初日の出とともに
徐々に明るさを増してきた空をちらりと横目に見やり、彼女はトリガーを引く。
軽い早朝訓練という体だったが、前を飛ぶリヴァイについていくのはかなりの体力と技術がいる。
余所見でもしていたらあっという間に距離を離されてしまうだろう。
「へっ、兵長!少し、休憩を!」
声を張り上げて呼び掛けると、リヴァイは眉をしかめてこちらを一瞥してから、林の端にそびえる木にアンカーを飛ばした。
彼の補佐を務めるようになって数ヶ月。
なんとなく相手の心情が読めるようになってきた。
(分かってますよ……。どうせ体力のないヤツめ、とか思ってるんでしょ!)
確かに体力的に辛くなってきたこともあるけれど、このタイミンじゃないと。
同じようにアンカーを刺し、太い枝の上に着地したリヴァイの隣に降り立つ。
「はぁっ……はぁっ……!」
「まさかお前、もうバテたんじゃないだろうな?」
肩で息をする彼女を、リヴァイは軽くあごを引いた角度から睨み上げた。
「そんなことは……!はぁ……っ、」
「元旦からそんなもんじゃ景気付けにもなんねぇぞ、ユフィよ。」
そう、今日は新しい年の始まりの日。元旦なのだ。
このおめでたい日の早朝にリヴァイと訓練が出来るなんて、彼女にとってはこんなに嬉しいことはない。
以前、リヴァイに年末年始の予定を聞いたところ「特にない。いつも通り自主訓練でもするだろうな。」とテンションの起伏のかけらも無しに返された。
だから思わず「その自主訓練、ご一緒してもいいですか?!」と日時の指定までして申し出をしたのだ。
ユフィもウォール・マリアが破壊されたあの日に帰省する家を失ったので、全体休暇である年末年始は兵舎に残っていたとしても何の問題はない。
「…あっ、兵長! 朝日が昇りますよ!」
呼吸を整えていると、オレンジ色の力強い光が遠くの山々から溢れるように射し込んできた。
(なんてナイスなタイミング!)
運のいいことに空は雲ひとつなく、日の出が作り出すオレンジから紺色へ変わるグラデーションを鮮やかに描いている。
「きれい……。」
リヴァイを横目で盗み見ると、無表情だったが彼もじっと朝日を見つめている。
彼と初日の出を拝む。
これが今日の一番の目標だった。
幸せ過ぎて涙が出そうだ。
すると本当に視界がじんわりとにじんできたので、慌てて正面に視線を戻す。
太陽が半分ほど顔を出したところだった。
「……お前はこれがしたかったんだろ?」
「えっ。」
驚いて振り向くと、金色の光に照らされたリヴァイはこちらをまっすぐに見ていた。
思いがけず視線が絡まり、心臓がドキリと音を立てる。
「えっと……、」
「俺とこの朝日が見たかった。違うか?」
本当の目的をあっさり見破られるとは。
嘘をつくのは苦手だから、無理に取り繕ってもボロが出そうだ。
「実は……そうなんです。」
視線を受けながら照れをごまかすように、目を細めてまぶしさを増した朝日を眺める。
「兵長と初日の出を拝みたいなと思いまして。共に戦う人と一緒に見られたら……今年もまた頑張れるかなって。」
真実の半分だけを伝えた。
リヴァイは黙っている。
今、大好きな彼と、この残酷で美しい世界の新たな始まりの一日を迎える。
それは明日死ぬかもしれない戦いの日々の幕開けとも言える。
でも、あなたとなら。
あなたとなら、いつまでも、どこまでも戦える。
あなたが戦い続けるなら、私も共に戦うだけ。
だからこの想いは一生、うち明けない。
ああ、なんだか胸がいっぱいになってきた。
「兵長……。」
声が震えてしまった。
いつからこんなに涙もろくなったのか。
「来年も初日の出、見ましょ――」
言葉の途中でいきなり肩を掴まれ、リヴァイにぐいっと引き寄せられた。
そして、冷えた唇に重なるのは、同じく冷えた彼のそれ。
頭が真っ白になった。
数秒後、そっとリヴァイは唇を離し、至近距離で放心しているユフィをじっと見つめたかと思うと、その口を軽く開いた。
そこでハッと我に返った彼女だが、遅かった。
ぱくり、と唇がまるごと食まれる。
「んっ!へぃ……、」
驚いて開いた唇の隙間から、すかさず彼の温かい舌が滑り込んできた。
いつの間にか彼の右手によってがっちりと後頭部を固定されているうえに、するりと背中に左手が回され体が密着する。
太ももに取り付けてある立体機動装置がぶつかってガチャリと鳴った。
「……っ、…んっ、……っ!」
初めて体験する深いキスに、背中がぞくぞくする感覚を覚える。
口内で舌が好き放題に翻弄し、腰が抜けそうになる前に解放された。
ユフィは目を白黒させている。
「っへ、へへへ兵長!?」
真っ赤になったその頬を、相変わらず無表情で距離の近い彼の手がなぞる。
「俺はお前とこうしたかった。」
「…………はい?」
途端に体を離してトリガーを握り始めたリヴァイ。
「休憩は終わりだ。行くぞ」
「え!?ちょっ!」
その時、ユフィは見た。
そそくさと背を向けて飛び立つ間際。
彼の耳がほんのり赤かったのは、朝日のせいだけではないだろう。
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