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お嬢様と執事はその日──

※お題箱より「お嬢様と執事の身分違いの恋愛」








「リヴァイ、紅茶が飲みたい。」

「かしこまりました。」

「リヴァイ、パーティーに着ていく新しいドレスが欲しいの。」

「それでは仕立て屋を呼びましょう。」

「リヴァイ、好きなの。私の恋人になって。」

「それは致しかねます。」

冷静沈着な私の執事、リヴァイは眉一つ動かさずに愛の告白を跳ね返した。
そしてよく蒸らしたアールグレイをティーカップへ注いで私の机へ置き、「もうすぐ先生がいらっしゃっいます、しっかり励んでください」と言い置いてさっさと部屋を出ていった。
あとには紅茶のいい香りだけがふんわりと残る。

「何が致しかねます、よ。」

ふんと鼻を鳴らしてカップを手に取る。

リヴァイは常に冷静で、冷や汗をかいたことなど一度も見たことがない。
きっちり着込んだ燕尾服も、撫で付けた黒髪も、1ミリだって乱れることはない。
私に見せるのはピクリとも動かないムッとした無表情だけ。
本当にいけすかない。
その仮面を剥がしてやりたい。
感情をあらわにする、そんな姿を見たい。
彼だって機械じゃないから、本当は笑ったり悲しんだりするはず。

なぜそんなにあの執事にこだわるのか。
理由は簡単、彼のことが好きだからだ。

5年前、私が13歳のとき、パパがうちに新しい執事を連れてきた。
私より一回り年上の、ピリッとした雰囲気のある男だった。
今はもうその鋭さは和らいだが、背後を決して取らせない油断のなさは健在だ。
事実、忍び足で近付いた私が背中に飛び付こうとしたときは、まるで見ていたかのように素早くかわされてしまった。
そして、冷たそうに見えても私たち家族を大切に思ってくれていることは知っている。
親しいメイドから聞いたのだ。
「旦那様やお嬢様の話をするときにだけ、彼は穏やかな顔を見せるのです」と。
そういう一面に惹かれたのだと思う。

コンコン。
軽やかなノックの音が鳴り、先生の挨拶する声がした。
さて、ヴァイオリンのレッスンの時間だ。

ナチュラルな告白は失敗した。
“恥じらいながらの告白”や“高飛車な告白”はもう試したから、次はどんな手を使ってみようか。
彼の「イエス」を聞くため、今日も私はあれこれ作戦を考えるのだった。



***



「お嬢様、旦那様がお呼びです。」

「えぇー、今いいところなのに。」

ある日のこと、リヴァイから声をかけられた。
渋りながら読んでいた本から顔を上げれば、彼はもう踵を返すところだった。
かすかな違和感を覚える。
いつもなら腰の重い私が立ち上がるところまでちゃんと見張るのに。
違和感を抱えたまま、パパの書斎へ向かった。

あぁ、なんてことだろう。
今日この日まで、私はまさかこんな言葉を聞かされるとは思ってもみなかった。
いや、本当は薄々勘づいていたのかもしれない。
この日が来ないことを心のどこかで祈っていたのかもしれない。

「ユフィ、お前の結婚相手を選んでおいた。」

「え?」

パパから発せられた第一声を、すぐには飲み込めなかった。

「お前もいい歳だろう。今度の日曜日に顔を会わせる予定だ。覚えておきなさい。」

目の前が真っ暗になった。

フラフラと部屋へ帰ってきて、ベッドに倒れ込む。
私は結婚するらしい。
好きな人ではなく、顔も見たことがない、声も聞いたことのない男と。
この家はパパがすべてを決めている。
やっぱり私には結婚相手を選ぶ権利はないのだろうか。
子どもの頃に読んだ絵本のヒロインのように、好きになった男性とハッピーエンドを迎えることはできないのだろうか。
リヴァイを、諦めなければならないのだろうか。

