昔から蜻蛉は自分の思っていることをズバズバと言ってのける人だった。昔の私は彼のそういう性格が羨ましくもあり、迷惑でもあった。
頻繁に彼が私に言ってくる好きだなんだという愛の囁きは、常に冗談ぽく受け流していた。だが妖館に越してくる前日、今までのようには受け流せないような状況がやってきたのである。
「私は本気だぞ」
引っ越しの準備をしながら、いつも通り彼の言葉に相槌を打っていた。
『なにが』
「貴様が好きだ」
『貴様って何様なのよ』
「名前、答えろ」
命令口調に苛つきを覚えつつも、蜻蛉の真剣な眼差しから顔を背けた。
「好きなんだ」
『やめて、やめてよ』
「何故だ」
『凛々蝶ちゃんがいるでしょう』
「許嫁殿は親同士が決めたものだ」
『だからなに?』
私の問いに言葉を詰まらせた。自分でも、相変わらず可愛くない奴だったなとは思うのだけど。
『本当に女心ってものが分かってないわね。許嫁は許嫁なの。その事実は変わらないよ。私、叶わない恋なんて最初からしたくないから』
すると、悲しそうな表情をする蜻蛉。私は別に、わざわざそんな顔にさせたかったんじゃない。
『私は隣じゃなくていい、隣じゃなくていいから蜻蛉の傍に居たい』
だから、貴方についていくんだよ。
まぁ…それが数年前の話。
そして今現在。
「ははは、今日も朝が来たぞ!」
昨日見たホラー映画のせいで思うように寝付けなかったが、多分蜻蛉のおかげでいつも以上に安心しながら眠ることができた。まぁそれは良い。それは良しとしよう。
『朝から騒がしい!!!』
なんだこいつ。朝からバーン!と起きやがって!掛け時計を見てみると、短い針は7を指していた。こんな早くに目が覚めるのは久し振りなんですが。
『…寝たい』
「駄目だ」
『そうなのー』
「起きろ!」
目蓋が重たい。蜻蛉に肩を掴まれ、激しく揺さぶられる。やめて。
『わかった!わかったから揺らさないで!吐きそう!』
「悦いぞ悦いぞー!」
『……朝ごはん』
私は昔から寝起きが悪いと自他共に認められていた。それに比べ蜻蛉は朝からいつものテンションで目を覚ます。そんな彼に、この私がついていけるハズがないのだ。
「少食なやつめ!もっと食わぬか!」
『…朝は果物くらいで良いよ』
「かげたん、○○たんー!おはよ☆」
ラウンジでブレイクファーストという名のフルーツを口に運んでいると、忌まわしきウサギが姿を現した。
『…おはよ☆じゃないよ!昨日はよくも傑作コメディと偽って私にホラー映画を押し付けてくれたな』
「あっれー、嫌いだった?」
『大嫌いだよ!』
「2人で見たんでしょ〜!良いじゃない、結果オーライ♪」
こいつ!むかつく!
「昨日は2人で眠ったぞ」
『言うな』
「お楽しみだったんでしょー!」
『お楽しみって…何も無いけど』
それは予想外、とでも言いたそうな顔の残夏に私が予想外だった。
「人様のそういう事情には介入しないけどさぁ…」
彼は「付き合ってるんでしょ?」とだけ言い残して、そそくさとラウンジから出ていった。
『私たち、付き合ってたっけ?』
「………」
『…………』
「…私は名前が好きだ。名前は私が好きか?」
『うん』
「……つまり、そういうことだ」
『うん?はい』
そういうことらしいです。
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120416
0巻読んでからバーン!と起きる蜻様が書きたかったんですよね!
彼の誕生日を華麗にスルーしました。いつか埋め合わせを…。