おかえり、英雄たち
※ウォール・マリアを奪還した85話直後のお話です
その日、とてもとても沢山の兵士が死んだ。
仲間はたった9人になった。
兵団のトップさえも失った。
しかし、私たちは人類の領地を奪還し、真実を見つけた。
それは、喉から手が出るほど欲しがった地下の中身。
手に入れて目の前に広がったのは、足がすくむようなリアル。
私たちのすべてと思っていた場所はちっぽけな囲いに過ぎなかった。
今まで戦ってきた巨人は私たちと同じ民で、想像をはるかに超える巨大な存在が敵だった。
それらをどんな気持ちで受け止めたらいいのか、私はまだ決めることができずにいる。
極度の疲労状態にはあったけれど、10人の調査兵は行き倒れずになんとか本部まで帰ってくることができた。
壁内をどうやって通ってきたのか、街の人はどんな顔をしていたのか、帰路のことはぼんやりとしか覚えていない。
ただただ「絶対に生きて帰らねば」という使命感で動いていたのだと思う。
気付けば私は薄暗い自分の部屋のソファーに倒れ込んでいた。
そしてまた記憶が飛び、今度はいつの間にか湯をはった浴槽に裸で浸かっていた。
どんなに疲労困憊しても体だけは清めたかったらしい。
きっと綺麗好きな恋人の影響だ。
どこか遠くに感じる、蛇口から滴が水面へ落ちたチャプンという音。
意識も体の感覚も鈍くて、あたたかいお湯に全身が溶け出してしまいそう。
浴槽のへりに頭を預け、まぶたが睡眠を欲して完全に閉じようとする直前、浴室の扉の開く音がした。
「風呂で寝るな。死ぬぞ。」
壁に反響する、低く、静かな声。
リヴァイだ。
彼はなかなか動けない私を浴槽から引き上げ、体をタオルで丁寧に拭いてくれた。
「ありがと、リヴァイ。」
発した声は自分でも呆れるほど精気がない。
のろのろと下着をはき、部屋着をかぶった。
リヴァイはその様子を見ている。
私が礼を言ったきり、二人の間に言葉は生まれなかった。
そして私は最後の力を振り絞ってベッドへ向かう。
風呂に入ってさらに溢れ出た疲労感で、今は毛布に潜り込む動作すら億劫に感じる。
やっとのことで横たわり、それから空けておいた隣のスペースの毛布をまくった。
ベッドのそばで立ち尽くしている、リヴァイに向かって。
目が慣れてきて、紺の濃淡になった世界。
それでも相手がどんな顔をしているかまでは分からない。
「…………。」
ゆっくりとベッドへ乗り上がる気配がした。
キシ、安いスプリングがしなった。
ゆらりと腕を広げて見せれば、ややあって首筋に押し付けられた額。
それは情事の直後に脱力して身を預けてくる動作に似ていた。
彼が深く息を吸い、そして吐いたあたたかく湿った息が鎖骨にかかる。
私の存在を確かめているのかもしれない。
私も私で、自分が存在していることを彼に確かめてもらえてなんだか安心した。
それからリヴァイはそのままこちらの二の腕を枕にして、硬い腕が腰に回り、私もその体を包み込んだ。
狭いシングルベッドで、やっと二人の体温が混じり始める。
顎の下にある髪から、石鹸の香りがした。
砂と汗の匂いもかすかにした。
いつもは椅子に座って眠る彼。
どんなに激しく体を重ねても、そのまま横になって眠ることはなかった。
私を寝かせ、何かを警戒するようにデスクチェアやソファーへ移動する。
まるで野生動物みたいに。
そんなリヴァイがベッドで横になったのは果たしていつぶりなのだろうか。
ふとした疑問も、疲弊した頭みその裏面をかすめていっただけ。
力を抜くように息を吐けば、みしりと感じる、自分の体の重み。
頭の先から足の指まで、どこもかしこも重かった。
このまま二人もろともベッドの奥底まで沈んでしまいそう。
どこまでもどこまでも沈み込んで、私とリヴァイは泥のように眠って、泥のように一つになる。
いっそのこと、そうなってもいい気がした。
頑張ったよね、私たち。
声もなくつぶやけば、腰に回っていたぬくい手のひらが背中をかくようにゆるりと撫でた。
静か過ぎる夜。
脈を刻む心臓の音。
打った箇所が痛む体。
二の腕に感じるリヴァイの頭の重さ。
胸に感じる吐息。
絡まる脚のぬくもり。
今はただ、受け入れて。
さあ、眠ろう。
生き残った奇跡を噛みしめるのは、明日でいい。
規則正しくなった呼吸を腕の中に感じながら、ほどなくして、私も闇へ意識を手放した。
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