×
「#お仕置き」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
春光


※転生系?現パロ











ユフィは滲んだ手汗をタオルに染み込ませながら、控え室でメイクを施されていた。
マネージャーは神経質そうにスタイリストと衣装のチェックをしている。
メイクルームはほのかに緊張し、そして浮き足立っていた。

「ユフィさん、お願いしまーす!」

しばらくしてスタッフに呼ばれ、ユフィは椅子から立ち上がった。
マネージャーのジャンが右手に拳を作って見せる。

「頑張れよ!」

しっかりと頷き、今日の仕事場へ。

通路を抜けて、向かったスタジオ。
鉄骨がむき出しの現場の一角には、色とりどりの花で作られた鮮やかな壁が設営されていた。
そこはソフトライトやレフ板に囲まれ、華やかに照らしだされている。
慌ただしく準備をしているスタッフたちをすり抜け、セットの前でカメラのチェックをしている小柄な男に声をかける。

「リヴァイさん、準備できました。よろしくお願いします!」

男はユフィをじっと見た。
その時間があまりにも長いので小首を傾けてみせると、「あぁ」とだけ返事がきて視線はカメラに戻った。
初めて顔を合わせた打ち合わせのときも、彼は驚いたような表情をしてしばらくユフィを見ていた。
理由は分からない。

リヴァイ・アッカーマンは有名なカメラマンだ。
特に女性を被写体にした作品で多くの賞を獲っており、様々なメディアに引っ張りだこである。
噂によると現場ではとても厳しいらしい。
確かに彼は今まで会ったどのカメラマンよりもぶっきらぼうで神経質そうに見え、その片鱗を感じた。
それに人を無言で眺めたり返事も極端にぶっきらぼうだったりと失礼もいいところだが、芸術に長けた人間には変人が多いと聞く。
あまり気にしないでおこうとユフィは気分を切り替えた。
とにかく今日は次に繋げるため、いい結果を出さなくてはならない。

今から始まるのは、とあるアパレルブランドの春の新作に使われる、プロモーションビジュアルの撮影である。
最近ようやく仕事が増え始め、その流れに勢いをつけたいと申し込んだオーディションに合格し、この仕事はユフィのもとにやってきた。

「お前、俺を覚えているか。」

深呼吸して気合いを入れていると、横から声がした。
カメラをいじりながら、リヴァイが言ったのだ。
ユフィは焦った。

「すみません、どこかでお会いしましたっけ。私てっきり今回が初対面だと思ってました。」

彼は抑揚のない声で「いや、今のは忘れてくれ」と言ったきり、喋らなかった。
会ったことはないはずだ、とユフィは心の中で腕を組む。
やはり天才肌の人間はよく分からない。

「そこに立ってみろ。」

指示され、セットの前に立つ。
スタイリストが髪を整え終わり、一対一で対面すると、試し撮りをするためかリヴァイがカメラを構えた。
途端、一気に場が引き締まる。
スタッフ全員が一流カメラマンの動向を見守っているようだった。

ユフィは一瞬、ぞくりとする。
彼の視線に、彼がかざすレンズに、真っ直ぐ射抜かれたような気がしたのだ。

撮影は、始まった。

「笑顔は引っ込めろ。」

「次、あご引いてみろ、そうだ。」

「今の視線、もう一回。」

彼女は次々とポーズを変え、短い指示が飛ぶ。
シャッターの落ちる乾いた音が響き、フラッシュの光が舞う。

ユフィの心臓は高鳴っていた。
レンズ越しに、裸までを見られている気がした。
こんなこと、初めてだ。
愛想はないし、決して褒めない。
しかしその男が放つストイックな雰囲気が彼女の感性を刺激した。

あぁ、引き出されている。
彼の手の上で。
厳しく、淡々と、手なずけられながら。
撮られる喜びを、全身で感じた。

撮影は中盤に差し掛かかる。

彼が裸眼でユフィを確認した、そのときだった。
突然、それは起こった。

ふっと浮かび上がるように、脳裏をよぎる光景。

ひるがえる緑。
きらめく銀色。
翼のようなシルエット。
それらをまとう、ぼんやりとした影。
その人物が、こちらを振り返る──

映像は、次のフラッシュに焼かれたようにして消えた。
一瞬のことだった。
まるで遠い昔の記憶がふいに呼び起こされたような感覚だった。
しかし、それらの映像に見覚えはない。

