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ひとすじの祈り


※コミックス27巻までの内容を含みます。
※港が完成する少し前のお話。









「リヴァイ兵士長、来週末は非番で。」

会議室にヒストリアのきっぱりした声が響いた。
彼女の斜め左に座っていたリヴァイは「あ?」と思わず声を上げる。
当然のように通常業務だと思っていたからだ。

「ここのところ働き詰めでしょう?お祭りの日くらい休んでください。」

「いや、」

「女王命令です。」

それを言われては黙るしかない。
話は終わったとばかりにつんと前を向き、会議に使った書類を束ねる女王様。

そして部屋から退出しようとするリヴァイへ彼女は再び声をかけた。
今度はいたずらっ子のような珍しい笑みを浮かべている。

「ユフィさんをお祭りに連れていってあげてください。絶対ですよ!もし行かなかったら減俸ですからね?」



***



エルディアは新しい文化の確立を試みた。
その文化というのは、ビアフェストという祭りのことだ。
もとはマーレの捕虜から得た情報で、海の向こうでは麦の醸造されるシーズンになるとそれを祝う祭りが行われるのだという。
情報を耳にしたヒストリア女王が導入を提案した。
それに対し、有識者や兵団幹部たちはすんなりと賛成した。
そのイベントで街の店が露店を出せば経済が回るし、祭は女王政権への求心力を高める助けにもなる。
それに義勇兵や捕虜の力を借りてマーレの文化や技術が輸入されつつある今、エルディアの発展をさらに市民へ体感させ、国を活気づかせるいい機会だ。

準備は祭りのための麦畑を増やすことから始まり、各地の商会に指揮をとらせ、着々と進んでいった。

かくして、秋の深まる月末の休日、エルディアの各地でビアフェストが開催される運びとなったのだった。



「見てリヴァイ、この日のために買っちゃった!」

浮き足立っている様子のユフィは恋人の前でくるりと回ってみせた。
彼女がまとっているのは深い青のディアンドロ。
ステップに合わせてすそがふんわりと浮き上がる。
きゅっと締まったコルセットのようなボディスの上には襟ぐりの深いブラウス。
腰に巻いた同系色のエプロンには細かなフリルがあしらわれている。
リヴァイは腕を組み、眉をしかめた。

「胸んとこが開き過ぎじゃねえか。あと肩もだ。」

「こういうものなの!行こ!」

恋人の肌の露出が気にくわないらしいリヴァイの手をぐいぐい引くユフィ。
よほどビアフェストが楽しみらしい。
思考よりも体が先に動きがちな彼女。
今の様子だと今日はずっとこの調子になりそうだ。
渋い表情だったリヴァイはあきらめたように軽くため息をつき、二人は馬車へ乗り込んだ。

会場の広場では巨大なテントがいくつも設置され、多くの人で賑わっていた。
露天がそこかしこに並んでおり、とりわけビールの販売店の数が群を抜いている。
なにしろこの日はひたすらビールを飲みまくるという、まさに大人のご褒美のような祭りなのだ。
夕暮れの時刻に合わせて灯りがつき始め、いよいよ本番だと言わんばかりの熱気で会場は包まれていた。

「2杯ください!」

酒好きなユフィが露店へ飛び付くようにしてビールを購入し、人でごった返すテントの中へ二人で潜り込む。
中は色とりどりのフラッグで飾り立てられ、長椅子と長テーブルがところ狭しと並べられている。
空席を探して歩いていると──

「リヴァイ兵士長じゃないか!こっちどうぞ!ホラ、ユフィちゃんも!」

30代後半に見えるガタイのいい男が、二人を手招きしながら隣のスペースを指差した。
入場率およそ120%の会場だ。
席を探すことは至難の技だと察し、ここは甘えることにする。

「悪いな。どこかで会ったか?」

「いやあ。でもマリアを奪還してくれたあんたらは有名人だからな!俺たち市民はよく知ってるさ!」

男は顔を赤くさせ、豪快に笑う。
周りの人々も二人に気付き、快く席を詰めてくれた。

こうして無事に落ち着く場所を獲得し、乾杯、とコップをぶつけ、宴は始まった。
久しぶりに飲んだビールの苦味が、仕事から解き放たれた体に染み渡る。
半分を一気にあおったユフィが「んー、美味しい!」と開放的な声を出した。
久しぶりに見る彼女の幸せそうな笑顔。
それを眺め、リヴァイは思う。
強制的に休みをくれたヒストリアに改めて感謝しなければ、と。

何かつまむものが欲しいと言い出したユフィが露店を見に席を立つと、ガタイのいい男が身を乗り出してきた。

「兵士長さんよ、調査兵団は忙しいかい?」

「あぁ、毎日がてんてこ舞いだ。給料は変わらねえがな。」

男はガハハと愉快そうに笑った。

「そうだろうなあ。色んなもんがガラッと変わったからな。」

義勇兵の登場や明るみになったジークの思想、初めての港の建設。
目まぐるしい変化がエルディアに起こり、それに伴い兵団も新しい武器の開発や兵士の増員に力を入れている。
幹部であるリヴァイやユフィは様々な会議に引っ張りだこなのだ。

すると男は感慨深い表情を見せた。

「俺ぁ女王様には本当に感謝してんだ。」

視線は分厚い手のひらに包まれたコップへ向けられているが、その瞳は過去を思い返しているようだった。

「俺の嫁は子供ができない体でな。結婚してからそれが分かって、もう何年も自分を責め続けてたんだ。だが女王様が孤児院を作ってくれた。聞けば里親の募集もあるっていうじゃねえか!だから俺たちは何度も孤児院へ行って子どもたちと会った。それでようやく見つけたんだ。俺たちの家族になってくれる子をさ。」

