鈍感の糸
「兵長は自分がモテることをもっと自覚すべきです!」
「あ?どういうことだ。」
カバンにペンや手帳を乱暴にしまいながらユフィは言った。
対してリヴァイは兵団支給のコートを着ながら訝しげに彼女を見る。
「私見ちゃったんですよ!今日の昼間に兵長が女の子から告白されているのを!私が副官になってからこれで何度目ですか?」
「数えたことねぇな。というか見てたのかお前。」
「一年で十回ですよ十回!」
ユフィは鼻息が荒い。
潔癖で粗暴な態度とは裏腹に、部下思いで何気に面倒見もいいリヴァイ。
相手のことをよく見ていて、大切なことは遠回しでもちゃんと伝えてくれる。
したがってとんでもなくモテるのも頷けるわけだが、彼は今まで告白してきた女性にオーケーを出した試しがない。
偶然彼女が見かけた今日の告白現場も、女の子が涙を拭いながらペコリと頭を下げて帰っていった。
「まったく、天然の人たらしなんですからっ。」
「なぁ、どうしてお前が怒るんだ。ユフィ。」
「え?」
コートをきっちり着込んだリヴァイの質問に、彼女は一瞬だけぽかんとした。
まるで、そんなことを考えたこともない、とでも言うような表情だった。
が、すぐに自分を取り戻す。
「や、だからそれは仕事に取り組む時間が削られてしまうからです!」
「なぜ俺が告白された回数なんか覚えてる?」
「それは……、」
「妬いてるのか?ユフィよ。」
「……!」
ユフィは目を見開いた。
突如、胸のなかで絡まっていた糸が徐々にほどけていくような感覚を覚える。
感情の読めない顔でリヴァイがゆっくりと彼女に歩み寄る。
覚束ない足取りで「あ」だとか「う」だとかつぶやくユフィが後退すると、後ろにあったソファーに行く手を阻まれてボスンと尻餅をついた。
「お前の方こそ自覚した方がいい。」
ユフィを挟んで背もたれに両手をついたリヴァイ。
ぐっと距離が縮まる。
まばたきもせずに彼女は目の前の彼を見つめることしかできない。
「俺に好かれているという事実をな。この鈍感女。」
「!!」
食事や飲みに誘うのもユフィだけだし、肩のほこりを払ってやったり髪をいたずらに触ったりするスキンシップはユフィ以外じゃあり得ない。
わざと発する特別扱いするような言動も、すべては彼女を想う故。
そのすべてを気付かずにスルーする彼女が腹立たしいので、説明なんてしてやらないけれど。
「……ふん。」
言ってやったとばかりに口の端を上げ、リヴァイは体を起こした。
「よし、仕事も早く切り上げたことだ。久しぶりに飲みに行くか。」
「はい!?このタイミングで、ですか!?」
驚きと戸惑いと照れを混ぜた顔をして、ユフィは間抜けな声を出した。
「来いよ、ユフィ。サシで飲もうぜ。」
いつもと違ったリヴァイの目の色。
明らかに意図を含んだその言い回し。
ようやくユフィは見えていなかったことに気付いた。
「……い、行きます。」
彼の気持ち。
そして、自分の気持ちに。
するするとほどけた糸。辿っていくと、彼がいた。
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