「……!」

目の焦点がぼやけていたことに気付き、ユフィは慌てて次のポーズを取る。
今の現象はなんだったのだろう、そう考える暇もなく、向けられたカメラへ再び集中していった。

「ユフィ、お疲れ!よかったぜ!」

撮影の時間はあっという間に思えた。
駆け寄ってきて褒めるマネージャーの言葉を右から左に流し、ユフィはブランド関係者と話をしているリヴァイをぼんやりと見つめる。

その男がいい写真を撮る理由が分かった。
被写体の女が、彼に惚れるからだ。



***



「ええ、ええ、な、なるほど。セミヌード、ですか。」

マネージャーの返答に渋りが交じる。
ジャンの反応から先方があのカメラマンだと分かっていた彼女は、スマホを強引に引ったくった。

「リヴァイさん大丈夫です!やらせていただきます!」

本当はヌード全般がNGだったが、あの男になら撮られてもいいと思った。
リヴァイからの依頼は、彼の個展に飾るインスタレーション作品のモデル。
撮影場所は彼が個人で所有しているスタジオだ。
直々のオファーに、胸が高鳴った。



当日、ひとりでスタジオに向かった。
いつもはマネージャーもついてくるのだが、今回は留守番だ。
先方は雰囲気づくりのために必要最低限の人数で撮影を行いたいらしい。

大きくはないがモダンで洗練された建物に着き、通されたその場所を見て、彼女の心臓は大きく跳ねた。

「スタッフさんはいらっしゃらないんですか?」

「あぁ、今日は俺だけだ。」

カメラマン特有の真っ黒な服に身を包んだリヴァイは、特に感情を乗せない声でそう答えた。
なんと、ベッドが置かれた密室で、たった二人だけの撮影だったのだ。



プロモーションビジュアルの仕事をしたときよりも緊張しながらメイクルームで服を脱ぎ、最低限の装備であるニップレスと前貼りをしてから、持参したガウンを着る。
その姿でセットのある部屋に戻った。
コンクリートが打ちっぱなしのシンプルなその部屋は、大きな窓から日光が入り、明るかった。
ストロボもソフトライトもなく、午前中のスケジュールということは、自然光を使った撮影なのだろう。
リヴァイはテーブルに寄りかかってカメラの設定をいじっている。

「ベッドに横になれ。布団を胸まで軽く乗せてみろ。」

カメラを見たままそう言われ、ユフィはガウンを脱いで壁際の椅子へ置いた。
そしてそそくさと向かった、簡素なパイプのシングルベッド。
寝そべり、言われた通りに薄い清潔そうな夏布団を胸から下へかけてみる。
やはり大事な部分が隠れるとほっとした。

ほどなくして設定を終えた様子のリヴァイがカメラを手にやってくる。

「今からは俺だけを見てろ。いいな。」

「はい。」

甘く聞こえる台詞にドキリとしながら、声が裏返りそうになる返事をして、相手を見つめる。

リヴァイはベッドに足が当たるまで近づき、カメラ越しにユフィを見下ろす。
服を脱ぎ去った今、もはや心まで見透かされてしまいそうだ。

「力を抜け。俺に身を委ねるつもりで。」

また、色っぽい言葉。
意図的なのか、そうでないのか、判断はできない。

ゆっくりと深呼吸をして、脱力した。
同時に、視線が緩む。
先日に作った挑むような演出とは真逆の状態だ。

「寝返りを打つように、好きに動いてみろ。」

言われた通り、ユフィは衣擦れの音とともに、気だるくポーズを取った。
カシャ、カシャ、小気味いい音が響く。
シチュエーションやコンセプトの詳しい説明は一切されなかった。
ただ力を抜いて、その男を見上げた。

