わたしのヴァンパイア 1
※お題箱より「吸血鬼パロ」
※吸血鬼の伝説は都合よく設定しています
雨風が強く吹き付け、雷がひっきりなしに轟く夜でした。
「いい夜だな、シスター。」
ひとり神へと祈りを捧げていたシスター・ユフィは、突如として響き渡った声に驚いて立ちあがりました。
きょろきょろと辺りを見渡しますが、教会内に彼女以外は誰もいません。
ふと気配を感じて顔を上げたとき、ユフィは叫びそうになりました。
雷光が暗闇を引き裂いた瞬間、教会の高窓に人間のような影が映ったのです。
「神への祈りか、熱心なことだ。」
「!!」
高窓の気配が消えたかと思えば、急に後ろから声がしました。
振り向けば、彼女の視線は教会の重厚な扉に釘付けになりました。
なんと扉のすき間から霧のような影が入り込み、その影から漆黒のマントをまとった顔色の悪い男が現れたのです。
現実離れした光景に驚いて、ユフィは腰を抜かしてしまいました。
「腹が減ったんで寄らせてもらった。お前の血をいただく。」
「吸血鬼!?なぜ……!!」
「なぜ教会に入れたのか、ってか?力の強い吸血鬼に十字架は効かねえんだよ。」
目の前に立った吸血鬼は目を細めてシスターを眺め、舌舐めずりします。
「安心しろ、痛くはないはずだ。あのメガネがヘマしてなけりゃな。」
そう言うと吸血鬼は素早くユフィを押し倒し、その首筋へ顔を埋めてしまいました。
尖ったものが肌にあてがわれた感触がして、恐怖で身を固くしたユフィ。
しかし──
「あぁあっ!」
牙に皮膚を貫かれたとき、その体に走ったのは痛みではなく、痺れるような快感だったのです。
***
“世界の化け物たち
chapter4.吸血鬼について
・神のシンボルである十字架を嫌う
・不死身である
・人間の血液が好物で、噛みつかれた者は全身の血を奪われて死に至る
・心臓に金属の杭を打ち込むと死ぬ
・吸血鬼狩りでその生息数を減らしたが、未だ各地で生き残っていると思われる”
ユフィは黄ばんだ書物を熱心に読んでいました。
吸血鬼に襲われた次の日の夜明け前、教会の冷たい床で目を覚ましたユフィ。
全身の血を吸い取られてしまったのかと思いきや、体はいつもといたって変わりなく、ただ首筋に噛み跡が残っているだけでした。
吸血鬼に噛まれたら死ぬはずなのに、どうして生きていたのでしょうか。
どうして感じたものが痛みではく快感だったのでしょうか。
疑問を抱えたシスターは吸血鬼に関係する本を借りてきて開いてみましたが、書かれていたのは誰でも知っているような情報ばかりでした。
それに“強力な吸血鬼は教会に侵入できる”なんて文章はどこにも書いていなかったので、それ以上読む気がなくなりました。
軽いため息をつきながら本を閉じた、そのとき。
「おい、シスター。」
「!!」
ユフィは椅子から転げ落ちそうになりました。
昨夜教会に現れた吸血鬼が、今度は自分の部屋の窓をノックしたからです。
どうやら相手は不思議な力で宙に浮いているようでした。
「今夜は吸血しねぇから開けてくれ。確かめたいことがある。」
吸血鬼がなぜか切羽詰まった表情をしていましたし、その様子から悪意は感じなかったので、ユフィは恐るおそる窓の鍵を開けました。
マントをひらめかせて入ってくるや否や、彼は焦った様子で口を開きます。
「昨日俺に噛まれたとき、感じたのは快楽だったか?」
ユフィの心臓はドキリと音を立てました。
事実、吸血鬼に噛まれたときは失神してしまうほど気持ちよかったのです。
処女にも関わらずあのようなエクスタシーを体験してしまい、彼女は今日一日、ほのかな背徳感を抱いて過ごしていたほどです。
「は、はい……。でもそれが何か?」
眉間に一層深いしわを作り、彼は浅く息を吐きます。
「俺は吸血鬼のリヴァイだ。」
訳が分からない様子のユフィを前にし、リヴァイは事の成り行きを話し出しました。
彼には奇妙な仲間がいました。
人間に興味津々で、できれば仲良くなりたいと考えているハンジという吸血鬼です。
まじないや薬の扱いが得意で、探求心が強く、日夜人間研究に明け暮れています。
ある日、その吸血鬼が新薬を開発しました。
「それを飲めば、噛んだ人は痛みを感じないはずだよ。むしろ気持ちいいと思う。」
メガネの奥で、好奇心に満ちた瞳がきらりと光ります。
薬の実験台となったのは、古くからの付き合いであるリヴァイでした。
ただ馴染みだからというだけではなく、彼が選ばれた理由はきちんと別にありました。
リヴァイは無駄な殺生をしない主義で、それはハンジも同じでした。
