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「#寸止め」のBL小説を読む
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light you 1

※エルドの妹夢主
※シリアス寄り
※怪我など捏造箇所あり








リヴァイ兵士長が憎い。

どうして兄さんは死んでしまったのだろう。
私は再三伝えたはず。
調査兵団に属していたらいつ死ぬか分からないと。
でも兄さんは優しく微笑んで、「子どもの頃からの夢だったんだ」と言って私をなだめた。
あのとき何が何でも引き止めるべきだった。

私の忠告を無視して調査兵になった兄さん。
女型の巨人に殺されてしまった。
人類最強と謳われた、あの人の班で。

その頃から壁の中はめまぐるしく変わっていった。

女型の巨人は憲兵団所属の兵士と断定され、さらに鎧の巨人と超大型巨人の正体は調査兵団の兵士だという事実が明るみになった。
そしてピクシス司令やザックレー総統主導によるクーデターが発生し、フリッツ王政は完全に崩壊。
新たにヒストリア・レイスが女王に即位した。

どんどん景色が変わる。
その変化に、立ち止まるなと急かされる。
同時に兄さんとの記憶が色あせていく。
兄の死はこんなにも呆気ないものだったのかと、呆然とする。

父と母は今も悲しみに暮れている。
婚約していた義姉さんは寝込んだままだ。
家族が一人死んで、私の家のすべてが暗く沈んでしまった。

全部ぜんぶ、リヴァイ兵士長、あなたのせいだ。
最強であるはずのあなたは、そのとき一体何をしていたの?
なぜ部下を死なせたの?
あなたがしっかりしていたらこんなことにはならなかったのに──
気付くとそんなことばかり考えている。

やがて調査兵団の募兵があり、駐屯兵だった私は兄さんがかつて所属していた兵団へと移った。

置いていかれたくなかった。
兄さんを忘れられたくなかった。
煙のように体内に立ち込める、焦燥、苛立ち、そしてリヴァイ兵士長への、憎しみ。
それらが私を突き動かした。

「私をあなたの補佐にしてください。」

ある日、訓練が終わった直後、彼に話しかけた。
彼はじっとりと私を観察し、名前と所属を聞いた。
ジンというラストネームを聞くと、眉をぴくりと動かす。

「エルドの妹か。」

「はい。」

それ以上会話はなく、「検討しておく」と追い払われた。

翌日、私は兵士長補佐になっていた。

この男から奪えるものはすべて奪ってやると、私は心に決めていた。
私たち家族から兄さんという大きな光を奪ったように。
そのためには命をもらうのが一番手っ取り早い。
いつでも実行できるように、日頃から懐にナイフを忍ばせた。

人類の存亡なんか知らない。
誰が王様になっても関係ない。
私の大切なものは今を細々と生きる家族であり、その家族を無下にされるのは許さない。
だから兄さんの死がどんなに重いものだったのかを、知らしめる必要がある。
絶対に忘れさせはしない。

来る日も来る日もタイミングをうかがった。
しかし彼はまったく隙を見せない。
どんな死角に立っても間違いなく攻撃をかわされる予感がした。
人の気配や空気の動きを敏感に察知しているらしい。
相手は一個旅団なみの戦力を持つとされる兵士長、やはり一筋縄ではいかない。

それなら何か弱みを見い出せないかと、補佐の立場を利用して毎日ターゲットを観察した。

彼は部下から慕われているようだ。
彼は紅茶と清潔を好む。
彼は夜遅くまで仕事をしている。
彼は時おり仲間の墓参りに出かける。
彼は鍛錬を怠らない。
彼は──

「ユフィ、あとで俺の部屋に来られるか。」

あるとき、訓練後になぜか私室へ呼ばれた。
これはチャンスかもしれない。
ドアの前でジャケットの左胸をなぞり、内側に仕込んだナイフの存在を確かめる。

「失礼します。」

「来たか。悪いが手伝ってほしい。」

入室して渡されたのは、包帯だった。

「一人でやるのは骨が折れる。」

そう言いながら彼がシャツを脱ぎ、現れた体に私は息を呑んだ。
一切無駄のない、均整の取れた筋肉。
そして至るところに刻まれた傷痕。
古くて薄いものからかさぶたになっている最近のものまで、その肌に細かく刻まれていた。
右肩には包帯が巻かれている。
先日のクーデターで負ったものだろう。
彼がそれをほどけば、治りきっていない傷が姿を見せた。

私は黙って新しい包帯を巻き始める。
彼も言葉は発さなかった。

動揺、してしまった。
あんなに身軽に飛ぶこの人が。
才能に愛されていると思っていたこの人が。
こんなにも傷付いていたなんて。
包帯を結ぶ指先が、震えた。

結局、チャンスはものにできなかった。



***



暗殺を決行できないまま始まった、ウォール・マリア奪還作戦。

正直、生き残ったことが不思議だった。
獣の巨人の投石で砕けた建物のレンガで頭を打ち、意識を取り戻したときには屍の散らばる地獄の中にいた。
フロックという兵士が瀕死のエルヴィン団長を運んでいて、それを手伝った。
しかし団長は亡くなり、アルミンという兵士が巨人の能力を得るに至った。

