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「#年下攻め」のBL小説を読む
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- ナノ -
17 & 30

※転生?現パロ
※女子高生夢主と無気力リーマン
※リヴァイさんのキャラ崩壊に注意






“こんなにダメ人間だとは思わなかった。”

あ?
誰がダメ人間だ。
俺か、俺のことなのか?
何言ってんだ、俺だって頑張ってるんだよ。
会社では今年から課長を務めることになった。
仕事で結果は出している。
なんだと?
“プライベートとの落差が凄い”?
そう言われてもな。

「おじさーん。」

私生活において、やる気も活力も、今までみなぎった記憶など一度もない。

「ねえ、おじさんってば。何してんの?」

湧いてこないもんは湧いてこないんだから、仕方ねえだろ。

「もしかしておじさんも、燃え尽き症候群てやつ?」



まぶたの向こうが急に暗くなり、張りのある声に呼びかけられた。
目を開けると、セーラー服にパーカーを着た女子高生が俺を跨いでベンチに立っていた。
逆光で顔がよく見えない。
もちろんスカートの中身も見えない、角度的に。

公園の片隅にあるさびたベンチで脱力するアラサーの男に近寄ってくる者など、やばい奴しかいないに決まっている(俺も大概だが)。
カツアゲ目的の不良だろうか。
背もたれに頭を預けたまま、口を開く。

「なんだ、お前は。」

すると女子高生は体を折り曲げ、ずい、とこっちに顔を近付けた。
距離が近くなって逆光がやわらぎ、初めて人相を確認できた。
普通の少女だった。
カツアゲするようなすれた顔付きはしておらず、大きな目をかっぴらいてこっちを凝視している。

「おじさん、その顔、どうしたんですか?」

どうやら俺の顔にある“あざ”を見ていたようだ。
鬱陶しい。
赤の他人の顔をじろじろ眺めたかと思えば、センシティブなことをド直球で聞きやがる。
なんて失礼なガキだ。

「関係ねえだろ。」

睨み上げながら、苛立ちを隠さず答えると。

「それ、生まれつきでしょ。」

背筋を真っ直ぐに戻した女子高生はそう言った。
その言葉で、胸が、ざわついた。

なんで、分かった?

すると相手は身軽な動きで飛ぶようにベンチを降りた。
俺は顔を上げてその動きを追う。
女子高生は地面の上をくるりと回り、スカートのプリーツが優雅に広がった。
それから背を向けた体を、こっちへ向けてくねっとねじる。

「嘆かわしいですねえ。あの兵長が、今じゃこんなことになっちゃってるなんて。」

なんだ?
何を言っている?
適当なことをふっかけてからかっているのか?

意味不明な言動をする女子高生は、再びこっちへ走ってきて、今度はなんと膝の上にどすんと座ってきた。
焦る。
俺を跨いで立つのはまだセーフだ。
だがこれは勘弁してほしい。
アラサー男と密着するセーラー服の少女。
この状況、完全に事案だろうが。
近所の住人に通報されてもおかしくない状態だ。

「人をおちょくるのもいい加減にしろ」、と叱りつけようとした。
しかし次の瞬間、喉まで出かかった声はひゅっと引っ込んだ。

「!!」

開きかけた口がやわかいもので塞がったのだ。
女子高生の顔が近過ぎてぼやけている。
あぁ、これ、キスだ。
キスを、されている。

カシャ。

「はい、激写ー。」

電子音が鳴ったと思えば、唇を離した女子高生は持っていたスマホを俺に見せる。
画面には俺とこいつが接吻しているさまがバッチリ写っている。
なんと、自撮りしたのだ。

目の前が真っ暗になった。
今から「この画像を会社にばらまかれたくなければ金を出せ」と要求されるに違いない。
それも毎月だ。
毎月極悪女子高生に3万だか5万だかを絞り取られ続ける惨めな人生の始まりだ。
事案なんてレベルじゃない。
終わった、俺はもう終わったのだ。

愕然としていると、女子高生は嬉しそうに頬を染める。

「兵長、会えて嬉しいです。」



***



何を要求されるのかと思いきや、ユフィという名前の女子高生は、俺の部屋に行ってみたいと言い出した。
見知らぬ未成年を密室に招くなど社会的に言語道断だが、キス画像を手中におさめた奴は何をしでかすか分からない。
こうなったら隙をついて画像を削除してやる。
そう考え、女子高生をマンションに連れてきた。

