想いは水没する


※if片思い悲恋話







好き、だった。

何が良かったのだろう。
自分の好みとは何もかもが違う気がするその人は、いつの間にか自分の心に居座りついて離れなかった。確かに印象に残る人柄だとは思ったが、それがまさかそんな甘い意味を持つ感情を孕んだモノだなんて思いもしなかった。自分の事だというのに、そのふと浮かんだ感情をどうしても疑わずにはいられなかった。
何もかもが違う、はずだった。
その乱暴な口調も、苛々したそぶりも怖かった。煙草の火も、その臭いも嫌だったし、種族も違い、更には性別が一緒だった。
それなのに僕はその人が好きだった。憧れでも尊敬でもなくて、恋慕、という形で。
訳が分からなかった。正直に言うと、嫌いとか苦手とか、そういう負の感情がいつ湧いてもおかしくないと思っていた人だった。だがいつまで経っても、怖い人だ、くらいにしか思わなかった自分は最初からおかしかったのかもしれない。



バトルフロンティアはそう何度も通える場所ではなかった。ましろが結構好きみたいだからたまに行くのだが、そうでもなければ一度として訪れ得る場所じゃなかったに違いない。
シンオウ地方とイッシュ地方はとても遠くて、船の代金もなかなか高い。半年に2回も行ければ上出来なくらいではないだろうか。


「じゃあ行って来るから」
「はい、頑張って来て下さいね!」

ひらひらと手を振って建物に入っていくましろ達を見送る。
隣にいる徨灯を見ると疲れた顔をしてミックスオレをちびちび飲んでいた。先程闘ってきたばかりなのだから無理もない。身体が丈夫なつもりの雪弥でもだいぶ疲れていた。座って一息入れたい気持ちでいっぱいだ。
そんな中、ましろと一緒に再びバトルに向かったタイマーのタフさに驚かされる。彼も疲れているはずなのに、何でもない顔で連戦に挑んでいった姿が勇敢で眩しい。普段は天然と世間知らずさでボケボケな印象はあるが、本当はとても頼りになるのだ。

「ここ来るのも最後かぁ」

飲み終わったミックスオレの缶をじっと見ながら徨灯がぽつりと言った。
その言葉に、分かってはいても心がざわつく。バトルフロンティアに来る途中の船で皆で話し合って決まった事実。雪弥も賛同をした。
バトルはだいぶ慣れて、当初の予定の20連戦も当に過ぎていた。今日まで来れたのは、雪弥やましろだけでなく偏に皆ここが結構好きだったのかもしれない。
それでも、今日で最後だ。

「そうですね…なんだか淋しいです」
「ねーここ面白いもんね!イッシュ地方にも造ってくれたらいいのになぁ」
「ふふ、ですねぇ」

平静を装って話しに乗って口を開く。
ただ立って話しているだけなのに、心臓がドクドクと主張していた。もうここには来れない。それだけ。それだけなのに、全身の血の気が引いたような気分に襲われる。
ここに来ないということは、もうあの人に会えないということだ。

「よーし、最後だし僕全部の施設見て回ってくる!雪ちゃんはどうする?」

徨灯はぱっとした明るい笑顔で意気込んで缶を潰すと雪弥の顔を覗き込んだ。
とても年上には見えない、と雪弥はいつも彼の純粋な笑顔を見ると思う。しかし彼はその純粋な笑顔で、相手の命まで奪うような戦闘スタイルを少し前まで採っていたのを知っている。人は見た目によらないと感じさせる人だ。
雪弥は少し考えてから申し訳なさそうに眉根を下げた。

「僕は…この辺にいます」
「そっかぁ、じゃあまた後でね!」

そう言うと徨灯は潰れた缶をごみ箱に捨ててから、パタパタとバトルルーレットが行われている施設に走っていった。

一人残された雪弥は周りを軽く見渡した後、近くにあったベンチに腰を下ろしてため息を緩く吐いた。ぼうっとしていると、いつの間にか一番最初にここに来た時の事を思い出していた。
あの日も徨灯とバトルメンバーから外された後、彼がどこかへ行ってしまって一人残された。今みたいにベンチに座っている間に徨灯が一悶着あって、ガードマンに注意をされた。それが出会い。とてもじゃないが残念な出会いだった、と笑みが零れる。
最初は何とも思っていなかった、というのは嘘で、最初から彼が怖かった。人間なのに馬鹿みたいな強さと迫力に本気で怯えてしまった。
それから特に仲良くなったということもなく、たまに彼の姿を見掛けたり、ほんの少し話したりの、ただのガードマンと客、という関係だった。それなのにいつから恐怖よりも想いが強くなったのか、未だに分からないままだ。ドキドキを履き間違えたのではないだろうか、なんて思ってしまうのだ。



