Thank you for 500,000hit!!***
※NO NAMEパロ
「みんなー!聞いてくれー!」
防音扉を押し開けながら、ハンジがいつもより高いテンションで叫んだ。
「ハンジ。5分遅刻だ。」
鬱陶しそうにするリヴァイはマイクスタンドの位置を調節しながら彼女を睨んだ。
後ろのミケは黙々とドラムをセッティングしている。
「どうしたの?」
壁際の丸椅子に座っていた私がそう聞くと、ハンジは手に持っていたタブレットを私たちへ勢いよく向けた。
3人そろってなんだなんだと覗き込む。
その画面には見慣れた動画投稿サイトが表示されていた。
ミュートにして再生されている動画は、私たちがよく知ったものだった。
「ここ!ここ見て!」
彼女が興奮気味に指差したのは、再生回数の数字。
「49……49万再生!?」
思わず大声が出た。
「すごい……!こんな数字、初めて見た!」
二の腕に立った鳥肌をさすりながらハンジを見上げると、彼女はフンと鼻息を荒くした。
「どっかのインフルエンサーがこのMVをSNSで紹介してくれたみたいなんだ!もはやなかなかお目にかかれない再生数になってる!」
「そのインフルエンサーに感謝しねぇとな。」
普段はどちらかと言うとローテンションなリヴァイとミケも、冷静の下に興奮を潜めて画面を見ている。
「これからもっと伸びると思うんだよね。それでさ!」
にやりと口の端を上げて丸椅子に座った参謀。
「我々の勢いをさらに加速させるアイディアを思い付いたんだけど、聞いてくれる?」
ハンジの思い付きはまず外れない。
私たちは前のめりになって彼女を囲むのだった。
NO NAMEというインディーズのスリーピースバンドが存在する。
ボーカル、ベース、ドラムからなるビジュアル系ロックバンドで、スーツ姿と包帯で顔を隠したスタイルが特徴だ。
その正体は、ここにいるリヴァイ、ハンジ、ミケである。
彼らの本当の姿を知るのは、私だけ。
私たちは中学時代からの仲で、当時は4人で軽音部を運営していた。
あるときアイディアマンのハンジが「もっと外見に個性を出していこう」と提案し、そのときからスーツと包帯が取り入れられている。
ちなみに私は重度の不器用なので、楽器はできない。
歌も得意ではない。
でもロックは大好きなので、マネージャーのような立ち位置で3人をサポートしてきた。
高校生になってもバンド活動は続き、学校終わりにスタジオを借りて練習したり、たまに小さなハコでライブを行ったりした。
メンバーの誰もが、音楽をやることに夢中だった。
いつしか音楽を将来の仕事にしたいと思っていた。
始めはゼロだったファンの数。
個性的なビジュアルに変わった時期から自分たちの学校で噂が立ち、それが広まって隣町や隣県の学生にまで知名度が上がり、ネットに投稿した動画のお陰で匿名のアカウントもフォロワーになってくれた。
そういった具合でファンは次第に増えていき、地元ではちょっとした有名人となった。
それから高校を卒業し、今に至る。
私と知的好奇心の高いハンジは大学に通いながら、リヴァイとミケはバイトをしながら、時間を合わせて練習し、音楽活動を続けている。
NO NAMEの動画がバズったのは、私たちが21歳になる年の、初秋のとある日だった。
レコーディングスタジオで撮ったメンバーの動画を一つの画面に集めただけのMVだが、ついに日の目を見ることができたのだ。
そして、再生回数が50万を回った日。
“NO NAME 夏の幻 50万再生記念LIVE”
それは突如として発表された緊急ライブのニュース。
箱は、通い慣れたライブハウス。
なんと入場料無料の開催だ。
箱のキャパがあるので会場に入場できるのは先着30名だが、ネットでもライブ配信する。
再生回数が伸びっぱなしの今、ハンジの考えたこのイベントはネット上で大きな注目を浴びるに違いない。
さて、ここまで話題になれば世の有名なレーベルも黙ってはいない。
すでにNO NAMEの問い合わせ用のアドレスにメールが何件か届き始めた。
バンドのネームバリューが大きくなれば、今までのように馴染みのある小さな箱で演ることも減ってくるだろう。
もしかしたら、このライブで最後かもしれない。
言葉には出さないが、私を含めたメンバーのみんなが同じことを感じている気がした。
そして当日。
スタッフを数人集めて会場整備を頼み、私は配信のための動画撮影に回った。
会場は満員御礼。
噂を聞きつけた人が道にあふれ、通行の妨げにならないよう誘導が必要なくらいだった。
