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CRANKUP


※単行本になっていない部分や最終回のネタばれはありません
※俳優パロ









『9日に撮影が終わる。夜、電話したい。』

約3カ月ぶりに、メッセージアプリに現れた吹き出し。
冷めた頭で、いよいよかな、と思った。

9日の晩、いよいよ私たちは、別れるのだろう。



***



『何時頃?』

『遅くて悪いが22時過ぎになる。』

一つの問いを投げかけると、返信は数日後。
そんなことはざらにある。
今回は珍しく翌日だった。

運命の日まで、あと1週間。

ソファーに座り、何をしていても落ち着かない心を持て余しながら、テレビのリモコンに手を伸ばす。

「二度とない、コラボレーション。この車であなたは誰と、どんな道を走りますか?」

映し出されたコマーシャルに思いがけず件の人が出演していて、その偶然を切なく思った。
画面の中を颯爽と走る高級車。
その運転席でハンドルを握っている男の名は、リヴァイ・アッカーマン。

彼は俳優だ。
それもただの俳優ではない。
超大物俳優だ。

リヴァイを超大物にしたのは、とあるダークファンタジー映画だった。
その映画は1作から3作までが数年おきに発表され、この冬公開予定のファイナルシーズンの撮影を含めると、なんと11年半も製作が続けられてきた。
リヴァイの役は主人公と近しい上官──いわゆるメインキャストで、1作めから作品のすべてに出演している。
そのクールなキャラクターは彼によくハマっており、熱狂的なファンがリヴァイグッズで作った祭壇の画像をSNSでは幾度となく見たことがあるし、誕生日やバレンタインにはエグい量のプレゼントが芸能事務所に届くという。
もはやこの国で知らない人が存在しないのではないかと思うほどの人気者である。

そんな彼は、実を言えば私の恋人だ。
いや、“恋人のはずだった”。
この文字列のほうがしっくりくる。
なぜなら今、私は彼が恋人だと胸を張って言える自信がなかった。
その関係性が継続されているのかどうか、何をもって証明できるのだろう。

メッセージを送っても、滅多に返事が来ない。
電話をかけてもまず出ない。
まれに返信や折り返しが来ても、彼が発する言葉は短く、忙しなさそう。
テレビではほぼ毎日顔を見るのに、前回実際に会ったのは1年前だったか。
彼が言うには「ファイナルシーズンの撮影に全神経を集中させている」らしい。

誰よりも忙しいし、俳優業に対してストイックなのは知っている。
「仕事を優先して構わない」と伝えたこともあった。
だけど、こんなにも自分の存在が透明に感じるパートナーが恋人と呼べるのだろうか。
悲しいけれど、これだけ対応が薄いと相手の気持ちが冷めてしまっている可能性も否めない。

徐々に降り積もっていく寂しさにさいなまれる中で、この状況から見える最悪の未来は2つあった。
一、自然消滅。
一、そのうち別れを切り出される。

電話したいと連絡が来たから、これらから選ぶのであれば後者なのだろう。

9日は来るべくして来る日なのかもしれない。

彼にとって人生の機転となった映画が、ついに撮影を終える。
11年半もの間、人々を楽しませてきた物語が幕を閉じるのだ。

同時に私たちの物語も終わるのだとしたら、それはそれで収まりがいい。
そんなことを冷静に考えてしまうほど、私はもう憂い尽くしてしまった。



***



『今、いいか?』

その日は仕事から帰ってきて、夕食、風呂、いつも見ているテレビの視聴と、夜のルーチンを普段通りにこなした。
できることは全部やってしまった。
手持無沙汰だしソワついてたまらないしで、仕方なくパソコンで動画サイトを意味もなく眺める。
時計の針は10時を指した。

やがてスマホのロック画面に表示されたそのメッセージを、私は見下ろす。

端末が折り畳み式だった頃も彼は「今、いいか?」とメールを送ってきたものだ。
リヴァイが小さな劇団に所属していた当時、毎晩のように私のアパートにやってきて、6畳一間に身を寄せ合うようにして過ごした。
あの頃は貧乏だったけれど、二人はお互いを愛することに忙しくて、楽しかった。
それから例の映画にキャスティングされ、11年半。
リヴァイは間違いなく成功した。

現在、私は一般女性の会社員で、平日の日中は必ず仕事。
恋人は多忙な人気俳優で、県外や海外のロケも多い不規則な生活。
考えてみれば、共有できる時間が捻出しづらい組み合わせだ。

昔に比べて彼の暮らしも変わったことだろう。
もはやランクの高い食事も日常となっているだろうし、マンションでは上質な物に囲まれているに違いない。
考え方もセレブ寄りに変わっていることもあり得る。