そんな事を考えていた雪弥の目の前を、不意に通り過ぎた人影に思わず目を見開いて息を止めた。
あの人だ、と思ったのもつかの間、立ち上がり袖を掴んで呼び止めてしまった事に彼自身が一番驚いていた。

「ち、くら…さん」

渇いた唇から漏れた声はどうしようもないくらい小さかった。


千峅はその突然の事に眉間に軽く皺を刻んでから袖を掴んだ主をジロリと見遣った。しかしその主はこちらではなく、唖然とした顔で自らの手を見ていた。
いつか見た顔だった。常連ではない、本当にたまに見かけたことがある程度。よくは知らない。だが声は小さかったが確かに名前を呼ばれた。こちらの名前を知っていた事にほんの少し驚いて目を若干険しくさせた。

数秒後に離された手はぎゅっと拳を作って腹の辺りに納まった。

「なんだ」
「あ、あの…呼び止めてしまってごめんなさい」

苛ついたような声に緊張が高まる。怒らせてしまっただろうかと雪弥はそっとその顔を覗き込んだが、千峅があまりに真っ直ぐこちらを見ていたのに焦ってつい眼を臥せた。
相変わらず怖い人だ。綺麗な顔なのにいつも眉間に深い皺を刻んでいる。引き留めてしまった申し訳なさと、それでも今日その姿と声を聞けた事が純粋に嬉しくて、寂しくて、眉根を下げて小さく笑みを零した。

「…少し、困らせたくて」

千峅はぴくりと眉を動かして雪弥の顔を改めて見た。
その視線に臥せた眼を開くと、無邪気に笑って「冗談です。」と雪弥は目を細めた。
困ってしまえばいい。冗談だと言った後にそう思ってしまった。今日一日だけでも、変な奴がいたと苛ついてしまえばいいのに。そんな事を一瞬でも思ってしまったのが嫌で、いつからこんなに女々しくなったのかと自分を呪いながらまた言葉を探した。
何か良い言葉を探して置けばよかった、けれどもう言う事は一つしか残っていなかった。

「バトルフロンティア、楽しかったです。ありがとうございました!」

ガードマンの千峅に言うことではないかもしれない、それでも言いたかった。純粋に楽しくて勉強になった場所だ。
色んな意味を篭めての、心からの感謝。

「そうか」
「はい」
「まあ、そりゃよかった」

落ち着いた声が胸に落ちてくる。
彼を見るとこうしてどんどん胸が塞がってくる。窮屈で納まりきらなくて苦しくて、息が出来なくなる。

でももう会えない。きっともう会わない。

辛い、なあ。なんてしみじみ思ったら不意に鼻の奥がツンとして、それでも意外と涙は出なかった。視界がほんの少し曇りを帯びただけだった。
でも泣いたら少しは気にかけて貰えるのかな、とぼんやり考えるくらいには女々しかった。

不意に千峅が誰かに呼ばれた。そちらに振り返ったのを見て雪弥はもう話は終わったと一歩下がり、一瞬寂しそうな表情をして再び眼を臥せた。歩き出す足音が聞こえる。

「…また遊びに来い」

千峅が足を踏み出す直前にぽつりと呟いた。その言葉が何故だかとても意外で、雪弥は数回瞬きを繰り返してから、はい。と満面の笑みで答えた。
もう来ないとここで言うのはあまりに忍びなくて、言えなかった。



最後だから、といって告白をする気は一切なかった。
どうせフラれる、とか、そんな理由ではなくて、ただ、誰も知らないまま心の奥底に沈めたかった。純潔は守られて、きっと二度と浮かび上がる事もないのだろう。それでいいと思った。
この秘密の恋を、閉じ込めて出さない。そうすれば、そうすれば僕の勝ちだ。そんな気がした。





想いは水没する







何もかもが違う、はずだった。
その乱暴な口調も、苛々したそぶりも怖かった。煙草の火も、その臭いも嫌だったし、種族も違い、更には性別が一緒だった。
それなのに僕はその人が好きだった。憧れでも尊敬でもなくて、恋慕、という形で。

不思議と惹かれるものを持った人間だと思った。人間とは思えない強さが格好よかった。凜とした姿に憧れた。目で追うだけで心を寄せられた。人間相手にそんなことを思ったのは初めてだった。
遠い背中だった。話し掛けるのも躊躇われる様な孤高で、唯一無二の存在だった。本当は憧れだったのかもしれない。尊敬だったのかもしれない。それでも何かが違うと感じていた。そんなものではこの気持ちは表せないと、思った。




去っていく背中に何と言おうかなんて考えていたけれど、いざその場面に直面すると色んな事が頭を巡って何も口にする事が出来なかった。



そんな最後。







(最初から、何もなかった)






End.
――――
月さん千峅さんお借りしました!
※if悲恋エンドです。本来なら二人はとてもらぶらぶです

Title by 19e


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