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サマーカントリーロード 1



大都会から電車で1時間、そこそこの規模の駅で乗り換えて、さらに2時間。
ふらりと降りたのは清々しいほど何もない無人駅。
ふと見た時刻表、書かれた数字は1時間に1つだけ。
私の肩はぶるりと震える。
無論、喜びのあまりに、だ。

駅の周囲に見えるのは、畑、林、山、のみ。
まさに絵に描いたような田舎。
むしろそれがイイ、大歓迎。

なにしろ私はこの夏、社畜から卒業したのだ!

後悔はない。
している暇もない。

いざ、新しい人生を探す旅。



***



「カントリーヒルー……、」

無人駅を意気揚揚と出発してから1時間が経った。

「この坂をー……、」

歩けど歩けど林と畑。

「登ってー……、行けばー……、」

辛うじて道は舗装されているが、大なり小なりの石がコロコロ転がっているのでキャリーがつまずき、歩きづらい。

「素敵な場所ーに……、続いてーるー……、」

それにやたらと登り坂が多く、すでに足が痛い。

「気がすーるー……、そうであってほしいー……、」

いびつな替え歌をぜいぜいしながら口ずさんでみているが、もう心がくじけそうだった。

頬を流れる汗を拭うことも諦めた、そのときだ。

「ん?」

チリン、と涼しげな音がして、過酷な道を睨んでいた顔を上げた。
少し先にあったのは、ちょうど坂の傾斜が終わったところに建っている、木造平屋のどこか懐かしさを感じる建物だった。
これが噂の古民家という建造物だろうか。
近付いてみると、道沿いに立てられている木の看板に“休憩処 坂の上”と半田ごてで焼かれた文字が。
入口は開いており、玄関にかけられた紺色ののれんが風で揺れている。

「こんにちはー……。」

“休憩”の文字に誘い込まれるように、私はのれんの奥に顔を突っ込んでいた。
店内はこぢんまりとしており、土間を広くしたふうなスペースにカウンターやテーブル、椅子などの設備が整えられていた。
それらのすべてが木で出来ていて、落ち着いた温もりのある雰囲気だ。

「いらっしゃい。」

屋内からではなく、まさかの後ろから声がして、驚く。
振り向くと、麦わら帽子をかぶった小柄な男性が立っていた。
その片手には、立派なスイカが。
いらっしゃい、というセリフを聞くに、このお店のスタッフだろうか。

「やってます?」

男性がこっちをじっと見てくるので、怪しいものではありませんと主張するようにお客であることをアピールした。

「のれん掛けてあるってことはやってる印だ。」

「……そうですよね。」

「が、さっき知り合いの製材所で手をざっくり切っちまった。悪いが今日は飲み物くらいしか出せねえ。」

男性は右手を上げて見せた。
左手のスイカに目が行って気付かなかったが、親指と人差し指が包帯でぐるぐる巻きになっている。
ここで「分かりました」と炎天下の道に舞い戻る気力も体力も、今の私には残っていなかった。

「のど乾いてるんで、いただいてもいいですか?」

すると男性は中で待つように言い、古民家の裏手に消えていった。
店内には、私一人。
不思議と空気がひんやりとしていて、扇風機やエアコンが無くても十分に涼しかった。
外からはセミの鳴き声が聞こえてくる。

あぁ、ここはまさに私が出会いたかった田舎のカフェ。
胸がときめいてくる。

ほどなくして奥から男性がやってきて、メニューを差し出してきた。

縦長の木のバインダーに挟まれた紙には整然とした文字が並んでいる。
アイスコーヒーがあったら頼むところだが、カフェにしては珍しくコーヒーの文字が見当たらない。
代わりにアイスティーを注文した。

「素敵なお店ですね。こういう自然に囲まれたお店で働くの、憧れます。」

旅の醍醐味である現地人との雑談がしたくなり、カウンターの向こうで飲み物を作る男性に声をかけた。

「あんた、都会の人間だな。こんな僻地にバカンスか?」

男性は自分の手元を見ながら言う。
カラカラと氷の音がした。

よそ者感が丸出しだっただろうか。
ちらりと見下ろしたワンピースは電車で長距離移動したせいか、どこかくたびれて見えた。

「私、ブラック企業で社畜してたんですけど、働き詰めが嫌になっちゃって。田舎の生活に憧れて来ました。」

「ほう。」

左手にアイスティーのグラスを持った男性は、私のテーブルにそれを置き、何の前触れもなく「スイカ食べるか?」と聞いてきた。

それから私は、いや私たちは、彼が片手で器用に切ったスイカを食べた。
店員であるはずのその人も隣のテーブルに座って、なぜか一緒に食べた。
スイカはお裾分けのものらしい。
田舎では自分の畑で採れた野菜をご近所に配るのが普通で(むしろ配らないと消費できないとのこと)、特にこの時期は夏野菜が頻繁にやり取りされる、と彼は教えてくれた。
強面だが意外とおしゃべりに積極的だ。