というのも、吸血鬼という存在は、言い伝えとは異なり、一回の食事において人が死ぬほどの血液は必要ないのです。
しかし半世紀前に行われた吸血鬼狩りのさなか、怒った過激な吸血鬼集団が大勢の人間の血を吸い尽くして殺してしまいました。
それが原因となり、吸血鬼に噛まれると死ぬ、という説が人間にとっての認知となって今日に言い伝えられているのでした。
今でも憎しみから人間を殺してしまう吸血鬼は存在しますが、リヴァイやハンジのような反致死吸血鬼のほうが、実は数が多いのです。
そんな彼らは食事のたびに、牙を刺される痛みに苦しむ人間を目の当たりにしてしまいます。
あまり苦しませず、なるべく穏便に済ませたい、彼らがそう思うのは自然なことでした。
なので、不快を快に変える夢のようなその薬を、リヴァイは試してみる価値があると思ったのです。
「それで、その薬を飲んで偶然教会を通りがかった、と。」
「あぁ。お前の話を聞くに、あのときは効果があった。だがさっき別の人間に噛みついてみたら痛がってしょうがねえ。」
リヴァイは忌々しそうに言います。
どういうことだとハンジの家に押し掛けると、「もしかしたら初めの一人だけに効いたのかも……今後もその子だけは効果が持続されるんじゃないかな」とボサボサの頭を残念そうにかくのでした。
「手を出せ。奴の推測を検証する。」
ユフィがおずおずと手を差し出すと、リヴァイがその手を取り、顔を寄せます。
かぱりと開いた口内からは三日月のように尖った牙が見え、その切っ先が人差し指の皮膚に触れます。
そして貫くほどではない力でめり込みました。
「あっ!」
途端、ユフィはびくついて高い声を上げました。
甘い快感が指先を伝ってきたからです。
その反応が真実を物語っていました。
リヴァイは大きく舌打ちをし、「あのヤブメガネが」と悪態をつきました。
そしてすぐに窓から出ていこうとしましたが、それをユフィが引き留めました。
「あの、私でよければあなたの助けになりたいんですが……。」
シスター・ユフィは心の優しい吸血鬼を見過ごすことができなかったのです。
***
「ん、んぅ!」
じゅ、という音が鳴り、ベッドの上でユフィは細かく体を震わせました。
その肩ではリヴァイが歯を立て、食事をしているところです。
吸血鬼の鋭利な牙が肌に触れるたび、鋭い快感が彼女の全身を走りました。
血液を吸われるたび、ぞくぞくと鳥肌が立ちました。
あまりのことに、思わず吸血鬼にしがみ付いてしまいます。
「んん、ん、く、はあ、」
「声を我慢しなくていい。押し込めるほうが辛いだろう。」
唇を噛んで耐える彼女にそう言ってから再び噛みつき、溢れる赤い雫を舐め取ります。
「あ、ぁあっ!」
リヴァイが部屋の窓をノックしたあの日以来、毎晩ユフィは彼に血液を提供していました。
改良された薬ができるまでの間、苦痛をこうむる人を新たに増やすくらいなら、痛みのなくなった自分の血を吸えばいいと申し出たのです。
断る理由はありませんでしたし、ユフィの血はとても美味しかったので、吸血鬼はシスターの世話になることにしました。
しかし、ほどなくしてリヴァイには困ったことができました。
首もとをはだけさせたシスターがなまめかしく悶える姿を目の当たりにすると、どうにも下腹部がうずいてしまうのです。
鼓動が早くなり、喉の渇きとは別の欲求がむくむくと体を支配し始めるのです。
吸血を終えたあとの熱を持て余したようなユフィを見ると、とても去りがたい気分になるのです。
彼にとって初めての現象でした。
そうして一週間が経った夜、腹を満たした後、リヴァイは胸の内をもんもんとさせながらついにユフィへ言いました。
「シスター、毎回あんたは辛そうだ。おかしなことを言うが、俺はあんたの辛さを解放できる。だから、」
頬にさっと色がさしたユフィは吸血鬼を驚いた顔で見たかと思うと、すぐに目を反らしました。
「心配はいりません。私は神に仕える者ですから。」
神と結婚し、禁欲的に、一生懸命に厳粛を保とうとするシスター。
しかしこの瞬間からその心臓はとくとくと鼓動を早め始めます。
それに気付かないふりをして、彼女は後ろ髪を引かれている様子の吸血鬼を夜空へ見送るのでした。
小さな村の修道女、シスター・ユフィ。
今夜、彼女の胸に生まれた小さな種が今後の二人の運命を大きく変えることを、彼女も、そしてリヴァイも、このときは知る由もありませんでした。
to be continued...
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