「そうか。」

「ケリーってんだ。やさしい子だよ。今じゃ嫁も前までの元気のなさが嘘みてえに笑ってさ。俺ぁ幸せだよ。」

照れ笑いをしながら「さっきまではここにいたんだが、先に嫁と帰っちまった。会わせてやりたかったよ。」としみじみと言う。

牛飼いの女神様という愛称で親しまれているヒストリア。
兵団が無理矢理に押し付けた役割だが、彼女は本当によくやっている。
得た地位を利用して自分のやりたいことまで実現してしまった。
その結果、若き女王は彼女自身が思っているよりもたくさんの人間に影響を与えているようだ。
リヴァイは普段滅多に使うことのない自分の頬の筋肉がかすかに動くのが分かった。

「いい話を聞けた。」

ニッと笑った男がコップを傾けたところで、右手に皿、左手に新しいビールを持ったホクホク顔のユフィが戻ってきた。
皿には様々な種類のソーセージが盛られている。
炭火焼き、バジル入り、サラミ風、レバー……、ビールがよく進みそうである。

「楽しそうだね。何の話してたの?」

「そりゃあユフィちゃん、調査兵団に乾杯って話をしてたのさ。」



しばらくすると、テントの中央にある開けたスペースで管楽器の軽快な演奏が始まった。
すぐに人々が沸き立ち、手拍子が起こる。
立ち上がって踊り始めるものも現れた。

「この曲!なつかしいなあ!」

ユフィは童心に返ったようにキラキラした瞳になり、人の隙間から奏者を見ようと体を左右に揺らした。

「リヴァイは知ってる?」

「いや。」

「私の育った地方でも収穫を祝うときに踊ったの。」

一人が踊り始めれば次から次へと仲間は増えていく。
ほどなくしてテントの中央は奏者と踊るものでいっぱいになった。
周囲は絶え間なく手拍子を送る。

「行きたいんだろ?」

「え!」と驚いてユフィはリヴァイを見た。
その体はすでにリズムを取ってむずむずと揺れていた。
彼は中央へ向けて軽くあごをしゃくってみせる。

「行ってこいよ。」

途端、満開の笑顔になったユフィ。
勢いよく立ち上がり、輪の中に飛び込んでいった。

「ユフィちゃん、いい筋してるなあ!」

軽やかにステップを踏むユフィを見て、男が愉快そうにリヴァイの背中を叩く。

リヴァイは人々を眺め、音楽をただ聞いていた。
踊るもの、手拍子するもの、ビールをあおるもの、皆が笑っていた。
何重にも重なる管楽器の演奏は鼓膜を気持ちよく震わせる。
初めて耳にしたこの曲はこれから何度も聞くことになるのだろう。
そしてやがては“故郷の音楽”となって体に染み付いていくのかもしれない。
土地や風土に愛着を持たない自分にも、初めてそういったものができるのかもしれない。

ふと、彼は見た気がした。
壁に囲まれていた頃の窮屈な空気を突き破るような、この空間。
そこから紡ぎ出された、ほんの一筋ほどの、ささやかな光明を。
そのやわらかな光に頬を撫でられたかのように、リヴァイは瞬きする。



もし。
もし、願ってもいいのなら。
夢見ていいのなら。
ユフィの隣で、ユフィと共に、何十年も親しんだリズムに耳を傾けて微笑み合う、そんな未来を──



「!」

誰かが高らかに指笛を吹き、ふ、と意識が自分に向く。
感傷めいた心持ちになっていたことに気づき、柄にもない、とリヴァイは思った。
手放しで祈ることなど、普段はないことだ。
視界の中で恋人が楽しそうに踊っているからだろうか。
眩しげに目を細める。
カラフルな色の中で、健やかに、軽やかに、今このときを、彼女は舞っていた。



ビールと音楽を楽しんでいると、あっという間に夜は更けた。
祭は午後11時までとなっている。
帰宅する人で混雑する前に、二人はテントを出た。

「今夜はこの近くの宿を取ってある。」

「本当に?」

てっきり兵舎へ帰るのだと思っていたユフィはアルコールで染まった頬をますます赤くした。

「なんだか照れるね。泊まりがけのお出かけって久しぶりじゃない?」

その嬉しそうな表情を見て、リヴァイも宿をおさえておいてよかったと安堵した。
奮発していい宿を取ったから彼女はまた驚くかもしれない。

二人はこれまでずっと働き詰めだった。
夜遅くまで机に向かうことがざらにあるので、恋人の営みもご無沙汰だ。
しかし、今夜は宿で二人きり。
綺麗な広々とした部屋で。
湯気のこもるバスタブで。
大きなベッドで。
正真正銘の二人きり、だ。

歩きながらリヴァイは彼女のくびれた腰へ腕を回す。
急に口数の減った、その耳元へ唇を寄せた。

「眠いか?」

ユフィはうつ向きがちに首を振った。
めくるめく夜がこれで終わりではないことを知ったのだ。

「……眠くない。」

女王様がくれた貴重な休日。
最後まで、目の前の恋人を喜ばせることに使おう。
今日はそれが許された日だ。

時代は激しく流れている。
やるべきことをやり、地に足をつけて今を生きねばならない。
冷静に現実を見定め、あがいていかなければならない。
しかし、少しだけ。
未来へささやかに意識を遊ばせる、そんな時間も少しだけ、あっていいのかもしれない。

一筋の光を胸にそっとしまい、彼は隣のぬくもりをしっかり引き寄せる。


煌々とした灯りと人々のにぎやかな笑い声を背にして、寄り添った二人は街へ消えていった。



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