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ハンジが研究している惚れ薬を飲んでしまい、兵長がヤキモチを焼く話





彼女は瞳にハートを浮かべてその人物を見た。
視線の先にいるのは、普段から行動を共にしている直属の上官リヴァイ、ではなく。

「はぁ、ハンジ分隊長……。」

第四分隊隊長、ハンジ・ゾエだった。

今しがた実験室に入ってきたハンジは、テーブルに置かれたコップが空になっていることに気付き、それから彼女を見、状況を察して頭をかいた。

「あれ。もしかしてこっちの液体、飲んじゃった?」

「どうした、ハンジ。」

後ろから顔を出したのはリヴァイだ。
自分の部下がハンジに向かって頬を赤らめていることに気付き、眉をしかめる。

「それがさ、彼女にお茶を出しておいたんだけど、間違えて違うコップの中身を飲んじゃったみたい。こっちに入ってた液体って実は惚れ薬なんだよねぇ。」

「あ?」

ハンジはテーブルの上の空になっているコップを覗き込んだ。

調査兵団のマッドサイエンティストとして知られるハンジ。
みやびな出資者から薬の調合を依頼されることもしばしばだ。
本分がそこではないので基本的には断るのだが、調査兵団に対して影響力のある貴族の頼みごとは無視できないときがある。
今回の惚れ薬の調合は受けざるを得ない案件だったのだ。

「ハンジ分隊長、素敵……。」

「いやぁ、まいったなぁ。」

完全にほの字となっている彼女に対してまんざらでもないハンジの後ろで、ブチっと血管の切れる音がした。

「おい、帰るぞ。クソメガネは一秒でも早く解毒剤を作れ。」

ハンジさんといたいですー!などとごねる彼女の手をひっ掴み、リヴァイは実験室を後にしたのだった。



ガタガタガタガタガタガタガタガタ。
執務室では机の揺れる音がひたすらに鳴り響いていた。

「兵長、貧乏ゆすりがうるさいですよ。」

「てめぇがひっきりなしに甘ったるいため息を吐くからだろうが。」

リヴァイが地の底から唸るように言った。
恋する──否、“恋させられた”補佐官は仕事をしながらも、ふと立ち止まっては頬を染め、悩ましげな顔をする。
それを10分に1回のペースで三時間ほど繰り返していた。

「ハンジさん、今何してるのかなぁ」

「仕事してるに決まってんだろ……」

彼も盛大なため息が止まらない。

「おい、こっち向け」

補佐官が振り返り、彼を見る。
その瞳はまるで「ハンジLOVE」と浮かんでいるかのようだ。
リヴァイは胸のあたりをかきむしりたくなった。

気に入らない。
しゃらくさい。
むしゃくしゃする。

なぜこんなにも心を乱されるのか。
彼女は恋人でもないのに。
あくまで補佐官なのに。

これまで自分に対して彼女が一抹の熱っぽさを向けてきていたことに、リヴァイは勘付いていた。
信頼と尊敬と思慕を含んだ甘さを、背中に感じてきた。

今やその熱が他人に向けられている。
それがこんなにも癪に障るものだとは思いもよらなかった。

「おい、今から一回でもクソメガネの名を出したら兵舎の雑巾がけ三往復させるからな。」

「そんな、兵長ったらヤキモチですか?」

恋という病は人の頭を瞬く間にお花畑にしてしまう。
この補佐官は上官の神経を逆撫でしていることにも気付かない。

血管が切れそうになったのは今日で何度めだろうか。
リヴァイは立ち上がり、相手の目の前にまで歩み寄った。
あまりに迫ってくるものだから、あわあわと後ずさる彼女は壁に追い込まれてしまった。

「ハンジハンジ言うお前を見てたら口には出せねぇほどの過激な衝動に襲われる。雑巾がけなんてもんじゃねぇ。もっと暴力的で獣じみた衝動だ。それほど妬いてる。今から実践して分からせてやろうか。」

彼女は目をぱちくりさせた。
それから首から額のてっぺんまでをカーっと赤くさせた。

「…………。」

ここでふと彼は気付く。
もう彼女の瞳に「ハンジLOVE」が浮かんでいないことに。

「……薬、きれたか。」

「……そうかもです。」

なんともいえない沈黙が執務室を支配する。

「あの、とりあえず、すごく焼きもち焼いてくれたことは、分かりました……。」

熱っぽさと、思慕の甘さ。
束の間に離れていた熱量を真正面から感じ、リヴァイは指の先が痺れるような感覚を覚えたのだった。



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お題の投稿ありがとうございました!


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