満月に憂鬱




さくさくと叢を踏み締める音が静かな夜の小道に響く。

その音がふと沈む。
かさりと一歩分だけ鳴らした脚から目を放して前方を見詰めると、一つ、いや五つ程前を歩いていた青年がこちらを振り向いていた。


「…なんで付いてくるの?」


青年はぽつり、闇に静かに、しかし凜と響く声を落とした。

彼は僕の答えを待っている。
普段誰にも見せない明らかに不機嫌な様子で、僕を睨んでいた。

だから僕は答えを与える。
穏やかに彼の瞳を覗き込みながら、ゆっくりとごく自然に。まるで息をするのと同様。


「なんでとはなんですか、僕はいつでも傍にいるのに」


彼は毎回同じ事を聞く。僕も同じ答えを言う。
いつもの事だ。決まり事のように、合言葉のように。

そして彼はこう言う。


いなくて、

「いいって言ってるでしょ…!」


怒気を含んで睨む視線を強める。
僕は慣れているけれど、普通ならドキリとするだろう。彼は穏やかで、優しい声を売りにしているようなものなのだから。
怖い、と純粋に思うんだろう。


いつからこんなに僕を嫌うようになったのだっただろうか。もう何年もしてきたやり取りの最初は何時だったか、僕はよく覚えていない。嫌われている期間より、好かれていた期間の方が確実に長かった筈なのに、笑った顔を向けられたのは何時の頃までだったか?
哀しい事に、子供時代の笑顔しか浮かばない僕には分からない事柄だった。

流石に落ち込みそうになる。
今まで蝶よ花よと育てて来たのに、それはないだろうと言いたい。僕がどんな想いで育てて来たのか、君は残念な事に知らない。分かるはずもないけれど。


でも。
きっと僕が悪いのだろう。忘れてしまったんだ、大事な何かを。僕の忘れさられた、消えてしまった記憶の中の何かが、僕の顔を見る度に彼の事線に触れては弾かれる。
いつか聞いた事があった。僕が何をしたのか教えて欲しい、と。彼は酷く悲しそうな顔で、自分で思い出せば、いいよ。そう言った。不用意に謝ると激怒された。

彼はいつか、思い出すと思っているのだろうか。



「…主人の所で待ってれば?」


凄みに何も反応しない僕に呆れたように視線を逸らした彼が小さく言った。

主人とは彼のマスターの事で、決して僕の主人なんかではない。

何故人間を主人と呼び慕うのか。

始めは人間嫌いな僕への嫌がらせかと思ったけど、どうも違うらしく、彼は僕がその主人といるのも嫌った。
今は自分本位の為にそう言った彼だが、普通の時は主人に近付かないで。とまで言う程だ。
正直全く近付く気はないのに、やっぱり傷付く。


「嫌だよ」


これもいつもの言葉なのに、今日は少し咽に詰まるような不思議な感覚を覚えた。
その不可解さにほんの少し目を伏せながら言葉を風に乗せる。


「僕が付いて来たのは君なんだから、……」


あれ、と思った。
口だけが動いて、音が出てこない。

言葉が咽に張り付いてしまった。口がふるふると震えるのを感じて唇を軽く噛んだ。


眉を顰めていつまで経っても次の言葉を言わない僕を、彼は怪訝そうに見ていた。





僕達はまるで用意された劇をしているかのようだった。何度も何度も繰り返し講演されている、劇。
それくらい続けてきた台詞を唐突に忘れてしまったみたいな、絶望感。




僕の次の言葉は、彼の名前。



変に感慨深くなってしまったからだ。

口を曲げて空を仰ぐ。





今日は満月。





君を拾った日の、青白い光が降り注いでいる。


















りいと。









僕が付けたこの名前も、君は嫌っているのだろうか。





そんなことを、思ってしまった。








End.
____

かしく(ドータクン)とりいと(カイリュー♂)

かしくの記憶を消せる、というのが弊害になってしまった話


本当はテンガン山の磁場の所為で時々大変な頭痛を起こして記憶が飛んでしまうんだけど、心配させない為に自分の意思で消せる、なんて言ってる
とても大事なことを消されたんで、りいとはかしくを最低だと思ってる


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