そして調査兵団は多大な犠牲を払い、100年前に失われた記憶を手に入れたのだった。

また世の中が、大きく動いた。
街の人々は新聞に釘付けで、新しい歴史に対する意見交換に忙しくしている。
兵団では後処理や会議が立て込み、一時も休むことはできない。
目に映る全員が、“これからのこと”に目を向けている。
誰も過去の話などしない。

また兄さんと私は置いていかれてしまう。
焦りは、つのるばかり。

それから敵地から義勇兵がやって来て、船がとまる港という設備が作られ、新しい乗り物が走る線路の建設も始まった。
義勇兵やヒィルズの登場で壁内の技術は目覚ましい進歩を遂げた。

そんな中、ハンジ団長が打ち出した、調査兵団の新たな任務。
大国マーレへの潜入だ。

会議でその話を聞いたとき、視界がぐらりと歪むような心地がした。
また世界が広がってしまう。
みんなの頭に残る兄の記憶は、きっとさらに小さく淡くなっていく。

嫌だ、行きたくない。
これ以上、兄さんをかすませたくない。
兄さんの眠るこの地に、とどまりたい。

逃げ出したくなる衝動に駆られ、冷や汗が額へにじむ。

「ユフィ。」

会議が終わった頃合いで、隣に立っていた兵長に声をかけられ、肩が跳ねた。

「顔色が良くねぇな。どうした?」

彼はいぶかしげにこちらを見ている。

そうだ、あなたはいつだって、部下の様子によく気付いてくれる。
お心遣い、痛み入ります。
でももう、別れを告げねばならないようです。

「いえ、大丈夫です。それより兵長。」

だってこれ以上、時間はないのだから。

「相談したいことがあるのですが……。今夜、お部屋に伺っても?」



夜になり、彼の私室を訪ねた。

「お時間をいただいてすみません。」

椅子を勧められたが、それを無視してコップに水を汲む彼の前に立った。
自分のシャツのボタンを、外していく。

「女がこうする意味、分かりますよね?」

相手の睨むような視線を感じながら、脱いだシャツを床に放った。
一歩、また一歩と踏み出し、鼻先同士が触れそうな距離まで近付く。
彼は動かない。
唇が重なりそうになったそのとき。
自分の後ろへゆっくりと伸ばしていた手が、ズボンに仕込んでいたナイフを掴む。
あとは彼の胸部へ素早く刺し込むのみ。

「──!!」

皮膚を裂き心臓を貫くはずだった右手のナイフは、その数センチ手前で動きを止めた。
彼の手が私の手首をしっかりと捕らえていたのだ。

あぁ、駄目だった。
この人には不意打ちする隙もなければ色仕掛けも効きやしない。
そもそも長い月日をかけてきた割に、これは相当の愚策だ。
なんせ失敗することは実行する前から分かっていた。
それでもいい、だから準備してきたのだ。
この苦しみを終わらせるための、準備を。

ズボンのポケットから新たなナイフを左手に握り、自分の首へ。

兄さん、今、私もそっちへ向うから。

「…………!」

だけどそれは叶わなかった。

「離してください。」

左手はまたもや彼に阻まれていたのだ。
どうやら死なせてもくれないらしい。

「離して。」

一生懸命、死のうともがく。
しかし相手の手からは逃れられない。
しつこく暴れる私に舌打ちをした兵長に、ついには背後のベッドへ押し倒された。

「お前が馬鹿な道を選らばねぇと誓うなら離してやる。」

自分の命を絶つことが馬鹿な道にあたるらしい。
昔は調査兵になった時点で自殺行為だと言われていたくせに。
だから私は、止めたのに。

「……あなたが憎い。」

胸に渦巻いていたものが、とうとう唇からこぼれ出る。

「そうだろうな。」

返ってきたのは、淡々とした声だった。
まるで私の言葉を予期していたかのよう。

「憎くて憎くて仕方がない!」

なぜエルド兄さんは死ななきゃならなかったの?
あなたがちゃんとしていれば精鋭たちが死ぬことはなかったはずでしょう!
返して、兄さんを返してよ!