「わー、掃除好きは相変わらずなんですね!」

ユフィは興奮しながら小走りで部屋の中を探検する。

「相変わらずってなんだよ。お前と俺は初対面だろうが。」

「紅茶も好きなんだ。」

こっちの言葉は無視だ。
戸棚の紅茶を見つけ、何が楽しいのか「ふふふ」と笑っている。

もう、すでに疲れた。
若者とのコミュニケーションの方法が分からない。
言動に含まれる純度の高いエネルギーに心が負けそうだ。

とりあえず落ち着きたい。
そう思って紅茶を淹れることにした。

「え、なんですか、その淹れ方。」

怪訝そうなユフィはキッチンに立つ俺の手元を凝視している。
熱湯を注いだマグカップ2つに、それぞれティーバッグが沈んでいた。

「やば、カップに直入れ!?あの兵長が!?」

「あ?楽でいいじゃねえか。」

「ティーポット使わないんですか?」

「洗いもんが増えるだろ。」

女子高生は目眩がしたかのような大袈裟な演技でふらついてみせる。

「嘆かわしい……!」

こめかみがひくついた。
本当に何なんだこいつは。
どう淹れようと人の勝手だろうが。
そもそも紅茶はなんとなく飲み続けているだけで、特にこだわりはない。
というか、こだわるのも面倒くさい。
紅茶だけではなく、生活のすべてにも、だ。

そう、仕事をしているとき以外の俺は、常に無気力状態にある。
仕事はやるべきことが明確だからいい。
だがプライベートは強制されることがなく、何に対しても興味が湧いてこないから、趣味だって一つもない。
もちろん夢や人生の目標なんてものも持っていない。
家の中ではほとんどソファーに横になり、面白くもないテレビを眺めている。
惰性でコンビニに出かけたときは、今日のように道すがらにある公園のベンチでだらつくこともしばしばだ。

「よく見たら窓際に埃が!ゴミ箱のそばにゴールし損ねたティッシュが!綺麗好き指数が普通レベルに落ちてる!」

今度は部屋を注意深く見回しながらワナワナと体を震わせている。

「てめぇは俺を誰と重ねてんだ。兵長ってなんだ。わけ分かんねぇことばっか言ってるとつまみ出すぞ。」

ティーバッグを捨て、マグカップを女子高生へ押し付ける。
俺は自分のカップを持ってソファーへ腰かけた。

「本当に、何者なんだ、お前は。」

いそいそと隣に座ってきたユフィは「通りすがりの女子高生です」とすました顔で答える。
またのらりくらり質問をかわそうとしている。
これではらちが明かない。
思わず舌打ちが出た。
すると。

「分かりました。」

ようやくこちらのストレスが伝わったのか、相手は紅茶をテーブルに置いた。

「じゃあ、これ、見てください。」

急に声をひそめたユフィ。
俺のほうへ体を向け、パーカーのジッパーを下ろしたかと思うと、腕から抜き、床へ放った。
次に、セーラー服の裾へ手をかける。
服を脱ぐ動作を察知し、俺はたじろぐ。
キス画像だけではまだ脅しの材料が足りないとでもいうのか。

こっちの戸惑いをよそに、彼女はセーラー服を胸の下までたくし上げた。

「!」

現れた肌を見て、眉間にしわが寄る。
あざだ。
肌の色より色素が濃く、決して小さくはない、何かに腹を横から食われたようなあざがあった。

俺の顔のものと、似ている。
形はまったく異なるし根拠もないが、ふとそう思った。

「何か、感じます?」

「……いや。“生まれつき”か?」

「“生まれつき”です。」

顔の右側を縦に走る、切り傷の跡のような俺のあざ。
母親によると、それは生まれたときからあったらしい。
幼い頃はよくいじられたが、大人になると本当の傷跡のように見えるので、ヤのつく自由業の人間に見られてしまうこともある。
今ではそういう視線にも慣れ、大して気にならなくなったが。