ライブ配信の画面でも、すでに1000人の視聴者が待機している。
ステージ下の端で、ふー、と細く長く息を吐く。
規模の大小関係なく、どんなライブでも、私は開演前のこの緊張感が大好きだ。
高陽しているのが肌で分かる会場の空気。
ドキドキソワソワと騒ぐ胸。
生の音を浴びることのできる期待と嬉しさで、泣きそうにすらなる。
腕時計に視線を落とす。
さあ、時間だ。
ふっと照明が落とされた。
誰もが息を詰めてステージに注目する。
無音が緊張感をピークに持っていく。
刹那。
「──跪け、豚共が!」
Lの声が空気を切り裂くように響き渡り、どっと会場は沸いた。
直後、Mはお腹に響くパワーのあるドラムを打ち鳴らし、Hはエッジの効いたベースを掻き鳴らす。
ライブは、始まった。
激しい重低音が全身の細胞を震わせる。
Mの、バンドをリードする力強いバチさばき。
Hの、華麗な早弾きテクニック。
Lの、観客を魅了する声とジェスチャー。
私は彼らの魅力を一秒ももらさず配信に収めようと、端末を構える。
3人とも、結成当時とは比べ物にならないほど成長した。
技術もパフォーマンスも、音楽のセンスも、何もかも。
中学の頃からずっと見ているから、分かる。
激しい空気の振動に包まれながら、私は別れのときが来ることを予感していた。
彼らがメジャーデビューしたら、きっと業界に詳しいきちんとしたマネージャーが付き、にわかマネだった私の役目は終わる。
そして私はファンの一人になる。
もし彼らがその選択をしたとしても、異論はない。
NO NAMEはさらに高みへ昇るべきバンドだ。
私もそれを願っている。
一つ心残りがあるとすれば、結局リヴァイに想いを伝えそびれたままだということくらいだ。
アンコールを含めた約2時間のライブは、名残惜しくも終演を迎える。
「50万再生、本当にありがとう!これからも応援よろしくねー!」
観客に向かってHが元気に手を振り、それから3人はステージの外へはけた。
最高の時間だった。
NO NAMEと一緒にやってきたことを誇りに思った。
今までの思い出が次々に頭によみがえってくる。
それぞれの個性がぶつかって喧嘩した夕暮れの帰り道とか。
観客と一体になる気持ちのいいライブができて、みんなで乾杯したコーラの味とか。
公園でNO NAMEの将来を語り合った夜とか。
つ、と自然に涙がこぼれる。
でも今は泣いている場合じゃない。
さあ、“最高のライブ”を更新したみんなを労わなくては。
ぐいと涙を拭う。
私も配信を終え、彼らの元へ向かった。
そでの暗がりに入った瞬間だった。
腕を掴まれた。
リヴァイだった。
まだ包帯を巻いたままの彼は、ライブ直後で髪がやや乱れ、首筋に汗が伝っている。
「リヴァイ……!」
彼は何も言わずに私の手を引き、ずかずか歩き始める。
急に引っ張るものだからつんのめりそうになってしまった。
そして彼は誰もいない控え室に私を押し込んで自分も入り、後ろ手に鍵をかけた。
ただならぬ雰囲気でこちらに詰め寄ってくるリヴァイ。
私は思わず化粧前にぶつかるまで後ずさりした。
「何?どうしたの?」
もう、靴の先同士が触れてしまっている。
押し倒してきそうな勢いすら感じた。
距離が異様に近いのはライブ直後で高ぶっているからだろうが、どうもそれだけではなさそうだ。
「逃げるな。」
「そう、言われても……!」
ぐいぐい近付かれて訳が分からないままそれに逃げ、化粧前に乗り上げた。
挙句の果てには私を閉じ込めるように両手が鏡に置かれた。
もはや壁ドンならぬ鏡ドン状態。
そして近距離に迫ったまま、彼は顔の包帯をぐいとずらした。
現れた鋭い目が、こちらを射るかのように見つめてきている。
私の好きな、ダークブルーの綺麗な瞳。
包帯で隠すのはもったいないと、こっそり思っていた。
その瞳が私を捉え、瞬きする。
「お前が好きだ。」
「!」
「これからもそばにいてほしい。NO NAMEと、俺のそばに。」
爆音に晒された後のテンションの高い心臓が、さらにドキドキと跳ねた。
もうお別れだと思っていたのに。
大好きなNO NAMEと、大好きなリヴァイと。
覚悟はしてきた。
笑って終われるように、笑顔の練習だってした。
でも。
そうならない未来を、彼はくれると言うのか。
「そばにいても、いいの?」
「いいに決まってんだろ。お前がいなくなるなんて考えられねえ。お前も含めたNO NAMEだ。」
鋭い眼光のまま、リヴァイは断言する。
「中学の頃から、そう思ってた。」
嘘じゃないよね?
