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隻眼にかくした



「うあっ……!」

林での訓練中、突然飛び出してきたハトに驚いてバランスを崩し、枝をバキバキ折りながら茂みに落ちた。

「ユフィ!何やってる!」

すぐに気付いたリヴァイが飛んで来た。
駆けつけた彼は茂みでもがいているユフィを引き起こそうと手を伸ばしたところで、その切れ長の目を見開く。

「お前……眼帯はどうした?」

彼女は一瞬にして心臓が冷たくなった気がした。

「見ないでください!!」

リヴァイの手を振り払うようにして勢いよく顔を背け、手のひらで右目を覆う。

(見られた……どうしよう、見られちゃった……。)

背中を冷や汗が伝う。
震えが止まらない。
息が苦しい。

明らかに様子のおかしいユフィ。
リヴァイはその場から一旦離れたかと思うとすぐに戻ってきた。

「うわ!」

そしていきなり、その震える体を肩に抱え上げる。

「訓練を続けろ。こいつが落下した。念のため診てもらってくる。」

リヴァイは立体起動で駆けつけた部下達にそう告げた。

運んでこられたのは誰もいない幹部用のテントだった。
リヴァイの肩の上でも右目を隠し続け、沈黙を貫いていたユフィをイスにゆっくり下ろす。
彼女は片目で自分の膝を凝視し続けた。

リヴァイは胸ポケットから黒い皮の眼帯を取り出し、「近くに落ちていた。」と目の前に差し出した。
きっと落下したとき、枝に引っかかったのだろう。
その眼帯は普段から彼女が愛用しているもので、それを外している姿を誰も見たことがなかった。
ユフィはハッとして、震える片手でそれを受け取る。
大事そうに胸の前で眼帯をきつく握ると、目を隠したままガバッと顔を上げ――

「兵長、私を見捨てないでください!ここが私の居場所なんです!ごめんなさい、もうこんなヘマしませんから!お願いです、何でもしますから!」

悲痛な表情で、堰を切ったように懇願した。
普段は真面目で仕事熱心な彼女の豹変に、彼は動揺の色を隠しきれない。

「おい……落ち着け。何馬鹿なこと言ってる。」

「馬鹿なことじゃないです!ごめんなさい。私……、ごめんなさいっ。」

ついにはたまっていた涙の膜が溢れ、謝りながら再び俯いてしまう。
その痛々しい姿のユフィを落ち着かせてやりたくて、リヴァイは思わずイスに座った彼女を抱き寄せた。

「安心しろ。俺はお前を絶対に見捨てない。」

仕事もよくできる彼女は度々リヴァイの補佐役を担い、彼にとって心身ともにかけがえのない存在となっていた。
見捨てるだなんて考えたくもない。

腹のあたりにある頭をゆっくりと撫でてやる。
しばらくして、しゃくり上げていたユフィは少しだけ落ち着きを取り戻してきた。

「もう一度言う。俺は絶対にお前を見捨てたりしない。」

するとおもむろにリヴァイを見上げるユフィ。
まだ潤む左の瞳は不安げだった。
涙を拭ってやりながら、相変わらず右目を覆うその右手に、そっと彼は手を乗せる。
まぶたが閉じられ、次にユフィの右手が徐々に下へ流れ、リヴァイの手のひらもそれに従った。
スローモーションのように、その白いまぶたが開かれ――

「……っ。」

彼は小さく息を飲む。
そこに現れたのは、左の茶色い瞳を薄く明るくしたような黄金色の瞳だったのだ。
美しい、と、彼は素直にそう思った。

「……綺麗な目だな。」

思わずつぶやくと、彼女はすぐにまぶたを伏せてしまう。

「……嘘言わないでください。」

くしゃりとその顔が歪み、また涙が溢れた。

「本当は気持ち悪いと思っているんでしょう?これのせいで、今までどれだけ酷い目にあってきたか……。」

彼女は泣きながら、幼い頃に負った心の傷について話してくれた。

左右の瞳の色が違うために、両親と兄弟から気味が悪いと疎まれていたこと。
当然のように町の人々からも差別され、酷い扱いをうけたこと。
十二歳のとき、生まれ育った故郷を逃げるように出て失明したと偽り、すがるような思いで訓練兵になったこと。
そして自分の瞳のことが世に明るみになれば、調査兵団に迷惑をかけるのではないかという不安を常に抱えていたことも。

