完徹兵長
「あらぁ……兵長、もしかして徹夜しました?」
朝、いつも通り兵長の執務室に向かうと、全身から気だるさと疲労感を漂わせた彼がデスクで書類を睨んでいた。
たまに目にするこの雰囲気は完徹のそれだ。
「クソメガネの仕事に付き合ってやったらこの始末だ。クソが……。」
クソクソと罵りながら兵長は頭をガシガシと掻いた。
目の下のクマも、いつもより濃い。
そんな兵長には隙間時間で仮眠をとってもらうとして、とりあえず仕事の指示を仰ごうと歩み寄る。
「ん?」
私の目線は彼のあごのラインにとまった。
スラッとしたそこに見つけた、普段はきれいに剃られているのであろう、うっすらと生えた……。
(ひげ……!!)
兵長ファンの私は一気にテンションと体温が上がる。
なんせ初めて目にする彼の無精ひげだ。
体毛は濃い方ではないらしく、まばらに生えた無精ひげは兵長の男らしさを一層引き出している。
いつもの徹夜明けだとひげは見当たらないので始業前に剃ってくるのだと思っていたが、今日は処理し忘れたのだろうか。
(触ってみたい……。)
そしてチクチクするそこに頬ずりしたい。
「おい、何ジロジロ見てる。」
ついまばたきも忘れて凝視してしまっていた。
ジト目の若干不機嫌な兵長に睨み上げられる。
「すいません。珍しくひげを生やされているので。」
平静を装って率直に伝えると、眉を寄せて彼は自分のあごをさすった。
「……仕事のことを考えながら身支度してたら剃り忘れた。」
「イイと思います!」
思わず本音が口からポロリとこぼれた。
本当は親指も力強く立てたい気分だ。
すると気だるげに片腕で机へ頬杖をつき、兵長は私をじっと見つめる。
「なぁユフィ、ひげ面の俺に欲情したんなら一発抜いてくれよ。」
「なっ……!?」
「男ってのはストレスがたまると性欲が強くなっていけねぇ。」
「ちょっ……もう!!朝っぱらから兵長は!!ほら仕事しますよ仕事!」
そうだった。
完徹兵長はセクハラ度合いも五割増なのを忘れていた。
無精ひげにテンションが上がったのも束の間、今日は大変な一日になるに違いないと私は一人確信したのだった。
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