こどもなわたしに教えてください
ガヤガヤ。
ガヤガヤ。
華やかなホールで、着飾った人々が豪華なオードブルをつまみ、談笑している。
ガヤガヤ。
あら、もしかしてリヴァイ様では?
ガヤガヤ。
また一人の女が彼に話しかける。
リヴァイの付き人役であるユフィは壁際に立ち、その光景を見つめる。
初めて参加した貴族主催のパーティー。
リヴァイには「お前は精神的にガキだから連れて行きたくない。」と言われたが、調査兵団の代表として参加する彼のお供をしたい一心で頼み込んだ。
リヴァイはよそ行きの顔で(といっても眉間にしわを作らないようにしているだけだが)女と何か話している。
派手なドレスを着た女の手が気さくに彼の二の腕を軽く叩く。
(また触れた。)
貴族はどうしてこうもスキンシップが多いのだろうか。
ガヤガヤ。
ガヤガヤ。
お嬢さん、何か飲み物でもお持ちしましょうか?
ユフィのもとへ、胡散臭い笑みを浮かべた貴族が近寄る。
適当に相づちをうっていると、男が彼女の肩にフランクな感じで手を乗せた。
ユフィの張り付けたよそ行きの笑顔も、もうすぐヒビが入りそうだ。
ガヤガヤ。
ガヤガヤ。
これはこれは、兵士長殿!
ガヤガヤ。
女の次は太った貴族の男がリヴァイに話しかける。
ユフィを落とせそうにないと分かった胡散臭い男はどこかへ行ってしまったので、彼女はまたリヴァイに目を向ける。
いやらしい笑みのその貴族はいきなり彼の腰をさする。
(あの男……気安く兵長に……!)
ユフィは嫌悪を感じるとともに、胸が不穏に騒いだ。
ガヤガヤ。
ドクン……。
ガヤガヤ。
いやぁ、お会いできて光栄です。
ガヤガヤ。
ドクン……。
男の手はずっとリヴァイの腰にある。
(兵長……よく我慢してる。)
リヴァイは眉一つ動かさず言葉少なに会話していた。
すると、ユフィは気付く。
貴族の手が少しずつ尻の方に下がっていっていることに。
(……やめて。)
ガヤガヤ。
どうです、兵士長殿、この後……。
ドクン。
ガヤガヤ。
ドクン。
(やめて。)
心音がうるさい。
分厚い手のひらがリヴァイの尻まで到達した。
(彼に触らないで。)
ドクン。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
太い指が彼の尻を割るように股の間に押し込まれた。
ユフィの世界から、音が消えた。
(触るな!!)
「……っ!」
瞬間、リヴァイが目を見開いて素早くユフィに視線を向け、貴族は身震いしてパッと手を離した。
なんですかな、急に寒気が……。
…………ガヤガヤ。
ガヤガヤ。
音が戻った世界でリヴァイは貴族に何か言い、ユフィの方に早足で向かってきた。
どこかぼぉっとして自分を見る彼女の腕を掴み、ホールの外へ連れて出る。
手を引いて前を歩きながら、リヴァイはため息をついた。
「お前な……、あの会場であんな殺気出すやつがあるか。」
「すみません……。」
「ここへ来る前に言っておいただろう。このパーティーのすべてが茶番だと。」
「……どうしても我慢ならなくて。」
「愛想の一つでも投げときゃ支援金に桁が増える。あんなの適当な理由つけて撒けるしな。」
「すみません……。」
彼はそこまで怒っている口調ではなかったが、申し訳なさにユフィはもはや謝ることしかできない。
やっぱり自分は未熟者なんだと思い知らされた気がした。
それと同時に、胸を締め付けられるような不思議な感覚を覚える。
しばらくすると客室の並ぶ廊下に着いた。
リヴァイとお付きであるユフィはそれぞれ部屋が用意されている。
リヴァイの泊まる部屋の前で二人は立ち止まり、掴んでいた手を離して彼はジャケットの内ポケットからキーを取り出し、鍵穴に差し込む。
「この時間だ。部屋に引っ込んだって構わないだろ。お前ももう自分の部屋で休め。」
「……兵長。私、部屋に戻りたくない……気がします。」
少しの間を空けて、リヴァイはユフィにゆっくりと向き直った。
彼女は自分でもどうしたらいいか分からないといった表情を浮かべている。
「胸がざわざわするんです。苦しいんです。兵長が色んな人に触れられているのを見たら……私……。どうしたらいいんでしょうか……。」
……ドクドク。
ドクドク。
真っ直ぐにリヴァイに見つめられて、また心臓が忙しなく鳴る。
ドクドク。
ドクドク。
「ガキなお前に、教えてやろうか。どうしたらいいかを。」
静かだけれど何かをはらんだ、初めて耳にする彼の声色。
「……はい。」
リヴァイは重厚な扉を開ける。
「なら、来いよ。」
ユフィは誘われるままに、歩み出す。
ついには自分の鼓動も耳に入らなくなった。
扉がゆっくりと閉められ、誰もいなくなった廊下に、カチャリと鍵のかかる音が響いた。
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