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「#学園」のBL小説を読む
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ボナペティ


※マーレ先入作戦の前あたりのお話です











ユフィとリヴァイは馬車の中でガタゴトと揺られていた。

恋人である二人がこうして馬車で外出することはさほど珍しくない。
だが今、両者のあいだに漂う雰囲気はデートをするカップルのそれではなかった。
隣ではなく対角に座り、それぞれが反対側の窓をむっつりと眺めている。

そう、痴話喧嘩の真っ最中であった。

数日前から今夜は外食に出ると決めていたのだが、喧嘩中の険悪な雰囲気のなかでディナーとしゃれこむ気分になれるはずがない。
外出は延期するのが普通だろう。
しかしなぜ二人そろって馬車に乗っているのかといえば、今日に限って店に予約をしてあったのだ。
急なキャンセルをすることも憚られ、二人はくさくさしつつも兵舎を出たのである。

会話は一切行われないまま、馬車は目的のレストランに到着した。

「お待ちしておりました。」

微笑みを浮かべたウェイターが二人をテーブルへ案内する。
ここはニコロが働いているレストランのオーナーが新しく始めた店だ。
先日会ったニコロが、この店の肉料理が絶品でかなり繁盛していると教えてくれたので、興味を持ったユフィが予約を取った次第である。

こういった具合で、二人は月に1度ほどのペースで外食をする。
美味しいものに目がないユフィが言い出しっぺで、彼女曰く、良い食は精神を豊かにする!とのこと。
リヴァイは食事に執着しないので、熱量の多い彼女に自然と付き合うかたちとなった。

席についた二人はそれぞれ二つ折りのメニューを開いて眺め、同じタイミングで閉じた。

「フィレステーキ、ミディアムレアで。」

「それをもう一つ。」

ウェイターは「かしこまりました」とお辞儀をし、去っていった。

「いつまで不細工なツラしてる気だ。」

「…………。」

テーブルを中指で叩きながらようやくリヴァイが口を開くが、ユフィはまだ機嫌が直らないらしい。
女子としては聞き捨てならないはずの不細工という言葉にすら反応を示したくないようだ。

喧嘩は、任務中の動き方について二人で話し合っているときに勃発した。
普段から訓練や作戦についての議論をするのは日常的なことであったが、今回は感情が入った。
リヴァイが語気を荒げたのは、ユフィが戦闘へ積極的過ぎる件についてだった。
分隊長なら隊を見ろ、もちろん見ながら戦ってる、この前の訓練で怪我したのはそれが出来てないからじゃないのか、と言い合いになり、

「いつか戦闘中に死ぬぞ。」

「そんなことなんで分かるのよ!」

「お前が俺より弱いからだ。」

彼女が悔しさに唇をひき結んだとき、終業時刻の鐘が鳴った。
並外れた身体能力を持つリヴァイには誰も追い付けるはずがないことは分かっているが、こうもきっぱり弱いと断言されるとカチンとくるものがあった。
ユフィには分隊長を務めるほどの実力はある。
鍛練も怠らない。
少しでいいから認めてほしい気持ちもあったのだった。

そしてそのときの空気を引きずったまま、今に至るわけだ。
ユフィはつんとしたオーラを放ちながらメニューを眺めている。

ところが、注文をしてしばらく経ったとき、それは起こった。
冷気をまとったテーブルの空気が吹き飛ぶように変化した。

木のプレートを両手に持ったウェイターがやってきたのだ。
今までふてくされていたユフィの瞳にきらめきが灯る。

「わ!」

目の前にやってきたのは、今まで食べたことのないほど分厚い肉塊。
熱せられた鉄皿の上でじゅうじゅうと食欲をそそる音を立てており、きらめく油が細かく跳ね、ジューシーな湯気が鼻先をくすぐってくる。
牛肉の上に乗ったガーリックバターは程よく溶け、その黄金色のトッピングは空腹を刺激するための完璧なビジュアルを作り出していた。
ステーキのそばにはニンジンのソテーとマッシュポテトが添えられている。
絶対に美味しい、間違いない、とうなずける組み合わせだ。

紅茶以外に好物がないリヴァイも、これには興味深げに眼下の料理を眺めた。

「それではごゆっくり。」

視線が肉へ釘付けになっている二人へウェイターがにこやかにそう言い、丁寧にこうべを垂れ、踵を返した。

「じゃ、じゃあ、いただきます!」

喧嘩中であることを思い出したのか、緩んだ頬を引き締めてユフィはナイフとフォークを構える。
その強情な様子に半ばあきれながら、リヴァイもカラトリーを手に取った。
関係を修復する糸口はそのうち見つかるたろうと踏んだのだ。
今は熱々の鉄皿へ集中するべきである。