「やだ……いやだよお……。」

パパの言葉が延々と脳内を反響し、涙が溢れてきてシーツに染みた。



どのくらいそうしていただろう。
気付くと日の光で明るかったはずの部屋は真っ暗になっていた。
寝たまま窓の外に浮かぶ星をぼんやり見ていると、ふいにドアがノックされ、「失礼します」と低い声が聞こえた。
声の主は、リヴァイだ。
会いたくないのに会いたい相手の来訪に、のっそりと起き上がる。

「ディナーも召し上がらず、どうしたのですか。」

ランプと紅茶セットを持って現れた彼は、まず暗過ぎるこの部屋の灯りに火を付けた。
食事の席に現れなかった私を心配して来たらしい。
黙っていると手渡されたのは、紅茶の注がれたカップ。
一口飲めば、じんわりと体があたたまった。

「……私、結婚するんだって。」

重い口を開く。
一瞬、沈黙が落ちた。
リヴァイは硬い表情で私のカップを見ている。

「……喜ばしいことです。」

喜ばしい?
そんなはずがないじゃない。
細い持ち手を掴む指が震えた。

「お相手は由緒正しい家柄の方とお聞きしました。きっとお幸せになれます。」

「幸せ?幸せって何?好きでもない人と結婚することが幸せなの!?」

カップをベッドサイドのテーブルへ乱暴に置き、私は逃げ出すように部屋を飛び出した。
これ以上、リヴァイから祝福の言葉を聞きたくなかった。
背後から私を呼ぶ声が追ってくる。

「放っておいてよ!」

突きあたったバルコニーへの扉を開いた。
扉のガラスには貼り紙がしてあったが、読んでいられなかった。
逃げ場がないことは分かっている。
ただ無性に外へ出たかった。

「お嬢様、危険です!こちらヘ!」

「いや!今はあなたと話したくない!」

すぐに追い付いたリヴァイ。
その手が迫り、半円状に張り巡らされた柵へ体を押し付けたそのときだった。
バキン、と金属の割れる音がして、私は体の支えを失った。

「──ッ!!」

ここは3階。
あぁ、私、死んじゃう。
死を悟り、妙にゆっくりと重力に従いながら、さっきの貼り紙に書かれていたのはこの柵ことだったのかなぁ、とぼんやり思った。

しかしぐんと腕を引っ張られ、死は訪れなかった。
バルコニーの床に、リヴァイと共に崩れ落ちていた。

「あ……私……、」

生きてる。
取り返しのつかないことになるところだった実感が、ぶるりと全身を走った瞬間──

「!」

私は抱き締められていた。
他でもない、リヴァイに。

自分の心臓と相手の心臓、そのどちらもがドクドクと脈打っているのが分かった。
しかし体を包む温かさが胸に鋭く染みて、腕を突っ張る。
こんなことをされても、今は全く嬉しくない。

「やめてよ!私のこと嫌いなんでしょ!?我が儘でうるさい私なんか、さっさとこの家からいなくなればいいって、そう思ってたんでしょ!?結婚の話が来てせいせいしてるくせに!」

逆立つ感情のまま声を荒げ、自分の放った言葉に傷ついた。
もし本当に彼がそんなことを思っていたら、私は今度こそバルコニーから飛び降りてしまうかもしれない。
自分の馬鹿な言動が憎くて、どうにもならない現実が悔しくて、滲む涙で視界が歪んだ。
八つ当たりするように、燕尾服に包まれた胸を叩く。
しかし私の手首は掴まれて、再び拳を振り上げることはできなくなった。

「……誰が、」

発せられたのは、低い低い声。
目の前の男から初めて聞く、静かに、しかし心の底から憤った声だった。
そして、ぞくりと粟立った、背筋。
彼の鋭い視線が私を射ったのだ。
リヴァイはいつもの無表情を捨て去り、ひどく心を乱しているようだった。

