私の恋人はリアクションが薄い。
『…………』
「……………」
何故か名前が残夏に押し付けられたというホラー映画を私の部屋で見ている。内容は典型的な純和製で、近くに居るが出てこない、その繰り返しだ。だが、たまに驚かせる場面が入ってくるのだ。なかなかのドSとでも言っておこうか。
「怖くはないのか?」
『…………しし、死ぬほど怖い』
どうやら怖いらしい。怖いのか。名前は先程から黙って食い入るようにテレビ画面を見つめている。その間、驚いて肩を揺らしたりする素振りは一度も見せなかった。
普段から名前は(私に対しては頻繁ではないかもしれないが)よく笑う奴だ。怒りもする。だが怖がったり驚いたり、泣いたりしている姿は本当にレアだろう。
私の留守中に寂しくて部屋の隅で1人泣いている姿を想像すると幸せになった。私が。
『かげ、ほら…、ほら出た』
「奴が出たな」
『か、かげ』
彼女はホラーが極度に苦手らしい。そう呼ばれると、こう…良いな。しかし名前は未だに無表情だ。よく見ると目が泳いでいるかもしれない。
『…………』
「……………」
『………終わり?』
テレビ画面に目を移すと、暗転してエンドロールが流れ始めた。
『あ、あの子は…あの子はどうなったの?振り返ったら後ろにいて…で?』
「連れていかれたか、もしくは憑かれたかだろうな」
『………』
信じられない、みたいな表情で見られても。可愛いだけだ。
「続編もあるらしいが」
『いえ、結構です』
「そうか」
『うん』
テレビの電源を落とす。
『…み、見なきゃ良かった』
「そんなに怖かったのか」
『死ぬかと思った』
「自分の部屋まで戻れるか?」
確実に目が泳いでいるな。相当苦手なのだろう。見る前に止めておけば良かったのに。私が直々に送り届けてやろう、そう言おうとした時。
『…と、泊めてください』
「え」
『いや、無理にでも頼みますって…私に自分の部屋で1人夜を明かせっていう方が無理だし、家具の配置とか映画とそっくりだったし…ダメ?』
そんなこと言われて断れる訳がないだろう。まぁ、断る理由もないがな!
「構わんぞ!」
『ありがとうございます、蜻蛉様』
「私はシャワーを浴びて…くるが」
『えっ、』
1人にして大丈夫か。
『…シャワーの音を聞きながら扉の前で待ってるから、大丈夫』
私がシャワーを浴びている最中、名前は本当に扉の前で待っていたらしい。体育座りをしていた。
「…あ」
『っ!?』
「嘘だ」
名前の背後を指差して声を上げると、予想を上回る速度で後ろを振り返っていた。先祖返りが幽霊を怖がるのか、そう訊ねると「人間や妖怪ならいくらでも対処できるけど、幽霊は実体が無い訳だからね」と真剣な表情で言われた。
「私が抱き締めながら眠ってやろう」
『お願いします』
「…あ、あぁ」
ホラー映画を見た後の名前は誘い受けになるらしい。普段からリアクションが薄いのはただ彼女がクーデレなだけで、ホラー要素がデレのスイッチの1つなのだ。
腕の中で目を瞑る彼女を見る。据え膳食わぬは男のなんとやらとはよく言ったもので。
だがなかなか手を出せない私がいる。
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120409
ヘタレ硬派