be my baby
最近、俺の補佐役に任命されたユフィ。
もともとはハンジの部下だったが、今や書類の整理や茶汲みなどで俺に付きっきりだ。
ユフィ曰く、ハンジの下でもやりがいがあったが、尊敬する兵士長の役に立てていることを光栄に思っているそうだ。
それを聞いたときの俺の胸中が分かるか?
天にも昇っちまいそうな気分だった。
いや正直、半分イってた。
補佐役初日、俺の執務室に足を踏み入れて「今日からよろしくお願いします」と微笑むユフィを見て、思わず目頭を押さえたことは今でも覚えている。
苦労の甲斐があったってもんだ。
「あの、兵長。紅茶の茶葉が届いたんですが、飲まれます?ダージリンなんですけど。」
いつものように執務室で仕事をまとめていると、今日は非番のはずのユフィが茶葉の缶を持って訪ねてきた。
今まで忙しなく動かしていたペンを止めて彼女を見る。
あぁ畜生、俺の部屋に天使がいる。
気を抜くと天使を凝視してしまうから、眉間に力を込めて正気を保った。
「もらおう。それにしてもお前、茶葉の定期購入でもしてんのか?」
紅茶というものはこのご時世、品薄でアホかと思うほど高額な嗜好品だ。
兵士長という階級にいる俺ならまだしも、一般の兵士であるユフィが紅茶を取り寄せられるとは想像し難い。
だから一刻も早く俺が養ってやりたいことろだ。
こいつの欲しいものは何だって与えてやりたい。
菓子だって買ってやるし家も望めば建ててやる。
愛が欲しいなら一日中抱いてやれる自信もある。
そう、お前を抱きたい、可能なら今すぐにでも。
すると、一瞬トんでいた俺にへらっと笑いかけて頬をかくユフィ。
「あ、実は私の実家、茶葉の生産者なんですよ。」
「!!」
その瞬間、雷にうたれたような衝撃が走り、俺は勢いよく立ち上がっていた。
なんてことだ!
好いた女の実家が自分の好物の生産者だと?
こんなことがあっていいのか。
むしろこれは夢じゃないのか。
「何故それを早く言わねぇ!」
「えっ、えっ?」
思わず怒ったような口調になりながら早足で歩み寄り、訳が分からずオドオドするユフィを力強く抱きしめた。
夢じゃない。
「っ!?」
そして衝動のまま、耳元に唇を近付ける。
「好きだ。出会ったときからずっと。嫁に来い。」
「は、い!?」
突然の告白とプロポーズにユフィは体を硬直させた。
「この俺を惚れさせた上に実家は紅茶農家だと……?出来過ぎている気もするが、お前は俺にもらわれる運命ってことだ。」
「……?……??」
独り言か彼女に語りかけているのか自分でも分からないような口調で言い、抱き込んでいた体を離してその両肩に手を置く。
混乱の中で口を半開きにさせ、頬を染めたユフィを正面から見つめた。
驚くお前も可愛らしい。
あぁ、今すぐにその小さな口を俺の唇で塞いでやりたい。
「ユフィ、返事は。」
「……えっ?へん、へんじ?」
「俺のことは好きか?」
「……!」
かすかに冷静さを取り戻したユフィ。
俺の瞳に宿る熱を一身に浴びながら少し黙って、おずおずとその唇を開く。
自分の心の現状を、なんとか伝えようとしているようだった。
クソ、こいつの一挙一動すべてが愛しく感じてどうにかなっちまいそうだ。
「へ、兵長のことは……憧れてます。でも好きかどうかは……よく分かりません。」
「…………。」
「分からないけど、兵長の言葉を聞いてちょっと嬉しいと思っている自分もいて……。でも、その……。」
「言っていい、思ってること全部。」
言いよどむ彼女の言葉の先を、なるべく優しい口調で促す。
「兵長が……えっと……私の実家が茶葉の生産者だから……紅茶が欲しいから私にそんなことを言ってるんじゃないかって……すみません、ちょっとそう思っちゃって……。」
「…………なるほど。」
さすがに性急過ぎた、と俺はやっとこさ理解した。
確かにこのタイミングでこんなことを言えば私欲のためと思われても仕方がない。
ならば。
何の非もないのに申し訳なさそうに視線を泳がせるユフィの、俯きがちな顎に手を添えてくいと上げさせる。
やけに色っぽく感じる、彼女のその戸惑う澄んだ瞳が自分だけを映している喜びを下腹部に感じた。
同時に、その眼球に舌を這わせてみたい、などと思ってしまった新しい自分を発見する。
とにかく、ユフィには時間が必要だ。
「いきなり過ぎたな……悪かった。ゆっくり距離を縮めるつもりが、つい高ぶって色々すっ飛ばしちまった。いいかユフィ、これから一週間やる。」
「え?」
「その間に俺がお前をここまで近付けるのにどれだけ根回ししたかハンジやエルヴィンに聞くといい。そしてもう一つ。」
目をしばたかせるユフィの細い腰に片腕をするりと回して再度引き寄せる。
鼻先が触れるか触れないかの距離で視線が絡み合った。
「この一週間、俺を男として見ろ。」
「……っ!」
声のトーンを落として囁くと、ユフィは俺の瞳を見つめたまま背筋を震わせてさらに頬を赤らめる。
その反応に満足感を覚え、後ずさってその身を開放してやった。
「そのあと、また返事を聞こう。いいな?」
「は……い……。」
さすがに一週間は短いのではないか、なんて言われるかと思ったが、そんな疑問が浮かぶ余裕もない様子の彼女はフラフラと執務室を出て行った。
後に残った俺は浅く息を吐く。
これまで彼女を近付けるために、調査兵団のブレーン二人へどれだけ貸しを作ってきたか。
彼女を補佐につけてもらったエルヴィンにはあと五回は奢らないといけないし、もともと第四分隊だった彼女を自分のところに寄越すよう頼んだハンジには今月いっぱい巨人研究の手伝いを約束している。
彼女の実家が紅茶の生産者という予想外な事実にテンションが上がり、勢いで想いを告げてしまったが、あとは自分にぐらついているユフィを己の力で完璧に落とせばいい。
毎晩のように思い描いている、快楽に潤んだ瞳を実際に拝む夜は近いのかもしれないと思うと、自然と口の端が上がるのを止められなかった。
早く俺に落ちろ、ユフィ。骨の髄まで愛してやる。
テーブルに置かれている、彼女の持ってきてくれた茶葉の缶をゆったりと撫で、ラベルを見やった。
さすがはユフィの実家、こいつは上等な代物だ。
さて、この茶葉が無くなるのが早いか、ユフィが寿退団するのが早いか。
賭けなら止めておいた方が賢明だ。
俺が勝つからな。
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