お前行ってみろよ。」
心の中で舌打ちをすると、リヴァイは何も買わず、男たちよりも先に店を出だ。
「あ、兵長。いい茶葉ありました?」
気付いて立ち上がった笑顔のユフィ。
質問を無視してその腰にさっと手を回し、引き寄せる。
「へ、兵長?」
「前から思っていたがお前は隙がありすぎだ。そんなんじゃすぐ野郎に食われるぞ。」
「く、食わ……?えぇ?」
赤面して目を白黒させるユフィの腰に手をやったまま、次の店に向かった。
道具屋の店内に入ってお互いの体が離れてもまだモジモジしている彼女を気にせず、何事もなかったかのように掃除用品を選び、会計をするところでリヴァイは店員に言った。
「調査兵団の本部に送ってもらいたい。」
「えっ、これくらいなら私持ちますよ!いつものように!」
慌てて荷物持ちの役目を主張するが、お構いなしに配達先を用紙へ記入するリヴァイ。
「連れてる女に荷物は持たせられねぇからな。」
その言葉にユフィは顔を赤らめながら口をつぐんだ。
それから道具屋を離れ、見とれていた露店のソフトクリームをまたまたリヴァイに買ってもらい、休憩がてらベンチに二人で座った。
「なんかすみません。こんな服装で来たばっかりに……今日の私、何もしてないです。色々おごっていただいちゃったし。」
リヴァイが荷物を配達にしたことをユフィはまだ気にしていた。
ソフトクリームのコーンの部分まで完食しながら、上目遣いで横に座る彼をチラ見する。
これじゃ、本当にデートしているみたい。そんなことが頭をよぎって、一人頬を染めた。
「今日のお前はそれでいい。」
「そうなんですか……?」
「馬鹿、お前の誕生日だろ?」
片腕をベンチの背に預けて、リヴァイはあきれたようにユフィの頭を子突いた。
「あっ!そう言えば!」
「自分の誕生日を忘れるなんざ女にしては珍しいな。まぁ、お前らしいか。」
リヴァイとのお出かけに舞い上がって、今日が何の日かすっかり忘れていた。
「本当は、前にお前が気に入ったと言っていた茶葉を買ってやりたかったが、生憎邪魔が入っちまった。」
そう言う彼の表情は、さっきの男たちを思い出して苦々しげだ。
「そんな……気持ちだけで嬉しいです。あぁもう、へいちょぉ〜ありがとうございますっ。一生ついていきます!」
想い人が誕生日を祝ってくれた事実に嬉しさが込み上げてきて、泣きそうになりながらぺこりと頭を下げたユフィ。
「他にしたいことや欲しいものはないか?」
「欲しいもの……。」
いつもよりどこか優しい瞳をした彼に問いかけられて、パッと頭に浮かんだ言葉が自然と口に出ていた。
それは、ユフィが初めて見たときから欲しいものだった。
「兵長が……欲しいです。」
「!」
切れ長の目が見開かれる。
すぐに彼女はハッとして、自分が今何を言ったのか理解した。
「す、すすすみません!ジョークですジョーク!あはは!」
顔が熱くてリヴァイの方を見られないまま、ごまかすように無理やり笑った。
自分の軽率さを全力で呪いたい気分だった。
すると。
「馬鹿、お前……ユフィ。そういうことは男が言うもんだろ。」
こぶしで頭を柔らかく押された。
「お前が俺をいつも見ているのは知ってる。だから今日誘った。」
「……?」
恐る恐るリヴァイの表情を確認すると、少し前のめりになった彼の、真剣で真っ直ぐな眼差しに息を飲んだ。
「俺もユフィが欲しい。」
今度は彼女がパッチリした瞳を見開く番だった。
「……本当ですか?」
「嘘言ってどうする。」
「…………〜〜〜〜!」
あまりの嬉しさに、リヴァイの肩口にゆっくりと額を押し当てる。
「じゃあ、兵長は私のもので、私は兵長のものですね。」
頭を撫でるように乗せられた手のひらの温かさと、頭の髪越しに唇の感触を感じた。
「馬鹿、まどろっこしいんだよ。」
「兵長は馬鹿馬鹿言い過ぎです。」
「お前は馬鹿で可愛い俺の女だ。これ以外でお前に当てはまる文句があるか?」
「あはは、ないかも。」
リヴァイの安心する香りに包まれながら、ユフィはへにゃりと笑った。
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