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「#幼馴染」のBL小説を読む
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ビアガーデン



秋はすずしい風が吹き。
冬は渇くような寒さで。
春は過ごしやすく。
夏はむし暑い。

そんな壁内では、夏季になると貴族たちがこぞってビアガーデンを開く。
自慢の庭園に人を招き、遅くまで自慢の酒を振る舞い、自慢話に花を咲かせるわけだ。
そんな見栄の塊のような催しへ、兵団の幹部が呼ばれることも少なくない。

私は何杯目かのビールに口をつけた。
今夜のビアガーデンは兵長に招待が届き、その付き人として私も参加している。

正直、こういう場は嫌いじゃない。
基本的にお祭りやイベントごとが好きな性格なので、(兵長曰く)貴族サマのくだらない催しでもそれなりに楽しめるのだ。

「ふぅ……。」

それにしても、少し飲み過ぎたかもしれない。
兵長は話の長い商会長に捕まっているし、少しだけ酔いざまししていても問題ないだろう。
人気のない場所を探して私はこっそり庭の裏手に回ってみた。
そこは中央に小さな噴水があり、周囲を薔薇の植木に囲まれてひっそりとしていて、賑やかな会場の音が控えめに聞こえてくる。
噴水の前にあったベンチに座って目を閉じ、夜風を感じた。
気持ちがいい。

どのくらいそうしていただろうか。

「おい、どうした?」

まぶたを開けると、髪をオールバックに流した兵長が目の前に立っていた。
夜会用のスーツも相変わらずビシッときまっている。

「すみません、飲み過ぎてしまって。酔いをさましてました。」

彼は不機嫌そうにため息をついた。

「お前のそういうところが俺の肝を冷やす。」

すると、会場の方から吹奏楽団の演奏が聞こえ始めた。
ゆったりとしたタンゴのような、情熱を秘めたメロディだ。
なんとなく耳を傾けていた、そのとき。

「……踊ってみるか?」

何を思ったのか兵長がこちらに手を差し出してきた。
かすかに口の端を持ち上げた彼の顔とその手とを交互に見る。
お呼ばれする機会の多い兵長は社交ダンスを習得済みかもしれないが、私は違う。

「え、いや、無理です。踊れません!」

「リードしてやる。」

「わ!」

彼に手を引かれ、次の瞬間には向き合うかたちでその腕の中に収まっていた。
そして私の左手は兵長の肩へ誘導され。
さらに彼の両手の片方は私の背中にあてがい、もう片方は私の右手を包んだ。

「ち、近くないですか……?」

顔を上げればすぐに兵長の顔があったので、慌てて目の前の肩口に視線を落とす。
うっかりしたら肌と肌がふれ合いそうな近さだ。
いや、すでに胸から下はほぼくっついている。

「タンゴだからな。誰も見てねぇんだ、適当に合わせときゃいい。」

何とはなしにそう言って、彼はゆっくりと足を運び始める。

「わ、と……っ。」

「右だ。次は左。いいぞ。」

低くした声が耳のすぐ隣で聞こえるものだから、ぞくりと背中が震えた。

耳元で囁かれながら教えてもらった足の運びが徐々に慣れてきて、余裕のできた私は兵長を見上げてみる。

「!」

こちらを見ていたらしい灰色の視線とぶつかり、絡んで、ほどけなくなった。
その瞳は焦がれているように見えた。
どうか思い違いでありませんように、そう願う。

心臓は全然落ち着かないのに、彼と呼吸を合わせて揺れるのが気持ちいい。
触れているところの体温が溶け合って、もう、違和感もない。
ずっとこうしていたい。
スローで情熱的なメロディが、薄暗闇のなかで踊る私と彼を二人だけの世界につれていく。

そうして音楽が鳴り止み、名残惜しげな静寂の訪れとともに立ち止まった私たち。
見つめあったまま、どちらともなくキスをしたのだった。


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