満月がみていた
今宵はリヴァイが見張り当番。
それを知っているユフィは、見張り棟にある石造りの階段を登る。
たどり着いた屋上では、毛布を羽織り、あぐらをかいて夜空を見上げる彼がいた。
「兵長、何見てるんですか?」
声をかけると、彼は目線だけをこっちに寄越す。
「……月だ。」
「わぁ、今日は満月ですか。」
つられて見上げると、大きな真ん丸のお月様が漆黒の夜空に浮かんでいた。
「明るいですねぇ。本が読めそう。」
リヴァイの傍らに歩み寄りながらそう言ったところで、肌寒さを感じて両腕をさする。
服装を間違えてしまったようだ。
だいぶ春らしくなってきたが、まだまだ夜は冷える。
コートを羽織ってこればよかったと彼女は後悔した。
「お前そんな格好じゃ寒いだろ。来るか?」
「?」
来るの意味がよく分からなくて彼を見ると、羽織っていた毛布を広げてみせる。
「はい……!」
答えはイエスに決まっている。
瞳をきらめかせたユフィが大きくあぐらをかいたリヴァイの足の間に腰を下ろすと、すぐに二人を包むように背後から毛布にくるまれた。
同時に、リヴァイ特有の爽やかな石鹸の香りが鼻孔をかすめるので、ユフィは甘酸っぱくて幸せな気持ちになる。
リヴァイとユフィは恋仲だが、その関係を公にしていない。
だからこうやって二人だけの時間を見つけては、人目を忍んで恋人としてのひとときを過ごすのだった。
「もう寒くなくなったか?」
「はい、あったかいです……。」
「よし。風邪引かれちゃ困るからな。」
手厳しい仕事中とは違って、二人きりのときはユフィを甘やかし、よく気づかってくれるリヴァイ。
密会するたびにそのギャップは彼女の乙女心をキュンキュンさせている。
毛布の中で後ろから抱きしめ、リヴァイはユフィの髪に唇を埋めるようにキスを落とした。
「……っ。」
その感触に気付き、照れて彼女は頬を染めた。
最近、常々感じていることがある。
密会することでしか二人で過ごせないが、それでも彼はこんなにも愛してくれている。
その一方で、自分は一体どのくらい返せているのだろう、と。
恥ずかしがって自分から「好き」の一言もなかなか言えない現状だ。
(……!)
ぼんやりと輝く月を眺めていたら、突如ひらめくものがあった。
そのアイディアは、照れ屋な自分にとってはうってつけなような気がした。
二人を見守る月がユフィの背中を押す。
「兵長。」
「なんだ。」
「つ、つき……、」
緊張してどもってしまった。
それでもリヴァイはユフィの言葉をじっと待っていてくれる。
改めてこほんと咳払いし、冷たい空気を吸い込んだ。
「……月が綺麗ですね……っ。」
わざとらしさが滲み出てしまったが、言えた。
彼が知っているかどうかまでは分からないが、それは「あなたを愛しています」を意味する有名なフレーズだった。
口にしてから急に恥ずかしくなってきて、脈拍が早くなる。
ほどなくして。
「……俺もそう思っていた。」
「!」
静かに聞こえた、返答。
抱きしめていた片手が彼女のあごに触れ、つい、と後ろを向くように導かれる。
すぐそばにあったリヴァイのどこか切なく愛しげな瞳。
その視線にとらえられたかと思えば、彼はゆっくりと顔を傾けて距離を詰めてきた。
ユフィもまぶたを閉じながら、あごに添えられているリヴァイの袖をきゅっと掴む。
冷たくも熱くも感じる唇が、そっと重なった。
ユフィにとって精一杯の愛情表現だったけれど、きっと伝わっただろう。
肩に感じる彼の心拍数が、いつもより、せわしないから。
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