眠れないから
「兵長。壁外調査が近づいてきたら眠れなくなってしまったんですけど、寝られる何かいい方法はありますか?」
訓練の休憩時間、不甲斐なさそうにそう言ってきたのは、今回の調査で初めて班長の役目を担うユフィだった。
壁外で班員をまとめ、的確な指示を出さなければならないプレッシャーのせいだろうか。
まじめな彼女の目の下には薄いくまができている。
万年くまを張り付けている自分にそれを聞くのはどうかとリヴァイは思ったが、周りがよく効くと言っている方法を伝えた。
「俺には効果はないが、少しばかり酒の力を借りるのもアリだ。飲み過ぎは次の日に響くからよくないがな。お前、酒は持ってんのか?」
「いえ。というか今年やっと成人しましたし。」
ユフィは眉を下げて首を振る。
「なら今日は俺のをわけてやる。夜に来い。」
***
それから夜が更け、ユフィはリヴァイの自室を訪ねた。
迎え入れた彼は終業後だからかクラバットを外しており、ソファーですでに一杯やっていた。
初めて訪れたその部屋は掃除魔で潔癖症の彼らしく物の少ない部屋で、備え付けであろう家具だけが立派だった。
ここではチリ一つ落としてはいけないと緊張気味にユフィが足を踏み入れると、リヴァイはソファーの隣のスペースに「座れ」とあごをしゃくる。
「俺も飲みたくなった。ちょうどいいから少し付き合え。」
「は、はい……!」
上官の言葉に逆らえるわけがない。
反射的に返事をして、彼と少し距離をあけてソファーに素早く腰かける。
憧れの兵士長リヴァイとお近づきになれるチャンス、それに何を話せばいか分からない不安で、彼女はとてもドキドキした。
「今まで一滴も飲んだことがないのか?」
「はい。未成年でしたので。」
「そうか……まじめだな。」
普通だと思いますけど?と首をかしげるユフィを横目に、リヴァイは空いていたグラスに琥珀色の酒を注ぎ、彼女に手渡す。
「いただきます……!」
ぐいっとあおると、すぐさま喉の焼けるような感覚が襲ってきた。
「んぐ!げほっ!」
「は……無理すんなよ。」
万年仏頂面なイメージのリヴァイに笑われた気がした。
膝に肘を乗せてグラスを揺らす彼をむせながら見ると、確かに口の端を少しだけ上げてこっちを見つめていて、ユフィの心臓は大きく跳ねる。
それに加えてクラバットのない首もとの肌や鎖骨も視界に入ってしまい、一気に体温が上がった気がした。
慌てて彼女は口を開く。
「あ、あのっ……、私みたいな若輩者が班長を担っていいんでしょうか。」
今夜はこの不安も打ち明けたかったのだ。
それはユフィを眠れなくした原因だった。
「体力もそんなにある方じゃないし。」
「…………。」
「私、自分に自信がなくて……。」
「お前のその自信のなさを、俺とエルヴィンも評価している。」
「え?」
きょとんとするユフィ。
リヴァイは手元のグラスに視線を落とした。
「自信を持つことも大事たが、己を過信すると隙が生まれる。その一瞬の隙が壁外じゃ命取りだ。お前は訓練でも常に現状を正確に把握しようとするし、報告や相談をきっちりこなす。」
「……!」
「それが例え自信のなさを埋めるためだとしても、人をまとめる者には必要なことだ。」
欠点だと思っていたことを初めて他人から肯定してもらい、ユフィの胸はじんわりと温かくなった。
「そのまま経験を積んでいけばいい。」
「はい、ありがとうございます……。」
彼に相談してよかった。
嬉しくなって、リヴァイの言葉を噛みしめながらグラスにちびちびと口を付ける。
不安がじんわりと和らいでいくのが分かった。
しばらくすると――
「どうだ。眠くなってきたか?」
今は背もたれにその身を預ける、リラックスした様子のリヴァイが聞いてきた。
顔はいつも通り少し怖いけれど、人を寄せ付けないオーラは消えているように感じ、そんな姿を目の当たりにしたユフィは、なぜか甘酸っぱい気持ちになる。
「えっと、フワフワしてはきたんですけど眠くはないですね。」
「そうか。もう一つ眠くなる方法があるが、まじめなお前には厳しいかもしれん。」
「何ですか?もう何でもやります!」
まじめまじめと言われ続けては面白くないと、ユフィはむきになった。
アルコールのせいで気が大きくなっているのかもしれない。
「言ったな?」
今度は何かを企むような悪い笑みを作ったリヴァイ。
グラスをテーブルに置き、素早くユフィとの距離を詰め、唐突にその唇を奪った。
「んっ!?」
普段見られない彼の表情の数々を目の当たりにして、完全に油断していたユフィ。
口付けたまま、リヴァイは驚く彼女の手にあるグラスを取り上げる。
そしてこぼれなないようにテーブルへ置いてその細い腰を抱いた。
「んっ……へい……んぁ、」
彼女が抗議しようと口を開けた途端に舌をねじ込ませる。
手を突っ張って離れようとしても、彼の体はびくともしなかった。
その間にもリヴァイの舌は上顎を擦り、舌を吸い、お互いの唾液をかき混ぜるようにぬるぬると動いて翻弄してくる。
「んんっ、んぁっ……は……っ、」
初めて聞く甘さをはらんだ自分の声にユフィは戸惑い、さらに彼とのこの行為がそれほど嫌ではないことに心底驚いた。
リヴァイのキスは、気持ちいいのだ。
思考がぼやけ、抵抗するのを完全に諦める。
するとようやく唇が離れ――
「眠れるようになる方法はだな……、」
そうつぶやいたと思ったら、リヴァイは彼女の胸に顔を埋めた。
彼女は気付かなかったのだが、なんと、キスの合間にシャツのボタンを中ほどまで外されていたのだ。
「あ……っ!兵長っ!」
そして彼女が止める間も与えず、下着におさまるふくらみを強く吸った。
唇の柔らかさとチクリとした刺激にびくつき、思わず彼の髪を掴む。
リヴァイは顔を上げ、ユフィの理性と快楽の狭間で揺れる瞳を、妖しい色を秘めた自身のそれでとらえた。
「その方法は、体を程よく動かして疲れさせることだ。」
「……っ!」
同時に彼の指先が首筋を絶妙な力加減で撫で上げ、背筋をぞくぞくしたものが走った。
その言葉の意味することぐらい、まじめな彼女でも理解できる。
「なぁ、お前を押し倒してもいいか、ユフィ。」
彼女は顔を真っ赤にさせながらきつく目をつむる。
体が、本能が彼を欲しがっていた。
その上、そんなセクシーな声で低くささやかれたら、もう。
「……お願い……します……。」
そのか細い声を合図に、二人はソファーにゆっくりと沈んだのだった。
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