「甘いな……。スイカは俺も今年から始めたんだが、ここまで甘味が出ねぇんだ。」

スイカの糖度の高さにどこか悔しそうな彼も、小さな畑を持っているらしい。
キュウリ、トマト、ゴーヤ、ナス……、色々な野菜を育てていて、その野菜をこの店のメニューに活用するのだと彼は言う。

素直にうらやましかった。
こんなに素敵な古民家カフェを営んでいて、畑も持っているなんて。
彼は私の望む生活そのものを手にしていた。

「あ、洗い物、私しましょうか。その手だと大変でしょうし。」

アイスティーを飲み干してスイカも平らげたところで男性が立ち上がり、私は切り出した。
いや……と遠慮しようとする相手へ「スイカのお礼もしたいので」と押してみる。
と。

「じゃあ、頼んでもいいか?実は思った以上に不便だった。」

男性は困ったように眉を寄せて苦笑いし、右手を上げてみせたのだった。



そういうわけで、私はカフェのキッチンに入らせてもらえることになった。
カウンターの裏側に入って現れたステンレスの冷蔵庫や流しは、どこもかしこもがピカピカだった。
使い手が几帳面な性格なのだろう。

洗い物を流しに置き、スポンジと洗剤を借りる。
食器を洗いながら顔を上げた。
キッチンの向こうはカウンターがあり、それから3つのテーブル席が見渡せた。
開け放たれた玄関にかかるのれんの外には、緑が濃く萌えているのが見えた。
それは郷愁のような懐かしさや、大地のぬくもりにあふれた景色だった。

自然とともに、畑とともに、古きよき建物とともに。
そんな在り方が、ここにはあった。

私も。
私も、こんな営みがしたい。
いや、してみせる。
そう強く思った。

洗い終えたグラスや皿をすべて水切りカゴに入れ、テーブルを拭いているその人の横に立った。

「あぁ、ありがとう。助かった。」

男性は顔を上げる。
私はすうと息を吸う。

「あの、ここで働かせてくれませんか?何でもします!畑も手伝います!私、本気で田舎暮らしがしたいんです!」

我ながら突飛過ぎる申し出だ。
彼はさすがにぽかんとした表情をした。
切れ長の目が見開かれる。

そしてすぐに難色を示す顔に変わる。

「田舎暮らしってのは聞こえはいいかもしれねぇが、洒落た生活だと思ったら大間違いだ。」

「分かってます。」

「例えばこういう古民家ってのは最近はブームになってるが、冬は冗談かと思うほど冷え込む。夏の快適さだけでは暮らせねえんだ。そんなことばっかだぞ。」

「慣れます!」

「虫もたくさんいる。野生動物もいる。都会の人間にはキツいに決まってる。」

「そ、それも大丈夫です!私の実家も田舎なほうだったんで!」

「じゃあ実家で同じことをすりゃいいだろうが。」

「色々あるんです!色々!」

「…………。」

田舎の厳しさを教えようとしてくる彼。
意地でも引かない私。
睨み合うような沈黙が、しばし続いた。

と、そのとき、複数人の足音が外から近付いてきた。

「リヴァイさん、こんにちはー。」

のれんをくぐってきたのは、3人の子どもだった。
肩までの黒髪の女の子、大きな目が印象的な男の子、金髪の大人しそうな男の子だ。
年齢は中学生くらいだろうか。

「またここでテスト勉強していいですか?」

そう聞いた金髪の子が不思議そうに私を見る。

「この人は……?」

リヴァイさんと呼ばれた彼は、盛大なため息をついた。

「明日から雇うことになったバイトだ。」

瞬間、私は目を輝かせて彼を見た。
渋々といった表情で、包帯ぐるぐるの右手を上げる彼。

「これじゃろくに料理もできねえからな。ったくタイミングが良いのか悪いのか……。」

「ありがとうございます!」

かくして、私は憧れの古民家カフェで働かせてもらえるようになったのだった。




to be continued...


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