ゲーム・ナイト1
ユフィはしかめっ面でテーブルの上のチェス盤を見つめる。
そこでは調査兵団の兵士長と団長がゲームにいそしんでいた。
「……ふん。」
「おっと。やるな。」
カツンカツンと駒が動く音、それに時おり一言二言こぼれる言葉だけが部屋に響く。
チェスのルールを知らないユフィはワインをちびちびやりながら盤上の駒をただ見つめている。
あわよくば引き分けになりますように、そう願いながら。
ことの始まりは一時間ほど前に遡る。
夕方、リヴァイから「エルヴィンの執務室で飲むからお前も来い」と誘われた。
仕事を片付けたあとに遅れて行くと、二人が応接用のローテーブルで酒を飲みながらチェスをしており、彼女もお誕生日席のソファーに座るように促された。
「実はこの勝負に勝ったら君からキスがもらえることになっていてね。」
「……はぁ!?なんですかそれ!そんなの聞いてないですよ!?」
盤上を真剣そうに見つめるエルヴィンの言葉に、グラスへ自分の酒をつぎながら一瞬の間をおき、目を丸くして叫んだユフィ。
「おい、うるさいぞ。こっちは真剣勝負なんだよ。」
おそらく当然の反応であるにもかかわらず、琥珀色の酒をストレートであおるリヴァイに睨まれた。
「ゲームをするなら賞品があった方が燃えるだろう?」
「いや、え〜……。」
そうしてユフィの意志を聞くそぶりも見せずに黙々とゲームを進める二人。
あくまで部下である彼女は唖然として見守るしかない。
とにかく動揺を静めたくて、ワインを口内に流し込んだのだった。
***
そしてついに。
「……チェックメイト。」
駒をカツンと置いて勝利を告げたのは――
「負けたよ。」
リヴァイだった。
エルヴィンは両手を軽く上げ、肩をすくめてみせる。
「引き分けになってほしかった……!」
うわぁ、とユフィは両手で顔を覆った。
「勝負はついた。ユフィ、覚悟はいいか。」
「も――――、拒否したってどうせ丸め込まれるのがオチですよね?」
「は……分かってやがる。」
リヴァイの流し目に捉えられ、アルコールの程よく回ったユフィは半ばやけくそな様子で額を押さえた。
このコンビには彼女がどう言っても敵う相手ではない。
仕方なく立ち上がってリヴァイのもとに歩み寄る。
「じゃあ、とっととやっちゃいますよ!」
「おいおい色気もクソもねぇな。」
「ひゃん!」
リヴァイが近付いてきたユフィの腰に腕を添えるように回してきたので、彼女はびくりと震えた。
「へいちょ〜、キスだけですって。」
「カタいこと言うんじゃねぇよ。」
「もぅ……。」
たしなめるように注意して、その手がそれ以上イタズラしないように片手で上から押さえた。
そのまま屈んで彼の顔に自分のそれを近付ける。
「失礼します。」
空いている手で彼のうなじ辺りに触れた。
指先に刈り上げた髪の感触を感じる。
そんな動作の一部始終をリヴァイはじっと眺めてくる。
頬をめがけて顔を傾けると、彼もユフィの鼻を追うように顔を向けた。
まるで唇にしろ、と言うように。
至近距離で若干上目使いのリヴァイと視線が絡む。
「……ほっぺにキスできないんですけど。」
「馬鹿野郎。大の大人がガキみたいなことしてんじゃねぇよ。」
その、どこか甘さをはらんだ声色にユフィも気分がノッてきた。
視線を合わせたままリヴァイの手がその頬に触れ、誘うように撫でる。
彼女は挑むように微笑んだ。
「次の勝負に勝ったら唇にしてもいいですよ?ただし、私も交ぜてください。種目はトランプのポーカーです。」
「ふん……悪くない。」
リヴァイが目を細め、ユフィは彼の頬にちゅ、とリップ音を立てて口付けた。
「……見せつけてくれる。これは負けた方にとっては罰ゲームだな。」
かもし出される二人だけの世界をはたから眺めていたエルヴィンは、デスクの引き出しからトランプを取り出してローテーブルに置く。
「さあ、第二ラウンドを始めようか。」
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