放した手に未練



「……腹、減ったなぁ」

ついつい座り込んでしまったついでに、煙草を求めて服をまさぐる。胸ポケットから軽く潰れた箱とライターを取り出した。
覗き込んでも何も入っていない様に見えるそれをひっくり返して縦に軽く振ると、一本だけぽとりと落ちて来た。最後の一本は今なくなった。

くしゃりと箱を潰してケツのポケットに突っ込んでからライターの火を点す。


「…あ、…お前、何してんだ?」
「ん?」

後ろから声を掛けられた。この声は聞き覚えがある、懐かしい声だ。

「あー…ソーダ君?」

やっと火を点けた煙草を口に当て大きく吸い込む。臭い。
軽く振り返ると戸惑ったように立ち尽くすバスラオくんがいる、やっぱりソーダ君だった。買い物帰りなのかスーパーの袋を下げている。
煙を吐き出しながらソーダ君の情報を思い出す。最近会ってなかったなあ、おっと煙が掛かんないようにしなきゃ。

そうそう、確か目が見えないんだ。
こんな道端に座ってたから何かと思われたんだろうな。大丈夫、体調は悪くないよ?煙草の臭いするでしょ。

「えっと…誰…」
「ごめんごめん、通行の邪魔だった?あ、俺ギフトね。こうはくの友達みたいな、覚えてる?」

いきなり質問を二つも出したのは不躾だったかもしれない。ソーダ君は「え、ああ、うん」と曖昧な返事を返してまた口を閉ざしてしまった。因みにどっちに対してのうん、なのか聞きたい。どっちもかな。だったら通行の邪魔をしたギフト、とでも思ってるのか。

「あのさ…俺らのアジトこっちじゃないぞ?」

うん?なんの話?
…あ、こうはくに会いに来たと思ってんだ。

「あはは、知ってるよ。別にそういう目的で此処いるんじゃないからさ」

そういうって、どういうのだよ。なんて心で突っ込んでまた煙草を吸い込む。美味しくなんてない、臭いだけだ。でも何となく腹が少し満たされた気分になる、そんなアイテム。煙草の煙って空気より重いよね。

「…じゃあ何してんだ、こんなとこで」
「んー…」

こんなとこね。別に変な所でもないけど?街と街の境の道の真ん中ではあるけど、暫く誰にも会わなかったから別にいいじゃん。邪魔になってないよね。

て、そうじゃないか。

あごに手を当てて煙草を口から離す。

でもね、俺もなんで此処にいるのか分からないんだ。
俺はどこに行きたかったんだろう?

灰がゆっくり伸びていく。
ソーダ君は本当に不思議そうな顔をして俺を見ているらしかった。見えているのかは分からないけど俺は見られてる気分がした。座ったところから見上げると何となく威圧感がある。
俺は上目使いでソーダ君の隠された右目をじっと見てた、そこにあるのは傷か虚空か、意味もなく想像していた。

俺達は見つめ合えているのだろうか?

もうそろそろ立ち上がろうと脚に力を入れた。
つもりだった。力が出ない、動けない。そういえば腹が減ったんだった。
思えば暫くまともな飯を食ってない。多分3日くらい。何故か此処数日、歩き回ってばかりだった。
多分俺は誰かに会いたかったんだ。知り合いはその辺にいっぱいいるけど、そうじゃなくて、仲間に会いたかった。この空腹感を満たしてくれる仲間に、会いたかった。
アジトに行けばもちろんいるだろうけどそうしなかった。
誰かが迎えに来てくれるんじゃないかって、俺は待ってた。当たり前のように誰も迎えには来てくれない。もちろん分かってた。仲間だけど、もう仲間じゃない。俺は何時まで経っても一人だった。グラエナは群れで生きる生き物なのに群れはない。もうない。
誰の為に生きてるんだろう、なんて柄にもなく思うんだ。いつかのたれ死ぬ予定だけど、その前に、

「俺は、…ソーダ君に会いたかったよ」
「……はあ?」

また心底不思議そうな顔をしているのが可笑しくってへらへらと笑うと、ソーダ君は少し嫌そうに眉間に皺を寄せた。別にからかったつもりはないのに。

「ねえソーダ君、君ご飯作れる?」

よっこいしょ、なんて年寄り臭い掛け声と同時に立ち上がる。パラパラと伸びた灰が落ちて風に溶けた。

動けないからおぶって?なんて言ったら彼はおぶってくれるんだろうか?そんなには優しくないかな。
あ、でも確か潔癖だっけ。俺ばい菌だらけっぽいから触ってもくれないかも。

「俺お腹減っちゃってさぁ」

ゆるりと近付いてソーダ君の肩に手を置く。
払われるかと思っていたのに、予想に反してソーダ君は俺の顔をじとりと見上げただけだった。
あれ潔癖は?俺構ってちゃんだから相手されると嬉しくなっちゃうよ。

「…飯なら作れるけど」
「ほんと?ラッキー」

じゃあ着いてこいと言わんばかりにソーダ君は歩き出した。
後ろ姿を眺める。彼は俺よりは華奢な身体をしていた。抱き着いたらやっぱり怒るかなぁ、なんて思いながら少し後ろを着いていく。

……。

「ああ、やっぱり作れなくてもいいよ」


ソーダ君が振り返ったような気配がする。俺は下を向いていた。
大分短くなった煙草を大きく吸い込んで、真下に落とした。徐に踏み付けるとジュ、と最後に煙を吐き出して死んだ。
俺もこんな風に死ぬのかな。



「ソーダ君をくれればいいから」




せめて餓死は嫌だなぁ。






(寂しくて、死んじゃう。)









End.
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いちさんソーダくんお借りしました!

title by 19e


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