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ゴロツキリヴァイさん(R18なし)





地下で名を馳せるゴロツキ、リヴァイ。
盗賊一味のボスとしてちょっとした有名人になる前には、彼にも泥水をすするような時代があった。
生き抜くために死に物狂いで路地を走り、体のあちこちに血をにじませていた。

そんな時代の、忘れもしない、あの日。
私と彼は、一つの古びた木箱に隠れ込んだ。


***


「おい待て!この小悪党が!!」

後ろから怒号が飛んでくる。
私はリンゴの入った麻袋を落とさないようにしっかりと腕に抱きながら走った。

あれ?
たしかこの先は二股に分かれているはずだ。
そこまでは覚えているが、昨夜の作戦会議、私はどちらへ向かえと指示されたんだっけ?
ただただ焦るばかりで思い出せない。

いよいよ分かれ道に差し掛かる。
もう山勘で決めるしかない。
こっちであってほしいとの思いで、右の通路を選んだ。

途端に覚える、違和感。
しまった、思い出した、左だった!
でももう遅い。
商会の追っ手も私にならって後ろを走ってくる。
左右には板の塀、がたがたの一本道、走るしかない。

道を間違えたせいで、この逃走は限界が近付いてくる。
だってほら、行き止まりだ。

「おい、まだ無事か!」

「リヴァイ!」

絶体絶命の危機に瀕した私の前に現れたのは、塀を軽々と越えて下り立ったリヴァイだった。
道を間違えた私に気付いて駆け付けてくれたのだ。

「ガキ共!どこ行った!」

男の声が聞こえてくる。

リヴァイやファーランならこの塀をひょいと越えてしまえるかもしれないが、私には2メートルほどの高さをよじ登る身体能力は、ない。

「くそ!おい、こっちだ。」

リヴァイが声を低くしつつも強い口調で呼んでくる。
彼は今まさに道沿いへ置かれていた木箱のふたを開けたところで、その中に向かってあごをしゃくる。
隠れてやり過ごすつもりらしい。

危険な賭けだ。
しかしこの状況ではもはやそれしか方法はないだろう。
私は木箱に駆け寄った。
枠を跨いで箱の底に両足をつけるとぐいぐい肩を押され、予想外なことにリヴァイも入ってきた。

「リヴァイ……!?」

ひそめた声は鋭い眼光に制される。

「黙れ。」

追っ手の足音が近付いてきて、私たちは素早く体を折り曲げて箱に隠れた。
ふたをしてしまえば木の板の細い隙間からわずかに光が入ってくるだけだ。

「いねぇな……こっちに行った気がしたが……。」

追っ手の男はぜいぜいと息をしながら辺りをうろうろしている。
もちろん私も猛ダッシュした後だ。
なるべく空気を動かさないように、ふっふっと、細かく呼吸をした。
三角座りをした私に覆い被さるような姿勢のリヴァイの潜めた息遣いも、耳元に聞こえた。

見つかりませんように、見つかりませんように……。
気配を殺して、ひたすら心の中で祈る。
あぁ、私たちを罵る声が近付いてくる。
どうしよう、だめかもしれない。
心臓が限界まで張り詰める。

と──

「おっとぉ、間違えた!」

「あ!てめぇ、さっきの一員だな!」

飄々としたあの声はファーランのものだ!
リヴァイの指示か、それとも同じように私のドジを察知してくれたのか、とにかく助かった。

男がUターンしていく足音はすぐに遠くなった。
あとには静けさだけが残る。

「……行ったか。」

リヴァイがつぶやいた途端、私は止まっていた大きく息を吐き出した。
酸素が足りない。
二人の熱で温度の上がりつつある木箱の中で、はあはあしながら脱力する。
目の前のリヴァイもふーと長く息を吐いている。
暗いし近過ぎて表情は確認できないが、同じように安堵している様子だ。

「よかった……危なかった……。」

「たく……ファーランに救われたな。」

狭い立方体の中での、声量を落とした会話。
身じろぎしたら、こめかみ同士がこつんと当たってしまった。

「あ、ごめん。」

慌てて正面を向く。
やっぱり、近い。
緊張し過ぎて意識していなかったけれど、この体勢は恋愛関係でない男女の距離としては近過ぎる。
とはいえ、追っ手は巻けたのだ。
すぐにここから出てアジトに向かうことになるだろう。