嬉しい。
夢みたい。
しかしそんなことを思う暇も与えず、リヴァイはなおも迫ってくる。
この男、あろうことかここでキスを仕掛けにきている。
直感的にそれが分かった。
もう私の膝に彼の太ももが触れている。
慌てて彼のスーツに手をついてもあまり効果は見られず、壁ドンの手を避けて、鏡に預けた背をずるずると横へスライドさせた。
「ちょっと、待ってってば、」
あまりにも急だし。
ここ、ライブハウスだし。
「返事は。」
体が傾き、倒れそうになる。
リヴァイは許可もなく私の腰へ手を回し、私の動きを追った。
「YESだよ!だけど、ちょっ、と、リヴァ、イ……!」
「イ」を発音した直後、ついに彼の唇が私のそれに押し付けられた。
もはや重力に従うしかなくて、どうにも逃げられなくなった私はついにリヴァイに捕まった。
口付けなんて生やさしいものではなかった。
化粧前の台に押し倒され、熱い舌が押し込まれて粘膜を荒々しく貪られた。
まさかの急展開だ。
それでも心に残ったライブの熱気が、彼の行為に応じる情熱を燃え上がらせた。
私はリヴァイの首に手を回し、ディープキスに夢中になり、そして──
「ちょっとリヴァイ!?もう愛の告白終わった?撤収の時間があるから早く開けてくんないかな!?」
「リヴァイ、盛り上がるのは後だ。」
ドンドンドンドンと、ドアが無遠慮に叩かれた。
ハンジとミケだ。
「ムードがねぇな。」
リヴァイがキスを中断して舌打ちしたので、すかさず私はハンジへ声を張り上げる。
「ごめん!今開けるから!」
ライブ後に盛ってしまうなんてヤンチャなこと、初めてした。
「NO NAMEはビーベックストラックスと契約しようと思う。」
打ち上げでやってきた居酒屋で、ハンジは私たちに向けてそう言った。
ビーベックストラックスはこの界隈では有名な大手レコード会社のレーベルだ。
もちろんみんなに異論はなかった。
契約すれば、夢にまで見たメジャーデビューだ。
「それで、だ。」
おもむろにハンジは私へ身を乗り出した。
「リヴァイから聞いたと思うけど、君はこれからも私たちのマネージャーであり続けてほしいんだ。それはどこかしらの事務所に就職するってことになる。」
「え……。」
ぽかんとする私を見て、ハンジはリヴァイへと振り向いた。
「あなたさっき説明してなかったの?」
「NO NAMEのそばにいろとは言った。」
「めちゃくちゃざっくりだなあ。」
しれっとしているリヴァイに、彼女はため息をついてこちらに向き直る。
「所属するレーベルは決まった。あとは事務所選びだ。私は連絡が来た会社に片っ端から電話して、うちのマネージャーも一緒に入れてくれるかどうかを確認した。」
私は目をしばたかせるばかりだ。
「そしたらあったんだよ!最近設立したばかりの事務所で、アーティストを支える人材も求めているらしい。もし君がよければ、そこと契約する。」
「……いい!大歓迎!」
思いがけない提案だった。
ハンジの手を取って力強く頷いて見せた。
アーティストを支えるマネージャーになるには、芸能事務所に就職する必要がある。
世の中の大抵の事務所は人材を採用する際に学歴を重視するらしく、だから私は大学に入った。
とはいえ、就職がうまくいってマネージャーになれたとしても、希望通りにNO NAMEに付けるわけではない。
そういう理由で3人との別れを勝手にひしひしと感じていた私だが、その切なさは一気に吹き飛んでいったのだった。
「今日のライブは大成功だったし、無事に二人もくっついたことだし、もう感無量だよ。」
話がまとまって、ハンジは満足そうに笑う。
「知ってると思うけど、バンドマンは売れたらますますモテる。でも心配はいらないよ。リヴァイはよそ見なんてする奴じゃないからね!なんせメジャーデビューが見えるまではって告白を8年も我慢する人間なんだから。」
そう言って肩を豪快に叩いてくる。
ミケも頷いている。
二人はリヴァイの気持ちを前から知っていたようだ。
「どうせこのあとお持ち帰りするんだろ?」
「ハンジ……!」
彼女は酒が回っったのか、恥ずかしいことも明け透けに言ってのける。
かっと頬が火照った。
「野暮なことを聞くなメガネ。」
リヴァイもリヴァイで匂わせるようなことをまじめに言うので困ってしまう。
「めでたいことじゃないか。改めて乾杯しよう!この二人に。我々NO NAMEに!」
ハンジがジョッキを持ち上げ、リヴァイとミケ、そして私もそれにならう。
「乾杯!」
ガツンといい音を立てて、4つのジョッキはぶつかったのだった。
交際を始めた、私とリヴァイ。
メジャーデビューする、NO NAME。
これから刺激的なことがたくさん待っている。
時には目の前に高い壁も立ちはだかるかもしれない。
でも、この4人なら。
そして、あなたとなら。
華麗にロックに乗り越えてみせる。
そう、私たちの音が織り成す世界は、これからも続いていくのだ。
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