かたやこっちは普通のまま。
料理の腕前は可もなく不可もなく、生活も極めて庶民的で、むしろ節約志向。
こんな自分が一流となった彼に釣り合うはずがない。

連絡が取りづらくなった1年前から月日が経つにつれて、私の存在が足を引っ張ってしまっているかもしれないとすら考えるようになった。
もし彼と同じように芸能界にいる女性だったなら、切磋琢磨して相手のプラスになれたのかもしれない。
自分の平凡さが恋人の役に立っているとは到底思えない。

ここまで不健康な思考に陥るくらいなら、二人で面と向かって話し合うべきのかもしれない。
でも対話をする隙がなかった。
そして「私をもっと大事にして」などと駄々をこねて彼を困らせたくなかった。
それこそ彼の重荷となってしまいそうで、それは背筋が冷えるくらいに恐ろしくて。

だって私はリヴァイが好きだ。
人生で一番愛した人だ。
彼の行く道を心から応援している。
その気持ちは今も変わらない。

だからどんなに苦しくても、相手がどんな決断をしたとしても、受け入れたいと思う。

「……!」

『いいよ』と送信してからほどなくして、着信音が鳴った。
テーブルに置いたスマホが光っている。
いつもより重い端末を持ち上げ、通話マークをタップした。

「ユフィ、遅くに悪いな。」

「久しぶり。撮影、お疲れ様。」

「まったくだ。まさか11年と7カ月も同じ役をするとは思わなかった。」

彼の性格の一つである皮肉っぽさが胸にしみる。
これは出会った頃から変わらない。

「今、家か?」

「うん。」

聞こえてくる音声には人の話し声や電車の音が交じっている。
きっとこれから打ち上げにでも行くのだろう。
だって彼はとても忙しい。
別れ話をするときでさえも、華やかな都会の喧騒の中だ。

「……大丈夫か?」

こちらの声があからさまに強張っていたらしい。
でも大丈夫だと振る舞うゆとりは、もはやない。

「何て言うか、リヴァイがなんだか遠くに行っちゃったなって思ってさ。」

6畳一間の記憶は、もはや色彩の薄い幻だ。
それは実態のない甘さであり、舐めても決して腹の足しにならない飴玉のよう。

するとスマホの向こうはかすかに黙って、それから意を決したように息をする音がした。

「遠くか……。そうだな、これからはもっと遠くへ行くことになる。」

その言葉に、視界がゆるやかに暗転していくかのような錯覚を覚える。

「映画の撮影が終わった。これを期に海外へ出ようと思う。」

あぁ、やっぱり彼は私から離れてしまうのだ。
私を置いて、さらなる高みにのぼっていくのだ。
目のふちがじわりと熱くなる。

もういい、それでいい、どこへでも行けばいい。
私の屍を踏み越え、そしてあなたは唯一無二の俳優になればいい。
だからどうか、たまにでいいから私の幻を思い出してくれたら嬉しい。

「そっか。」

「あぁ。だから──」

「お別れなんだね。今までありがとう。頑張ってね。じゃあ。」

この期に及んで別れの言葉を聞きたくなくて、早口でまくし立て、通話を切ってしまった。

涙が止まらなかった。
この瞬間、長い長い恋愛が終わったのだ。
さようなら、大切な人。
あなたの演技、好きだった。
ちゃんと言葉にできなくて、ごめんなさい。

切なさや自分の不甲斐なさ、幸福だった記憶がスマホを抱き込む体にのしかかり、その場でわんわん泣いた。
電話する前は、気持ちに決着がついてすっきりするかもしれないとも思っていたが、そんなことはない。
身を裂かれそうな痛みが心を襲う。

そんなときだ。
突然玄関から鍵の開く音がして、心臓が口から飛び出るかと思った。

「ユフィ!」

すがずかと入ってきたのは他でもない、息を切らせたリヴァイだった。

「何、勘違いしてやがる……!」

涙や鼻水でぐしょぐしょの顔を見て彼はますます焦った表情になり、

「俺がお前を置いていくと思ってんのか。んなことするわけねぇだろ……!」

と、私を強く抱き寄せた。

「え、なんでここに、」

「時間も遅いし自宅に帰ろうと思ってたが気が変わった。長い間さみしい思いをさせちまったよな。本当に悪かった。お前に甘え過ぎていた。別れるなんて言うな。考えたくもねぇ。」

久しぶりに彼の体の熱さを感じて。
声が直接耳に聞こえて。
なにより驚き過ぎて、うまく呼吸ができない。

「わ、私、リヴァイに愛想、つかされちゃったと思って。足手まといにも、なりたくないし。」

「そんなわけないだろ。いつでもどこにいてもユフィの存在が確実に俺の支えになっていた。足手まといだと?馬鹿馬鹿しい。そんな考えは今すぐやめてくれ。」

畳み掛けてくるような、呆れと愛情を含んだ言葉たち。

さらに。

「電話で話そうと思ってたことを今伝える。ハリウッドにはお前も一緒に来てほしい。」

キャパシティを越えた私は文字通りぽかんとしてしまって、「一緒に……?」とつぶやくのが精一杯だった。
予想していた展開と180度違う。

「あぁ。向こうでの週末は絶対にお前との時間を確保する。平日だって夕食は二人で食べるようにする。エージェントにはすでにその旨を伝えてある。もう独りで思いつめなくていい。」

