kind cheater
※兵長がモブ女子と関係を持っています
※浮気話、これが精一杯でした……!
「あの、兵長って金曜の夜はいつもどこに行ってるのか分かります?」
ミケさんはスンと鼻を鳴らしたきり、フリーズした。
書類を渡しにきた私は、長身の彼を見上げ、首をかしげる。
「ミケさん?」
「……お前、知らないのか?」
怪訝そうな顔だ。
心がざわついた。
先日、念願叶ってついに兵長とお付き合いを始めた。
現在は蜜月の真っ只中で、お互いの知らなかった一面を発見していく喜びに満ちた時期なのだが、彼の習慣で分からないものがまだ一つある。
金曜日の夜は決まってどこかに外泊するのだ。
日が暮れてから兵舎を出て、帰ってくるのは土曜の朝。
「金曜は馴染みの奴に会いに行くことにしている。」
情報は、恋人になる前、飲みに誘った際、彼が放ったこの言葉のみ。
そのときはあまり踏み込むのも悪いと思い、それ以上は何も聞けなかったのだ。
「……ユフィ。」
ミケさんは渋い表情のまま私を見る。
「あいつが通っているのは──」
“高級娼館フェスト”。
教えてくれたその店名を聞いて、絶句した。
娼館とは言わずもがな女性を買う場所であり、そこに足を踏み入れることは、それすなわちセックスするということだ。
私は兵長が分からなくなった。
性欲が募ってしまうのは仕方がないと思うし、発散させるために娼館を利用する男の兵士はそれなりにいる。
しかしだ。
普通に考えて、恋人ができたら行かなくなるものではないのか。
恋人ができてもなお通い続ける娼館とはなんなのか。
なんなのですか、兵長。
ミケさんの証言を疑っているわけではないが、まずは自分の目で確かめることにした。
確実な証拠を掴むため、金曜の夜、外出した兵長の後をこっそりつけていく。
心の中ではミケさんの勘違いであってほしいと願っていた。
実は古い友達とバーで飲んでいるだけで、それを見て、なあんだ、と安心して帰りたかった。
だが。
「!!」
絶望した。
今しがた兵長が入った建物の看板に書かれていたのは、そう、“フェスト”の文字。
だが真っ白な灰になっている時間はない。
心を奮い立たせ、様子を伺っていた通りの角から飛び出した。
コソコソと小走りで娼館に近寄り、扉に耳をつける。
「いらっしゃいませ!いつもの“ティフィン”ですね、どうぞごゆっくり!」
店主だろうか、新たな客を迎え入れた様子の嬉々とした声がする。
おそらく相手は兵長だ。
今すぐ突入すべきか。
いや、さらに踏み込んだ証拠がほしい、慎重に行動しなければ。
その場でじっと室内の気配を伺い、ロビーが静まり返るタイミングを待った。
そして細心の注意を払い、音を立てないように真鍮のドアハンドルを傾け、そっと扉を開く。
見ると、裏へ引っ込んでいるのか、カウンターに店主の姿はない。
私は扉の隙間に体を滑り込ませ、ロビーの端にある、2階へ続くゆるやかな螺旋階段を音もなく掛け上った。
目指すは“ティフィン”の部屋だ。
暗い廊下を早歩きしながら、ドアに貼られた金属のプレートを確認していく。
“ラドラー”、“キュメリング”、“ゴーゼ”、“クルム”……“ティフィン”。
一番奥の部屋だった。
心臓が嫌な音を立てて鳴っている。
正直、真実を知るのは怖い。
怖いが、知らなければ前には進めない。
玄関の扉と同じように、耳をそっとドアに押し付ける。
すると──
「ふふ、……、ん、……、」
かすかに聞こえる、女の笑い声となまめかしい吐息。
途端、全身の血が沸騰したように体が熱くなり、考えるよりも早く、硬い拳を作ってドアに叩きつけていた。
乱暴過ぎるノックの音が三回、廊下に響き渡る。
やや間があり、ドアを開けて顔を見せたのは、
「おい、何だ──」
ジャケットを脱いだラフな格好の兵長で。
私であることが分かったときの、驚き、今にもしまったと口からこぼしそうな困惑顔。
大きくはだけたシャツの襟元から見える、首筋に付けられた赤い口紅のキスマーク。
それらを視界に入れるや否や、私は大きく振りかぶっていた。
パン!と破裂したような音が鳴る。
顔面にめがけた私の拳を、彼の手が受けたのだ。
「これは、どういうことですか……?」
自分の声とは思えないほどの冷たい音が喉から出た。