「誰がそう思ってるって?俺がいつそう言った?」

驚きのあまり言葉を無くし、ただ彼を見つめた。
強く握られた手首が痛い。
白い手袋越しに相手の体温が伝わってくる。
一見冷たそうな彼は、心臓の奥がじんとするくらいにぬくいのだと知る。

リヴァイは苦しげに眉を寄せ、かぶりをふった。
その拍子に、黒髪の一束がはらりと彼の額に落ちる。

「どうして嫌いになれる?……我が儘で、うるさくて、愛しい、お前を。」

「──!!」

息を飲んだ。
初めて聞く言葉遣いも、仮面を捨て去った苦悶の表情も、すべてが彼そのものだった。
執事ではなく、ただのリヴァイだった。

「俺がどれだけ諦めようと苦労していたか分かるか?毎日欠かさず自分自身に言い聞かせてきた。心を惹かれたのは、結ばれる未来のない相手だと。それなのにお前は俺の気なんか知らないで、腹立たしいくらいに素直にぶつかってきやがる……。」

表情とは裏腹に、頬をそっと撫でた手のひら。
特別な関係の人間だけが許される距離で、吐き出すように彼は言う。

「恋人になれだとか無茶苦茶言いやがって。俺は執事で、お前は主の娘だってのに……!」

視界が揺らいで仕方なかったが、初めて本心を吐露する彼を見つめ続けた。
私を見る色素の薄い瞳は夜の色に染まっていて、とても綺麗だった。
ひそめられた眉も、乱れた髪も、全部が美しく、愛しかった。

リヴァイは大人だった。
私はまだ何もかもが未熟で、だから彼を悩ませていたのだ。
でも、今だけ大人になる気は、ない。

「リヴァイ、好き。世界で一番好きだよ。」

たとえ結ばれない恋であろうと、私はこの気持ちを曲げることはできない。
目から涙がこぼれ落ちた瞬間、顔を寄せ、その唇に自分のそれを重ねた。
彼は拒まなかった。
こちらへ押し返してくるように体重をかけながら、私の唇を大事そうに食んで応えてくれた。

初めての、布を介さないふれあい。
想像以上に柔らかく、あたたかいその素の肌は、私の心をこれ以上ないほど甘く切なくさせたのだった。
こんな気持ちを抱くことは、この人生でもう二度と訪れないだろう。
それでもいい。
二人が気持ちを通わせたこの瞬間が存在したという事実があれば、私はそれでもいいのだと思った。

そのとき。

「ユフィ、お前、リヴァイを好きだったのか。」

「!!」

いきなり第三者の声がして、弾かれた勢いで体を離す。
バルコニーの入り口に立っていたのは、驚いた顔をしたパパだった。

「パパ、あのね──」

「なぜ早く言わなかった?これは先方にお断りをしなければならないな。」

「え!?」

ポカンとした。
リヴァイも驚いた顔をしてパパを見上げている。
想像し得なかった展開だ。



それから私たち3人はパパの書斎で話をした。
すると、パパはなんと結婚に関して寛容な姿勢であるということが判明した。
私に想い人がいることを知っていたら縁談など持ってこなかったらしい。
今どき政略結婚は流行らないしな、と笑うものだから二人で呆気に取られてしまった。
こうしてそれぞれの腹の内を明かした私たち親子は、お互いのコミュニケーション不足を深く反省したのだった。

そして──

「リヴァイ、うちの娘を幸せにできるのか?」

「もちろんです。」

パパの目を真っ直ぐに見て言うリヴァイに感極まる。
思わず「嬉しい!」と彼に抱きついた。

「ユフィ!そういうことはパパのいないところでやってくれ!」

焦るパパを尻目に私はリヴァイへ微笑みかけ、彼はぎこちなく、それでいて穏やかに口の端を緩めてくれたのだった。



執事ではない、ありのままのあなたをもっと見たい。

どんな顔をして愛を囁くの?
どんな仕草で燕尾服を脱ぐの?
恋人の前ではどんなふうに甘くなるの?

頭の中で作戦を立てる。
明日からも忙しくなりそうだ。


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