体を離し、私の濡れた頬を手のひらで拭いながら、「だから」と彼は切実な顔で続ける。

「俺と一緒に来てくれないか。」

私のネガティブは全部杞憂だったのだとようやく気付き。
彼の言わんとすることを一拍遅れて理解し。
せっかく拭ってくれたのに、また涙があふれた。

「もちろん……!」

気付けば私たちはドラマチックな恋愛映画のように、深く求め合うキスをしていた。
間もなくして悪戯に鼻先を触れ合わせながら、

「……これ以上は歯止めが効かなくなる。お前明日も仕事だろ。」

と私を心配するリヴァイ。
優しい気遣いだが、これ以上はお預けなんてあまりにも酷だ。

「やだ。せっかく来てくれたんだから、してほしい。」

真剣にねだれば、彼は眉を寄せるぎゅっとした表情になり、おもむろに私を膝に乗せた。
顔中に口付けされ、服の中に潜り込んできた手が背中を撫でる。

「ベッド行くぞ。」

そう低くささやいた彼は私をかかえて立ち上がり、寝室に向かった。

大きな物語が終わった達成感と、誤解の溶けた直後というタイミングが重なり、今夜の寝室は濃密な熱気に満ちていた。



***



「あのさ、リヴァイ。」

「なんだ。」

「いつかにも伝えたかもしれないけど、映画のリヴァイ、1作めから全部かっこよかった。」

「お前にそう思ってもらえたなら本望だ。」

「アクションもすごかった。毎回痺れた。」

「最終章もすごいぞ。」

「うん、楽しみ。改めて11年半、よく頑張ったよね。」

「……そうだな、頑張ってたな。」

「うん。」

「まあ、ハードな現場だったが今となっては感慨深い。こんなチビだったガキ共が俺を追い越しちまった。」

「エレンたちね。大人になったよね。」

「エルヴィンやハンジは顔も見飽きたくらいだが、あいにくあいつらとは一生もんの付き合いになるだろうな。映画の打ち上げ日を待たずにもう飲みに行きてぇとかぬかしてやがる。」

「いいね、いってらっしゃい。」

「監督もとんでもねぇ奴だった。こんな長距離走の作品を作っちまうなんざ並大抵の人間にはできねぇ。製作作業が終わったら是非ともサウナ三昧してほしいもんだ。」

「ゆっくりしてほしいね。リヴァイもちょっと休んだら?」

「そうだな。渡米まで少しある。お前が仕事を辞めたら、会えなかった時間を埋め合わせたい。ユフィの行きたい場所や食べたいものを網羅するぞ。」

「だめだよ。リヴァイがしたいことをしなきゃ。」

「お前を喜ばせることが俺の今したいことだ。」

「じゃあ“今まで二人ともお疲れ様でした”旅行しようか。」

「あぁ、いいな。……ユフィお前また泣いてんのか。」

「ごめん、ちょっと感極まって。」

「クソ、なんで俺までつられそうになってんだ。」

「ふふ。ねぇリヴァイ、今まで本当にお疲れ様、ありがとう、大好き。」

「……お前の言葉が一番効く。これで本当に俺の11年半が完結した気がする。」

目の下にくまを浮かべる彼は、近年で初めて安堵した表情を見せたのだった。

それから私はベッドの中で、あの映画がいかに面白かったか、リヴァイのどのシーンがどう素晴らしかったか、夢中で彼に伝えた。
リヴァイはずっと聞いていてくれたし、撮影の裏側を身ぶり手ぶりで教えてくれもした。
そして、これから挑戦したいスタントや役柄を語ってくれた。

また、リヴァイはこんな話もしてくれた。
世の中には作り手と受け取り手の2種類の人間がいて、そのバランスはどちらが欠けても成り立たないのだ、と。

彼は今後も作り手として演じ、私はそれをしっかりと受け取る。
二人が共に生きるということはそういうことなのかもしれないと、そのときすとんと腑に落ちた気がしたのだった。



さて、映画の撮影は終わったけれど、私たちは続いていく。
その歩みは脚本も台本もない、ありのままのストーリー。
今後の彼がどんな展開を見せてくれるのか本当に楽しみだし、私も私なりに悩んだり笑ったりしながら日々を綴っていくのだろう。

もちろん登場人物はリヴァイと私だけではない。
様々な人に支えられ関わり合い、それぞれの人生が重なって形作られる。
だから複雑で、難解で、面白い。
完成した作品はきっとフィクションにも負けない出来栄えになるし、自分が観て満足できるように生きていきたいとも思う。

そう、私たちの物語は、これからだ。




end.





進撃の巨人、完結おめでとうございます!


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