「…………ユフィ。」
長い間のあとに呼ばれた私の名前は、ひどくぎこちなく聞こえた。
力のこもった拳は未だに兵長に向かい続けている。
兵長は拳を同じ力で止め続けている。
「リヴァイさんどうしたのぉ?」
修羅場の険悪な空気に、しなりのある甘ったるい声が割って入り、兵長の背後にブロンドヘアの女が顔を覗かせた。
ぎょっとして私たちを見比べる。
「ちょっと、なに?本当にどうしたの?ねぇリヴァイさんこの人は?」
「…………俺の女だ。」
「はあ!?」
抑揚のない兵長の声。
ブロンドヘアの叫びが裏返った。
私はもうたまらなくなって、
「バカ!!浮気男!!」
と叫んで走り出した。
何が「俺の女」だ。
他の女を抱いておいて、よくそんなことを言える。
もう知らない。
兵長なんか知らない。
一生ブロンドヘアと乳くりあってたらいい。
「ユフィ!」
娼館を飛び出して広場に差し掛かったとき、兵長の声が後ろから追いかけてきた。
「話を聞け!」
この期に及んでどんな話があるというのだろう。
聞いてあげてもいいが、許す気はない。
立ち止まり、振り返る。
兵長は後ろ十メートルほどの距離に来ていた。
その背後にはブロンドヘアがハアハアと息を切らせながら追い付いたところだった。
なぜこの女も出てきているのか分からない。
「ユフィ、お前の言いたいことは分かる。だがこいつとは男女の仲じゃねぇ。」
「…………。」
「縁があってお前を知る前から会っていた。誰しもそういう人間の一人や二人いるもんだろう。」
彼の独特の説明方法に我慢ならなくなったのか、ブロンドヘアが慌てた様子で前に出た。
「あの、聞いてくれる?あたし、リヴァイさんに恋人ができたなんて聞いてなかったの。知ってたらこんなとこ来させないし、そもそもなんで来てるのかあたしにも理解できなかったんだけど。」
彼女も、暴かれた兵長の行いに戸惑っているらしい。
「リヴァイさんとは本当に娼婦とお客の関係なの。あたしには子どもと飲んだくれの旦那がいるしね。リヴァイさんはそれを知った上で指名してくれる常連さんだったわけ。」
なぜかブロンドヘアさんのほうが必死そうに見える。
「……それでね、今ちょっとだけ話を聞いたら、この人、自分が指名しなくなってあたしの給金が減ることを心配してるみたいなの!」
信じられない!というジェスチャー付きだ。
兵長は気まずそうに耳の後ろをかいている。
「あなたも分かってると思うけど、強面な顔してる割にやさしいのよね、この人。個性的な方向にやさしいの。自分が来なくなったときの私のがっかりする顔でも頭に浮かんだんだと思うわ。お客は他にもいるから、そんな心配いらないのに。」
なんとなく、察した。
「つまり──」
兵長は、駄目な夫と小さな子どもを持つこの人に対して、客であり続けることが自分なりにできることだと思っていた。
恋人ができたが娼婦の先を思って娼館に向く足を止められなかった。
「こういうことですか?」
ブロンドヘアさんは力強く頷く。
たまたま世話になった娼婦に情が移ってしまったのだ。
彼の根っこが優しいことは私も知っている。
まさかその性格が、こんな影響をもたらすとは思わなかった。
しかし確認しなければならないことはまだある。
「とはいえ、やることはやってるんですよね?」
睡眠を取ったり食事をするだけで終わるなら、まだ健全な話になる。
が。
「まあ、そうね……。」
ブロンドヘアさんは何とも言えない顔をした。
呆れた。
そこは我慢できないのか。
恋人以外の他人と致しているなら、もう立派な浮気だ。
自分の目がみるみるうちに据わっていくのが分かる。
「ユフィ、すまない。悪かった。」
神妙な面持ちの兵長は一歩、足を踏み出す。
「あたしからも、お願い。許してあげて。もうここには来させないから。」
二人に許しを乞われるこの状態、まるで私が悪いみたい。
腹の虫は治まらない。
人差し指をびしりと兵長に突きつけた。
「本当に悪いと思っているなら、私が許すまで品行方正に過ごしてください。しばらく夜遊び禁止です。」
話は終わりだ。
私は彼らに背を向け、ずんずんと立ち去ってやった。
後には、声を落としたブロンドヘアさんが兵長に説教するようなひそひそ声が広場に響いていたのだった。