噛み付くような勢いで、子どもみたいにわめき散らしてしまう。
こんなことをしたかったはずではないのに。

「言いたいことはそれで全部か?」

「……!」

息を荒らげる私へ、落ち着いた声が促してくる。
彼は私を見ていた。
私の内側を、静かに見ていた。

ひく、と喉が痙攣する。
直前の威勢のよさは消え、音は一つも出てこない。
というより、簡単には出せなかった。
なぜなら憎しみを吐ききった私の心に残ったものは。

「いやだ……。」

途端に、足がすくむような感覚になった。

どうしようもなく逃げたくなって、押さえ付けられているせいでそれもできず、ただゆらゆらと首を振る。

「認めたくない。」

目を背けてきた感情が、私を見つめ返してくる。

「そんなの、認めたくない。」

あぁ、家に帰りたい。
変わりたくない。
知らない世界が怖い。
いつまでもうずくまって泣いていたい。

「ユフィ。」

諭すような声色が、私の唇を割って喉を開かせる。
息も絶え絶えに、彼を見上げた。

「私、あなたを、好きになってしまいました。」

彼は静かに私の言葉を受け止めていた。

知りたくなかった。
鳥のように風を切って飛ぶあなたなんて。
戦友の墓石の前で立ち尽くすあなたなんて。
ふとしたときに見せた仲間を思う瞳なんて。
その体に刻まれたいくつもの傷痕なんて。

芽生えたあなたへの気持ちに見て見ぬふりをしながら、途方もない悲しみや無念をあなたに向けることで心を保ってきた。
今はそれさえも辛くてたまらない。

本当はもう、分かっている。
兄さんの意思は、この人の目に宿っていることを。
兄さんの存在は、今もこの人の心にあることを。

この人は戦死した兵士たちの魂を一手に引き受けている。

だから、そう。
私の行いは、ただの八つ当たりにすぎない。

過去にしがみ付き、歩き出すことを怖がっているだけ。
みんなが先に進んでしまうから、それが苦しくて誰かを道連れにしたかっただけ。
恐らく彼はそれを分かっていた。
すべてお見通しだった。
だから私を補佐にしたのだ。

現実を受け入れた私の手からは刃が滑り落ち、兵長は掴んでいた手を離した。

自分があまりにちっぽけな存在だと理解し、もはや打ちひしがれることしかできない。

起き上がり、彼の胸にぐったりと額を押し付ける。

「……兄さんは、優しい人でした。」

それから私は兄さんとの思い出を、あてどもなく話した。
子どもの頃のなんでもないような日常や、訓練兵になると家族へ告げた日の空の色、たまに家へ帰ってきてくれた日の食卓の会話、そんなことを、途切れ途切れに。
たぶん私はずっとこうしたかったのだと、話しながら思う。
彼は黙って胸を貸し、耳を傾けてくれていた。
肩に添えられた手のひらの温もりが、虚しさや悲しみに包まれていた心を徐々に落ち着せていったのだった。



気付くと、部屋は薄明るくなっていた。
どうやらいつの間にか寝てしまっていたらしい。
ベッドの上で私は兵長の胸にもたれていて、彼は壁を背にして座ったまま眠っていた。
二人を包むように毛布がかけられている。

目と鼻の先に、俯いて目をつむる彼の顔があった。
しばらく眺めていると、まぶたがぴくりと動いて、うっすらと青灰色が現れた。
視線が、合う。

「よく眠れたか。」

掠れたその声で距離の近さを今更実感し、顔を熱くしながら毛布の中から逃げ出した。

ベッドの前に立ち、姿勢を正す。

「昨夜は申し訳ありませんでした。処罰は受けます。」

私は上官に刃を向けた。
未遂に終わったとはいえ、謝っただけでは許されるはずもない。
しかし。

「何のことだ。」

兵長は毛布を軽く畳み、隣に立った。
口を開きかけた私を、彼は制す。

「誰に恨まれようが、俺はマーレに行く。」

彼がカーテンを開けると、朝日が部屋を照らし出す。

「なぜなら失ってきた同志がいつも俺らを見ているからだ。もちろんエルドもそうだ。俺は奴らにこの騒ぎの行く末を見せてやらなきゃならねぇ。」

こちらを向いた彼は、光を背に受けて眩しかった。
涙が出そうになるくらい、眩しかった。
兄さんも同じ気持ちだったのだろうか。

「私も、行きます。」

ひっくり返りそうな情けない声で、私は言った。
足が今にも震えてしまいそうだ。
なんとか踏ん張り、歯を食いしばる。

変化は、恐ろしい。
だけど死に物狂いでかじり付いていくしかない。
リヴァイ班だった兄の名に、恥じないように。
そして、この人の願いを叶えるために。

「お前、ようやく調査兵の顔付きになったな。」

不様な私を見て、目を細くした彼は言う。

左胸に当てた拳が、初めて意味を持った朝だった。



そして。

兵長の部屋から退室するときだった。
おもむろに呼び止められ、振り返る。
彼は壁にもたれて腕を組み、こちらを見ていた。

「ユフィ。次この部屋へ来たら、俺はお前を抱く。それをよくよく覚えておけ。」

ここでようやく、私は彼に胸の内を明かしていたことを思い出すのだった。



──エルド兄さん、私も戦うことにしました。

兄さんの残した意思を受け継ぎ、リヴァイ兵長のそばで、彼の思いと共に。

だから見ていてほしい。

そして、どうか、ご加護を。




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