窓からは午前の新鮮な日差しが入ってくる。
その光は薄いカーテンでぼやけてやわらかな雰囲気を作り出し、まるで彼の部屋で朝を迎えたような錯覚に陥る。

「……ん、」

うつ伏せになったとき、自然と声が出た。
振り返るとリヴァイはカメラ越してはなく、直接こっちを捉えている。
彼女は気付いた。
どことなく、ポーカーフェイスに変化があったように、見えたことに。

ギシ。

パイプがきしむ。
おもむろに彼がベッドに乗り上げたのだ。
そしてパイプの柵に片足をかけ、覆い被さるように、真上からカメラを向けてくる。
弛緩していた心臓が、急にとくとくと動きした。
彼の雰囲気が変わった。
“高揚”の気配を感じた。
常に淡々としている印象の彼が、高ぶってシャッターを切っている。
それに連動するように、ユフィも鼓動を早めた。

カシャ、カシャ。

寝返りを打ち、肘を突いて起き上がり、髪をかき上げ、視線を送る。
リヴァイはそれを追い、受け止め、レンズにおさめる。
時には鼻先に迫る距離で見つめ合うように、時にはベッドの端と端で対話するように。

カシャ、カシャカシャ。
シャッターを切るリズムが、かすかに早くなってきている。

徐々に吐息が熱くなる。
それはポーズを頻繁に変えているからだけではなく、良いものを作っているからだけでもない。
胸の内で燃え上がったものが、体温を上げていた。
相手もきっと同じだ。
ユフィは直感的に、自分たちがシンクロしているのだと分かった。

「!」

突然、それは再びやってきた。
瞬きした瞬間、脳裏をよぎる映像たち。
最初の撮影のときに見えたものがフラッシュバックしたのだ。

それは、ひるがえる緑。
それは、きらめく銀色。
それは、翼のようなシルエット。
そして振り返った、影の人物。

目が、合った。

「──あっ!」

ガクン。
体が傾く。
1秒にも満たない刹那、意識が現実から離れていたらしく、ベッドのふちから片手がずり落ちてしまった。
しかしリヴァイが咄嗟に反対の二の腕を掴んで引き上げてくれたおかげで、床へ転落することは免れた。

「すみません!ありがとうございます。」

はだけていた布団を胸元までたくし上げながらユフィがお礼を言ったが、どこか思い詰めた表情の彼は腕を離さない。
そして初めて対面した日のように、彼女をじっと見つめていた。
肌にぴたりと寄り添う手のひらがあたたかく、その体温を感じながらユフィも見つめ返す。
まだ心臓は忙しなく脈打っている。
撮影が終わってもこの鼓動はスピードを緩めはしないだろうと、彼女は確信する。

リヴァイはベッドに膝をつき、二の腕を掴んでいた右手をユフィの頬へゆっくりと伸ばした。
頬骨のあたりを人差し指と中指でわずかに撫で、輪郭をなぞって顎のほうへと滑らせる。
注意深く、確かめるように。
指に触れる肌を彼は注視しているようだった。
ユフィはそれを許した。

そして──

「前世ってもんがあると思うか。」

何の前触れもなく、そうつぶやいた、彼。
親指の腹が下唇をやさしくなぞる。
心地よくて、それでいて切なくなる感触だった。

視線が絡む。
離れがたい予感がした。
そして彼も、いや彼のほうが、それを感じていた。
不思議と理解できるのだ。
理屈では説明できない何かが、二人を共鳴させていた。

「分かりません。」

ユフィは冴えた瞳を眺め続ける。
目が離せない。
知っている気がした。
とても大切だった気がした。
しかし何がそう思わせるのか、分からない。

「でも──」

ふと彼女は気付く。

「やっぱり私たち、前にどこかで会いましたか?」

影と目が合ったときに見えた色は、彼の瞳の色と同じだったことを。



「あぁ、会った。」



リヴァイはやおらカメラを持ち上げ、撮った。

長い冬を越えて瞬きだした春光。
それを思わせる輝きを瞳に宿した、彼女を。



[back]