そうして一ヶ月が経った。
あれから夜は一度も顔を合わせていない。
昼間の訓練では見かけるが、極力視線を合わせないようにしていた。
兵長と部屋が隣のミケさんに様子を伺うと、金曜の夜はずっと外出していないらしい。
これでまた娼館に出かけていたら完全に愛想が尽きているところだ。
そしてその日、ハンジさんから「相方がげっそりしてるから早く仲直りしてあげなよ」と肩を叩かれた。
よく顔を見ていなかったから、そんなに彼がこたえているとは知らなかった。
私は一人、大きく息を吐く。
夜になり、部屋を抜け出した。
兵長の私室の前にやってきてドアを二度ノックすると、一秒も経たないうちに彼は顔を出した。
予想外の早さに、面食らう。
一ヶ月に真正面から向き合った彼は、なるほど確かに、目に落ちる影は濃いし隈もひどい。
げっそりしている。
「入っても?」
兵長は一歩引いてドアを開け、部屋に招いた。
いつも通りの、殺風景な部屋だ。
壁際に置かれたベッドへ腰かけ、膝に置いた拳を見つめる。
兵長は少しの間、閉じたドアのそばで佇み、それから口を開いた。
「許してくれる気になったのか。」
こくん、頷く。
木の床が軋む音を伴いながら、足音はこちらへゆっくりと向かってくる。
うつむき続ける私のかたわらに立った彼。
視界に入る相手の右手が、ぴくりと震えた。
「……触れてもいいか。」
また、頷く。
右手がぎこちなく持ち上がり、髪にそっと触れた。
控えめに、注意深く、指は頭を撫でる。
頭上で、彼が大きく呼吸をした音がした。
指先だけで、伝わってきた。
彼のやさしさと、心苦しさが。
泣きそうになる。
今まで涙の一つもこぼさなかったのに。
鼻をすすれば、頭を引かれて相手の腹部に寄りかかった。
「本当に悪かった。」
静かに降ってくる、謝罪。
「もっとお前の気持ちを考えるべきだった。」
「……もうしない?」
「もうしねえ。誓ってもいい。」
腕を伸ばして、彼の腰を抱き締めた。
ぬくもりが布越しに伝わってくる速度と同じ早さで、じんわりと、心に想いが浮かび上がってくる。
やっぱり好きだ。
兵長が好きだ。
これが惚れた弱みなのかもしれない。
だけど、彼はやつれるほど反省した。
反省した愛しい男の言葉を、信じてみよう。
頭を撫でる手のひらを感じながら、ぐりぐりと腹筋に額を押し付ける。
「ユフィ。」
体を離して顔を上げると、頬に手のひらが滑る。
噛み締めるような表情をした兵長が、じっと見下ろしてくる。
動きたくても動けない、そんな気配を感じた。
「もう仲直りしたんですから、前みたいに接していいんですよ……?」
頬の手に手を重ねると、ほっとしたように眉のしわが緩んだ。
目元の隈が痛々しく見える。
「あんまり寝てないんですね。」
「……そうだな。お前がいない夜は気が遠くなるほど長かった。」
言いながら兵長は屈んできて、私の唇に自分のそれを重ねた。
あたたかい粘膜、肌、息。
距離を置いてはいたが、本当は全部が恋しかった。
さみしさの反動が一挙に襲ってきて、彼の首に手を回す。
だんだんと深まっていくキスをしながら、兵長は身を乗り出してくる。
体が後ろに倒れ、ついにはベッドに押し倒された。
そのときにはもう、お互いを貪るように求めていた。
関係を修復した私たちはすぐにふれあいに没頭し、その晩は大いに燃え上がった。
この行為がようやく二人だけのものになると実感したら、体の芯から熱くなって、たくさん声を出してしまった。
兵長も情熱的になり、一回だけでは到底止まらず、私たちは遅くまでベッドをきしませていた。
翌朝、食堂で出会ったミケさんがぬっと近付いてきて、
「よりが戻ったようだな。」
と声をかけてきた。
「あっ。」
兵長の隣の部屋はミケさんだったという肝心なことを忘れていた。
あられもない営みの音が壁から聞こえてきたに違いない。
あまりの恥ずかしさに、食器の乗ったトレーを落としそうになる。
「あ、あの!色々とお騒がせしました!」
思わず声を張り上げた。
ミケさんはちょっとだけ微笑み、スンと鼻を鳴らして食堂を出て行ったのだった。
end.
リクエストありがとうございました!
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