悲しみが落ちてくる 夢を――見た。 夢は鮮明だ。メロウが昔見た記憶から色や形を引き出して映し出す。 もう忘れたのだと思っていた鮮やかな世界が広がっている夢を見るのは久しぶりだった。此処最近はたまに見たかと思えば白黒の世界ばかりをしていたのに、今日は視力を失う前のような世界をしていた。 形は触ればなんとか判る。だが色は、目を開けて見ないと無理だ。だからメロウの頭の中はもう白黒でいっぱいである。それなのに。彼の脳は気まぐれだ。 目を開けて見ても何もない。 鮮やかな夢は残酷だ。 メロウはそろりと起き上がって一つあくびをした。目をゆっくりと手で擦りながら先程見た夢の内容を思い出そうとしてみるが、ぼんやりとしていて上手く思い出せない。 色が付いてた。 ただそれだけが鮮明に浮かんで、悲しい気持ちにさせるだけだった。 折角色が付いていたのに情けないなぁと一人苦笑して、なんとか思い出せないかと再び思考を巡らせる。こういうのは寝起きに思い出すのが一番だ。 少しすると夢の影が見えてきた。多分、あれは自分だろう、自分が何かを見ている。それだけ、何となく思い出す事が出来た。何か、が気になりはしたがほんの少しだけ満足をしたメロウはもう考える事を放棄した。 思い出したようにキョロキョロと首を動かし周囲に耳を立てる。 神社の社の裏でひっそりと眠っていたが太陽の気配はなかった。いつもその光の暖かさに釣られて目を覚ますが今日は太陽は出ていないらしかった。雨の匂いもしない、曇りなんだろうと納得して、今度は人の気配を捜す。 だが人も、もちろんポケモンもいないようだった。いつも近くにいるシンもいない。人気が元々少ない神社ではあるし、シンとも流石に四六時中一緒に居る訳ではないから別に不思議ではないが、今日はその居ない事実が少し悲しかった。 「……シンくん、居らんの?」 そっと声を落とすがさわさわと風が鳴るだけで返事が聞こえることはなかった。 何分かしてメロウは動き出す。 今日は何をしよう。 ぼんやり考えながら採って置いたきのみを一つ、二つと食べた。今日は何となく食欲が涌かないが、食べなければ力も出ないので仕方なく胃の中に納めていく。もともと少食なのもあってそれだけでお腹をいっぱいにさせるとふらりと立ち上がった。 目が、見えない。 視力がどんどん落ちていると感じた時にはもう遅かった。いくら眼鏡を掛けても遠くのものが見えないどころか近くさえもぼやける。 仲間の中でも早くに呪いが進行したメロウは何が起きたのか分からなかった。 喉が引き攣って苦しい。 全身が血の気を無くしさっと冷えるのを感じていよいよ死ぬんじゃないかなんて考える。こんな事で死ぬ訳はない。 喉を震わせながら呼吸をしようと口をそっと開けて肺に空気を送り込む。暫くすると喉が乾いて張り付き、また別に苦しくなった。ごくりと唾を無理矢理飲み込んで再び呼吸を始める。 その堂々巡りを繰り返してもまだ落ち着かない、ぎりぎりと歯ぎしりがする程強く歯を食いしばった。 泣いている? いや、泣くのを必死で堪えているんだ。 仲間に気付かれないように、声を出さないように殺しているんだ。 あれは自分だ。 ―これは夢だ。 泣いていたメロウが次の瞬間客観視されて、いつの間にか両手で顔を覆って座っている自分の後ろにぼんやりと立っていた。回りは一面灰色で、ただ自分だけ綺麗に色が付いていた。鮮やかに。 何もない空間で目の前の自分が深く呼吸する音だけが広がる。 カタカタと肩を震わせて、これでは泣いているなんて一目瞭然なのに、あの頃の自分は馬鹿だなぁ。きっと気を使わせていたに違いない。 明日になったらまた呪いが進行しているのではと考えると寝るのも怖くて、毎日寝床で震えていたあの頃。 まさか少し前の自分を見る日が来るなんて。 なんて最悪な夢なんだろう。 「あ、シンくん」 「…なんや、今日は出掛けてないんか?」 神社にシンが帰ってきたのは夜になってからだった。朝と差ほど変わらない場所でぼんやりとしていたところに彼の足音が近付いた。 「ちゃうよ、昼に少し出掛けて来たわ。シンくんご飯食べたん?」 隣に座る気配を感じるとメロウはそちらに首を傾げると、食ったと一言だけ言ってふいに黙るシンを不審に思い再び首を傾げた。 「どないした?」 「あーあんな?…その。…ええと」 歯切れ悪くシンは呟く。 見れはしないがきっと苦虫を噛み潰したような顔をしているに違いない。案外彼は顔に出やすいのだ。 メロウは黙って次の言葉を待つが、彼は最後にはやっぱええわ、と不消化気味に言って少し沈黙した。 「…まだ、言わんでもええよな」 シンは、たまに心の声も零す。 それはきっと癖になってしまった時点で一つの呪いだ。心の声を漏らすなんて、メロウは絶対にしたくない行為だった。 彼は今はどんな顔をして、何かを、秘密を飲み込んだのだろう。ほんの少し寂しい気持ちになったが、二人には秘密がない。なんてこと、ありはしないのだ。 「…なら、もう寝よか?」 「…ん」 頷いた気配にシンの柔らかい髪がふわりと薫った。彼はいつも太陽の匂いがして酷く羨ましかった。 こんな日々を毎日過ごすんだろうか。 最近は横になるとこんなことばかり考えてしまう。自己嫌悪に吐きそうになっても止められない。 メロウの種族は寿命が長い。 例えばちょっと短めだったとしてもあと500年は平気で生きれる。 500年。視力を失ってからたったの6年程度なのにこれまで、遠くて長い長い時間だった。 生きていく間にきっとシンも死んでしまう。一人きりで生きるには、眩暈がする程長い時間だと思った。途方もない、長い時間だと。 呪いが進行して、嗅覚も味覚も触覚も聴覚もいつか失くなるのだろう。 そうなる前に誰か、ボクを殺してくれるんだろうか。 メロウは今日もゆっくりと、眠りに落ちる。 ま た 一 日 が 終 わ る 。 End. title by 19e |