いざ、実食。
フォークで肉を固定し、ナイフを押し当てる。
酒屋で出てくる安くて硬い肉と違い、難なく切り分けることができた。
その拍子に肉汁が鉄皿に溢れ、じゅわじゅわと香ばしく焼ける。
現れた断面は中心が鮮やかな薄紅色で、外側にかけてゆるやかに火が通り、グラデーションがかかっている。
お手本のようなミディアムレアだ。
その美しさに、期待値がぐんぐん上がっていく。

まずは一口。
二人はほぼ同時に肉を口へ運んだ。

「!!」

ユフィの表情が一気に明るくなる。
まるでつぼみが花開くように、ぱあっと。

それもそのはず、口内に招き入れた肉が極上の幸せをもたらしたのだから。
まず、舌の上に乗せただけでバターと肉汁のハーモニーを感じ、もう美味しい。
ぐっと噛めば、それ以上の幸せ──豊かなうまみがここぞとばかりに溢れだす。
ニンニクと塩味の効いたバターのコクが肉の味をいっそう引き立て、口いっぱいに広がった。
同時に「自分は今、肉を食らっている!」そんな実感が全身を駆け巡る。
これを幸福と言わずして何と言えようか。
しつこく咀嚼する必要はない。
数回、舌と歯で戯れたら、まるで溶けるようにほぐれてしまう。
あとは喉ごしを感じながら飲み込めばいい。

ユフィは一口めを胃に収め、はぁあ、と喜びのため息をついた。
リヴァイはすでに二口めをフォークに刺したところだ。

欲望に任せてもう一切れ、もう一切れと口に運んでいく。
止まらない。
あぁ、このみずみずしい油にいつまでも舌を浸していたい……。

二人の手と口は止まることなく動き続ける。
食べながら、ユフィは歓喜にうち震えていた。
リヴァイの胸は密かに高揚していた。
こんなにやわらかくて美味いステーキは食べたことがない。

鉄皿に添えられたニンジンのソテーも、甘みが際立って味の演出に一役かっている。
食堂で食べる薄いスープのニンジンとは比べ物にならないほど贅沢に思え、宝石のような照りは眩しく、風味も濃厚。
いい意味で変化をもたらして舌を楽しませてくれる、名脇役だ。

マッシュポテトは重過ぎずふんわりとしていて、バターと生クリームがほどよく効いており、うっとりするほど舌触りがなめらかだ。
これに肉が合わないわけがない。
うまみそのものである肉汁を染み込ませて頬張れば、そのコラボレーションの素晴らしさから天にも昇りそうな心地になる。

何もかもが完璧だった。
今ここは至高の空間だった。
舌も、思考も、腹も、いや、もはや細胞のすべてが魅惑の鉄皿に夢中だった。
永遠に食べ続けていたいとすら思えた。
しかし、存在感を出していた肉塊はどんどんとその量を減らしていく。
それに反比例するように、寂しさが胸に募る。
もうすぐ食べ終わってしまう、という寂しさだ。
だが、別れとは必ず訪れるものだ。
それをぐっと受け入れ、自分のために、そして牛肉のために、ためらいなく頬張っていく。

いよいよ最後の一切れ。
ユフィはことさら丁寧に、じっくり噛み、ゆっくりと嚥下する。
そして天を仰ぐ。
素晴らしい味を、命を、ありがとう──と。

「あー、美味しかったあ。ご馳走さまでした……。」

ユフィが大地へ感謝を捧げ終えると、一足先に食べ終えていたリヴァイと目が合った。

「あ……。」

そして、ぽりぽりと頬をかく。

「あのさ、ごめんね。むきになっちゃって。リヴァイの言ってることは本当だし、これからは気を付けるね。」

リヴァイもやや気まずそうに瞬きした。

「俺も悪かった。お前に死なれたくねえからな、つい熱くなった。」

ユフィは微笑む。
お互いがお互いを思うが故に感情的になってしまったことが分かったから。

彼女が戦闘へ積極的になるのは、少しでもリヴァイへの負担を減らすためでもあった。
だとしてもリヴァイの言うように、彼を心配させたくないし、命を落としたくはない。
死なないために、彼と生きるために、明日からのユフィは少し変化する。
リヴァイも目的のため、彼女のため、より力を尽くしていく。

「ねえ、私たち、いいパートナーだよね。」

「あ?当たり前だ。」

リヴァイは「今さら何を言ってやがる」とばかりに眉をしかめてみせたので、ステーキで満たされていた彼女の心はさらにポカポカした。

「帰ろうか。」

「あぁ。」

二人は立ち上がった。
明日を戦うための英気は十分に養うことができたし、仲直りもできた。
お腹も心もあたたかく満ち足りている。
今日はもう、何も思い残すことはない。
代金を支払い、恋人たちは肩を寄せ合って帰路につくのだった。


美味しいものは、なくてはならないものではない。
しかし食べると魔法をかけられたように幸福になる。
それに、大切な人と一緒なら最大級の充足感とかけがえのないひとときを得ることができる。
その体験は宝物になり、心のエネルギーになる。
よりいっそう、絆が、深まる。

そう、今夜の二人のように──。



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