女子高生のこの腹のあざも、俺と同じだと言いたいのだろうか。

ユフィはじっとこっちを見てくる。

「過去世とかって信じるタイプですか?」

「過去世?この人生の前の人生ってやつか?そういうもんには興味ねえな。」

女子高生は裾をもとに戻しながら、微笑んだ。
どこか哀しげな笑みだった。

「まあ、そのほうがいいかも。」



***



女子高生は週末になると俺のマンションへやってきた。
しかし不思議と追い返す気にはならなかった。

ゴミ箱や冷蔵庫の中身で俺の料理の腕がからっきしだと察知したユフィは、スーパーで食材を買ってきては飯を作った。

「料理はしないわ、ソファーから全然動かないわ。本当にダメ男になっちゃんたんですね。」

洗い物を終えたユフィがリビングにやってきた。

「まあ前世であれだけ頑張ってましたもんね。この世界では思いっきりダラダラしなさい?」

もはや来訪者に構うことなくソファーでだらつく俺の髪を、まるで母のようなセリフを言いながらよしよしと撫でてくる。

あれだけ事案になるのを恐れていたが、いつの間にか自由に部屋に入らせ、好き勝手に触れさせていた。
キス画像を悪用する気配も見せず、親戚の家に遊びに来るようなテンションでやってくるので気を許してしまったこともあるが、そもそも俺が他人に興味がないのだ。
この女子高生も、そのうち他の女のように飽きて去っていくだろう。
それならそれで好都合だ。

「お前、その前世ってやつでは、俺の何だったんだ。」

オカルトな世界を信じたわけではないが、暇だから聞いてみた。

「彼女です。」

今度はソファーの前で、俺の洗濯物を畳んでいるユフィ。
なるほどな、やけに世話を焼きたがると思ったら。

「嘘です。」

なんだ嘘かよ。
アラサーを舐めくさりやがって。

「兵長は、恋人を作らない人でしたから。」

極々たまに、女子高生はこの寂しげな顔を見せる。
悲しい恋をしてきたような、ほろ苦い過去を持っているような、十代とは思えない表情だった。

だが俺にとってはどうでもいいことだ。
関わるのも面倒くさい。
その陰りに気付かないふりをして、俺はリモコンでチャンネルをザッピングするのだった。



***



ある休日だった。
当たり前のようにやってきたユフィは、午後の日差しのたまるリビングで珍しく昼寝をし始めた。
カーペットの上で胎児のように丸まって寝る女子高生を横目に、俺はいつものようにテレビを眺める。
ふと、ユフィの体がびくりと震えた。

「ごめんなさい……。」

そしてうわ言のように謝罪を繰り返している。
うなされているのだ。

「ごめんなさい……。さきにいって、ごめんなさい……。」

心配になってその傍らにひざまづいたとき、彼女は「へいちょう」と小さくつぶやき、まぶたの端から涙が一筋あふれ、肌を伝った。

「ユフィ。」

声をかけて肩を叩けば、静かに目を開ける。
のそりと起き上がったユフィは自分の頬が濡れていることに気付いたようだ。
そして、不安げな瞳でこっちを見る。
俺はその顔を、見たくないと思った。

「お前が謝らなくていい。終わったことだ。もう気にするな。」

そんな言葉が自然と口から出ていた。

ユフィの頭の中にある世界のことは、俺には分からない。
だがそう言い伝えてから、なぜだか言えたことにホッとした。

ユフィは驚き、目にさらなる涙を浮かべてついには泣き出した。
俺は体を傾け、肩を貸してやったのだった。



きめ細かい肌に浮かぶあざに指を這わせた。
そこには凹凸もなく、触れただけではただの皮膚だったが、確かに色の異なる細胞がそこにはあった。
親指で押してみる。
人指し指で撫でてみる。
あたたかい肌は俺の動作にやわらかく応えるだけだ。

「なんかエッチな触り方。」

「馬鹿野郎。恐ろしいことを言うな。触れっつったのはお前だろうが。」

「何も感じません?」

「何も。」

瑞々しい肌に目が張りついていたことに気付き、すぐさま視線を逸らす。
ユフィはやはり寂しそうに口を尖らせる。
手を引っ込めれば、胸の下まで引き上げていたパーカーを下ろした。