「!?」

けれど、私の思った通りにはならなかった。
何故だかリヴァイはおもむろに私の肩へ額を預けたのだ。

「……肝が冷えた。」

「ごめんね。」

どぎまぎしながら、謝った。
あまり人とスキンシップする印象のない彼だ。
こんなことをするなんて意外だった。

それどころか、次に彼は鼻先をこっちの首筋に添わせてきたのだ。
くすぐったくて、思わず「ひゃっ」と小さな声が出てしまった。
まるで猫がすり寄ってくるかのような動きだ。

「リ、リヴァイ?」

やがて彼は頭を持ち上げ、さっきのように額の端と端が触れ合う。

「どうしたの?」

「…………。」

耳に感じる息遣いが、お互いの密着度合いをより意識させる。
私の体は彼の膝に挟まれていて、相手の腕は私の顔の横でその重心を支えている。
自分達の姿勢を客観的にイメージして、追っ手が来ていた状況とは別の鼓動の早まりを感じた。

ついには真正面から額をくっ付け合うかたちになった。
視界は暗いけれどリヴァイの気配は肌にじりじりと伝わってくる。
文字通り、目と鼻の先に彼がいる。

「ち、近いよ……。」

「うるせぇ。」

ふいに頬に手が添えられて、びくりと肩が跳ねた。

「ねぇ、なんで私を置いて逃げなかったの。」

「知るかよ。」

話題を変えることで雰囲気も変えようとしたものの、雑にいなされた。
リヴァイは何を考えているのだろう。
こんなの、恋人同士の距離感ではないか。

でも拒否できない自分がいる。
だってリヴァイのこと、ずっと好きだったから。

緊張のあまりに体を固まらせて沈黙していたら、鼻先同士が悪戯に擦れて、もったいぶるようにそこで止まり、数秒。
それで。

「ん、」

唇が重なった。
押し付けるようにしてから、こっちが抵抗しない様子を見て、次は食むようなキスになった。

「ん、り、あ、」

口を開けたら、すかさず舌が入ってくる。
初めて知る、他人の舌の感触。
少し怖くなって相手の肩を掴んだ。
そしたら片手が後頭部に回って、もう頭は動かせない。
さらに口付けは深くなった。

見えるのはほぼ暗闇だから、相手の体温や感触が際立つ。
舌の動き方や首筋をこすこすと撫でてくる親指の官能的な動きが、まざまざと分かってしまう。
音もだ。
湿っぽいリップ音とか、彼がさらに身を寄せてくる衣擦れの音とか、頭が逆上せそうな感覚に支配され、変な声まで出てしまう。

「ん、んぅ、」

空気がこもっている。
熱い。
キスが深くて息がしにくい。
ちょっとだけ、気持ちいい。

「は、」

初めて聞くリヴァイの色っぽい吐息にもぞくぞくする。
見えないのが救いかもしれなかった。
表情まで見たら、見られたら、それこそ恥ずかしくて大声を上げてしまうかもしれない。
ゆるやかにエスカレートしていく、行為。
いつの間にか自分からも舌を絡ませて、顔を傾けて、彼の服をしわくちゃになりそうなほど握っていた。

その辺の木箱の中で二人の男女が大変なことになっているなんて、通行人は予想だにしないだろう。

「……!」

遠くで野犬の吠え声が聞こえた。
そこでリヴァイは動きを止めた。
互いの唇をむさぼっていた粘膜は、名残惜しそうに離れていく。

「そろそろ戻るぞ。」

「うん……。」

彼のペースにのまれた私は呆けて返事をすることしかできない。
ふたが開かれて視界が明るくなる。
新鮮な空気に触れて、かいた汗がひんやりとした。

「離れるなよ。」

「うん。」

リヴァイは私を一瞥して言った。
その目元はほんのり赤くなり、額には汗を浮かべていて、箱の中での名残を思わせた。
あんな顔で口付けをしていたのかと思ったら、やっぱり見えなくてよかったと心底思った。

木箱の中での件は、アジトに戻ってからきちんとさせることにする。
今は頭がぼんやりして、仕方ないから。



***



お題の投稿ありがとうございました!




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