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忘却の彼方へ問う

沢山の蔵書で囲まれるクリスタリウム。
朱雀の長年の歴史を刻むように記録される朱の目録に、知識をたくさん詰め込んだ書物は、朱雀の貴重な財産になる。
ここには日々勉学や知識の習得に励む朱雀の生徒たちが知識を得るために訪れ、
圧倒的な書物の量に驚く人も多く、勉学にはもってこいの場である。
その奥にある書物の隠し扉を開けば何か怪しげな研究室が現れる。
いつもの様に足を踏み入れると、自分の今の不機嫌を吹き飛ばすような笑顔でカズサは彼を迎え入れた。

「いらっしゃい。待ってたよ。」

まるで突然の訪問でさえ予知していたように、彼は招き入れた。
どうしてかカズサはいつも以上に機嫌が良いようで、フラスコを回しながら調薬を始める。
「さあ、座って。」
「………何を始める気だ。」

クラサメはまるで何かに巻き込まれる様な雰囲気に嫌な予感しかしなかったが、カズサが手元のフラスコをもとに戻し、研究道具を奥にしまったのを確認し近づいた。

「冗談だよ。何か用なんでしょ?」

傍にある椅子に腰かけ、研究書物で溢れるテーブルをきれいにする。

「ちょっと、クラサメ君。その書物は僕の宝物だよ。」

「怪しいものにしか見えないんだが。」

積み上げた書物を整頓し、揃えて積み直したカズサは、ハーブティーの紅茶を注ぎ彼に渡す。
落ち着いた?とクラサメに問うと、この部屋にいて落ち着けるわけない。と一言。
酷いなーといういつもの言い回しに笑ったカズサは、いつもの場所に腰かけると、笑顔で彼を見つめた。

「で、最近はどう?」

「今も以前も変わらないが…。」

「……君のクラスの子たちは、どう?」

何かを含んだような言い方に、優しい表情で話すカズサは、やはり生徒思いなのだろう。自分より彼の方が生徒たちと上手くやっていけるのでは?とも思ったが調子に乗ってしまうのであえて言わないが。
まだ一口も口に含んでいない紅茶は冷めていく。浮いているハーブは少し萎びてきた。
少し前までとても忙しく落ち着ける状態ではなかったのだ。
こうして彼、カズサと話すのも暫くないかもしれない。
そう思うと、紅茶を口に含み息を吐く。

「…元気だ。うるさいくらい。」

そうなんだ。と笑うとクラサメ君らしいなと一言零した。

「可愛いよね。あの子たち。」

そうか?と言うと、本当は可愛いくせに、と一言。何も言い返さないのは肯定の意味だろう。
何かしら0組の生徒のことを考えている時は良い顔をしている。とても、可愛いのだろう。
守るものができた彼は失う怖さを知った。
クリスタルの加護で死んだものを忘れる僕らは、時が過ぎていく毎に何か大切なものを失っていく気がする。
カズサも、彼を失うのが怖かった。

「もう、行くの?」

とっくに冷めた紅茶を啜りながら目を伏せる。
何も言わない彼に、この沈黙がどういう意味なのか理解できた。


最後に交わした言葉は覚えていない。空っぽの研究室に入ると虚しさが溢れる。
何かを忘れてきたような。その感情も消えていくことが怖かった。


忘却の彼方へ問う



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