「俺、女は巨乳がいい」

 アレスが毅然とした表情で言った。但し顔は真っ赤だ。あーあーもう完全に酔ってるなこれ。右手に持ったグラスはとっくに空だ。さっきディオニュソスが注いだばかりだったが水のように一気に干した。あれで何杯目だったんだろう。

 今日はヘルメス頑張れ会と称して、俺・アポロンと右回りにアレス、ヘパイストス、ディオニュソス、ヘルメスがテーブルを円く囲って飲んでいる。
 今日は、ということはつまり今回が初めてではなくて、今までもヘパイストス納品お疲れ会やらディオニュソスお酒をありがとう会やら、失礼なことにアポロンを慰めよう会なんて名目で集まったりした。まぁ、基本的に理由はなんだっていいんだ。どうせ途中から全然違うことを話したり騒いだりしているんだから。
 とにかくディオニュソスやアレスが何かと飲みたがる。それにヘルメスとヘパイストスが巻き込まれた形になったが発端だ。俺は自発的に参加した。何故かって、酒を嗜むというのは理性的でなければならない。我を忘れて羽目を外すだとか、加減を忘れて酔い潰れるなど、無粋だ。理性と文化の神である俺が直々に、あるべき姿へ正そうというのにディオニュソスときたらそれはもうひどい表情で「へー」ときたもんだ。普段のふにゃけた愛想笑いはどこいった。
 まぁ、なんだかんだ言っているうちに回数は増えて、しかし俺の努力は実らない。毎回、ディオニュソスは泥酔するし、アレスは吐くまで飲むし、ヘパイストスは飲まない癖に寝落ちする。まともなのはヘルメスくらいだ。さすが俺の親友。

 見ればヘルメスは時折グラスを傾けながら羊の肉を食べていて、ヘパイストスはうたた寝の舟を漕ぎ、ディオニュソスはその隙にヘパイストスのグラスにワインを注いでいた。つまり、曲がりなりにもアレスの話を聞いているのは俺ひとり。アレスもそれに気付いたのか俺の肩に腕を回す。暑苦しいんだけど。

「こうやっぱりさ、ぼんきゅっぼんで気になるのは最初のぼんなわけだよ。顔に近いからどうしても目に入るしさ」
「まぁ、そうだな。目には入るな」

 多分、アレスが思い描いているのはアプロディテだ。
 まぁなんというか。アプロディテを基準に語っているのか、それともアレスの理想を基準に語っているのか判然としない。

「布の少ない服で谷間とか見えるとやばい。俺、ああいうセクシー路線好きだわ。アポロンも解るだろ?」
「馬鹿だな、お前は」

 俺が答える前に割って入る低い声。溜め息を吐くように言ったのは今の今までうとうとしていたヘパイストスだ。いつも以上に蒼褪めた貌で、アレスを蔑むような眼で見ている。

「見えない方がいい」
「いい子ぶんなよ。つーか自分も巨乳好きな癖に! もっと素直になれよ」

 アレスが離れて半ば喧嘩腰にヘパイストスに向かう。多分、いつもの如く見ている側の不機嫌さを誘うにやにやとした笑い方で。

「それは違う」
「あんたの愛人だいたい胸でかいだろ」
「………」

 答えに窮したかヘパイストスは無言でグラスに口を付ける。
 アレスが言ってるの当たってるのかよ。ていうかなんでそんなこと知ってるんだアレスも。仲いいな。

「だからさ、アプロディテの胸が服から溢れそうだったらむらっとくるだろ!」
「…お前はいろいろと弱いけれど想像も貧弱だね。いい? よく考えろ。整えられた髪、清潔感のあるストイックな服。フォーマルなドレスでもいい」

 ヘパイストスが言っているのは誰だろう。ムーサたちがそんな感じだが、彼女らとヘパイストスとの関係は薄いしないな。カリスの誰かかな。
 ヘパイストスがアレスの肩に手を置く。