肩を震わせて涙するユフィ。
黙って聞いていたリヴァイは、その両肩に手を置いた。

「お前は公に心臓を捧げたんだろう?」

うつむくユフィはこくりと頷く。

「なら公の掲げる一つの目的のために在ればいい。たとえ瞳のことが明るみになったとしても、民衆や兵団がお前をどうこうすることなどあってはならなし、俺がさせねぇ。」

彼の力強い言葉に、ユフィの心がじん、と震える。

「人と違うことを許容できねぇような狭い世界のことは忘れろ。瞳の色が違うからといってどうこうほざくヤツは、ここにはいない。取るに足らないことだからだ。」

「……!」

彼女の脳裏に思い浮かぶのは、調査兵団に入ってできた戦友たちだった。
同じ釜の飯を食べ、共に戦い、励まし合った。いつかみんなで、自由を勝ち取るために。

「実質、お前は眼帯をしていても普通の兵士以上の動きを見せる。兵団にはお前が必要だ。」

彼女の立体起動は同期の兵士の中でも群を抜いて秀でている。
それも片目のハンデを補うための、相当な努力の賜物なのだろう。

「それにさっきも言ったが……。」

おもむろに彼女の顎をすくい上げた。

「俺はお前を手放す気は毛頭ない。」

「っ!?」

屈んで近づいてくるリヴァイに対し、何事かと反射的にぎゅっと目をつぶったユフィ。
彼はその右のまぶたに口付けを落とした。

「……へ、兵長。」

いきなりのことに、彼女は体がかぁっと熱くなるのを感じた。
唇が離れてまぶたを開けるが、体勢を戻した彼の顔を見られない。
場所はどこであれ、キスなんて生まれて初めてされたのだから。

「なんだ。」

「そ、それは戦力として、ということですよね?」

目の前にあるリヴァイの清潔そうな白いシャツを意味なく見つめる。
そんなことをされたら期待してしまう、とユフィは心底戸惑った。
こんな目では好かれないだろうと、せっかく封印した気持ちが溢れてしまいそうだ。

「いや、極めて個人的な感情も含まれるな。」

「!?」

混乱して口をパクパクさせるユフィを見てかすかに口角を緩め、彼は涙で濡れた頬を親指で、愛しいものに触れるような手つきで撫でた。
すると。

カーン、カーン、カーン!

突如、そのどこか甘い空気を吹き飛ばすかのように昼の鐘が鳴る。
雰囲気が壊され、リヴァイは軽く息をつく。

「……昼食の時間だ。午後からの訓練は――」

「もちろん参加します!」

訓練という言葉を聞いて反射的に声を張り上げてしまい、少しだけ顔を赤らめるユフィ。

「威勢が戻ったようだな。」

「はい……。あの、兵長、ありがとうございます。目のことでビクビクしなくてもいいんだって……思えるようになりそうです……。」

照れくさそうに彼女は言った。
リヴァイや戦友たちは、そんなことで自分に対する態度を変える人ではない。
コンプレックスで自分を追い詰めていたのは、結局自分自身だったのだと気付きつつあった。

「これからも眼帯はするのか?」

ユフィは涙を拭い、立ち上がりながら手のひらにある眼帯を少しの間見つめた。

「……はい。長いこと着けていたせいで右の視力がかなり下がってるんです。でも……ちょっと恐いけど訓練以外では外して、もし回復してきたら……完全に着けるのをやめようかと。」

「そうか。お前の黄金色の瞳を知っているのが俺だけではなくなるのは少し残念だな。」

さらっと言ってのける彼に、また胸が甘く苦しくなる。

「もぅ、さっきから何なんですか!私に気があるみたいな言動……っ、」

「あ?お前に気があるから言ってんじゃねぇか。」

出口に向かおうとするリヴァイが、何とはなしにといった表情で彼女を一瞥した。
再びボッと顔を火照らせ、ユフィはついにやけくそになって叫ぶ。

「私も、あなたに、気があります!」

リヴァイはテントの入り口の布を開いた。

「知ってる。」



放心状態で眼帯をするのも忘れ、リヴァイに引きずられるようにして食堂に訪れたユフィ。

呆気なく、そしてすんなりとそのオッドアイは仲間たちに受け入れられたのだった。


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