この少女は何に囚われているのだろう。
俺の中に何を見ているのだろう。
分からない。
だが一つだけ分かり始めたことは、こいつが不安がったり悲しむ顔を見たくないと俺が感じていることだ。
普通は誰だって、他人がネガティブな感情を表に出すシーンは見たくないものだ。
だがユフィのその感情を目の当たりにしたとき、俺は胸がひどく痛む。
笑ってほしくなる。
相手に情でも湧いたのだろうか。



「私はこの人生で普通の女としての楽しみを謳歌するのです!」

「前世ではできなかったのか。」

ユフィの芝居がかった演説に耳を傾ける。

「前世……それはそれは大変な世界でした。巨人が人を食べ、人間同士の戦争も起こり、私は兵士として民のために日夜戦っていたのです!」

「大変そうだな。」

「いや兵長も大変だったんですよ?しかしそれがどうです!生まれ変わったこの世界には楽しいものや美味しいものが盛り沢山!これは我々へのご褒美といってもいいですよね?」

「かもな。」

「とりあえずタピオカの次はチーズティーが来るという噂を聞いたのでオーバーイーツで頼んでもいいですか。」

「勝手にしろ……。」

女子高生はいつも楽しそうだ。



***



エネルギッシュな若者が出入りするようになったからといって、アラサーが影響されて元気になるようなことはなかった。
心の気力メーターには相変わらずエンプティランプが点いてる。

「公園でお前、俺に燃え尽き症候群と言ったな。」

「うん。」

「確かにその感覚に近いかもしれねぇ。」

「だから、それほどまでに頑張ってたんですってば。公園でダラダラしてる人は大抵調査兵団の人です。」

“調査兵団”とは前世で俺たちが属していた組織のことらしい。

定位置であるソファーに寝転びながら、俺は洗濯物を畳むユフィをぼんやり眺めていた。

「……お前、いい嫁さんになりそうだな。」

「卒業したらもらってくれます?」

「気が向いたらな。」

適当に答えてやれば、「私は真面目に質問したんだけど」とムッとする女子高生。

泣きじゃくったあの日以来、もの憂げな一面を見ることが減った。
そしてそれに安堵し、嬉しく思う自分がいた。

健やかに暮らしてほしいと思う。
のびやかに学んでほしいと思う。
悩みながら、考えながら、夢に向かって生きてほしいと思う。

これは大人が子どもに対して抱く一般的な願望と同じものだろうか。

まぶたが重くなってくる。

「兵長。」

──いや、せっかく生まれ変わったのだから。

「兵長、寝るならブランケットでもかけてください。風邪ひくよ。」

──この世界においてまで、罪悪感に、お前に向き合えなかった俺に、こだわる必要なんてない。

──だが、お前が今でも共にいたいと言ってくれるなら、俺は。

「兵長ったら!」

「あぁ……。今俺、寝てたか?」

まどろみながら何か考え事をしていた気がする。
しかしまぶたを開けたと同時に、その内容は霧が晴れるように消えてしまった。

ユフィは呆れ顔で、ソファーの前に立っている。
目をしばしばさせながら起き上った。

「お前、夢とかあるのか。」

「夢?」

すると女子高生の輪郭が、つやりと光った、ような気がした。
瞳がきらめき、頬を高揚させた。

「私の夢は──」

眩しくて、目を細める。
俺は知った。
人間は情熱をたぎらせると輝いて見えるのだ。
と。

そしてひらめく。
自分が燃え尽きているのなら、自発的に動く気がないのなら、燃えている人間に付き合ってみるのも悪くない。
と。

そうしたらこの生まれつきの症候群も、いつか治るかもしれない。
いや、結局ずるずると治らないこともあり得る。
どっちにしろ、この若者が人生を謳歌するさまを眺めていたい。
ふと、そう感じた。

初めて生まれた、小さな小さな感情の波。
喉が、いや背中が、違う、どこだか分からない体の奥のほうが、むず痒くなる。
なんだかじっとしていられなくなり、浮いた片手が行き場を見つけられないまま、自分の後頭部をかく。
あぁ、そうか、これが──


女子高生はいきいきと話し続けている。
大の男が微々たる変化に戸惑っていることにも、気付かずに。


前世の記憶を持つという風変わりな女子高生は、楽しそうに笑っている。





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