「普段きちんとしている女性が脱いだら肉感的で扇情的に乱れる、というのがいいんでしょう」

 真顔で言った。
 言ってヘパイストスはグラスの中身を煽る。って、あ、それもう殆ど飲みきっているじゃないか。酔っている。涼しい顔してもう完全にべろんべろんに酔ってるぞこいつ。

「…………オイ」
「それを敢えて隠す。いいじゃない」
「変態め」
「何とでも。その妙が理解できないお前に言われても痛くも痒くもない」
「だってアプロディテがそんなかっこうしてたらおかしいだろー!」
「……うん。それは思……………いや、いいかも」
「想像すんなこの変態!」
「俺もアプロディテはセクシー路線がいいと思うな」
「だよなーディオニュソス」
「あれは隠しちゃいけない系だよね」

 ディオニュソスも参加してばかな話題がいよいよ花咲いている。ここは俺がでなくてはいけない。

「さっきっから聞いていればなんだ。アレスもヘパイストスも。勿論、ディオニュソスも! 巨乳がいいとかそんな話題ばかり」
「私はそんな話していない」
「ある意味あんたが一番問題だ! ともかく、揃いも揃って下品な! すらりと伸びた脚こそ至高だろ!!」
「うわ…」

 呟いたのはディオニュソスだ。アレスもヘパイストスもこの至言にぐうの音も出ないらしいな、よし!

「細く引き締まったウエストから伸びるほどよい筋肉の付いた脚。女性的な柔らかさよりも中性的な清らかさ。それは犯しがたい神聖さに似ている…!」
「あーはいはい」
「アルテミスアルテミス」
「ね、姉さんだなんて一言も言ってないだろ! ていうか姉さんのことテキトーに呼ぶなよ!!」
「うんアポロン、君もたいがいだね!」
「なんだと、姉さんを讃えて何が悪いんだ!」
「語るに落ちた」
「やっぱアルテミスだろ。ていうかそれで恋人が同系統って、犯しがたいとか嘘じゃ」
「あーもー! うっさいな!」
「うーふーふー。盛り上がってきたね。じゃあ今度俺の番だね? 俺は女の子の後ろ姿好きー。背中のラインからお尻の柔らかい丸みとか綺麗だなぁって思う」
「それどんなタイミングで見るんだよ」
「そりゃもちろ」
「ストーップ! まだ宵の口だぞ。厭らしい発言は控えろ!」
「あはは、アポロンったらいやらしいこと想像した?」
「あー! こう言えばああ言う!」
「ねーねーヘルメスは女の子のどういうところ見ちゃう?」
「胸だろ」
「脚だよな!」

 ヘルメス。何故か今まで押し黙っていた俺の親友よ。お前なら俺の理想を理解してくれる筈だ…!
 深い翠色の眼が俺たちの顔を順に映した。

「知性」

 すっと細められた深緑の瞳。

「皆アホちゃうのさっきっから胸やら脚やらお尻やら外見のことばっかり」
「ヘルメ」
「きれいな外見はそれはそれでいいもんやけど知識や常識や思い遣りやそんなん全部ひっくるめた知性なかったらあかんやろそれなかったらいくらんでも気持ち萎えるやろ」
「ヘルメス…! ヘルメス! お前酔ってるだろ」

 いつもなら空気読んで盛り上げるヘルメスがなんてこと…! これは相当に飲んでいる。

「酔ってへんし」
「って言いながら一気飲みするなよ!」
「あ、それ水で割ってないやつだよヘルメス」
「じゃあ私寝るから。お休み」
「ちょ、勝手に寝るな…や、もう寝ろ。寝てしまえ! 皆ももう寝ろ!」
「えーこれから飲むんだろー」
「ねー」
「飲み過ぎ禁止!」


中庸の酒とフェティシズムのコ


<2011/10/06>



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