「名前、会いに来たぞ!」
『なんで私のお母さんは蜻蛉に甘いんだろうね』
なにをするでもなく、自分の部屋で医学書を開き、ぼーっと窓の外から見える庭を眺めていた。私はそんななにもしていない時間が結構好きだった。息抜きになるし。
蜻蛉とは、同い年のいとこという関係で小さい頃から一緒にいた。
『イケメンに弱いのかな』
「それは私を褒めているのか!快いぞ快いぞー!」
『そういうことを言わなければ文句なしのイケメンだろうけどね』
君は喋ることで全てをダメにするタイプだよ。あとその仮面をどうにかしたらどうかな。
「今日は大事な話があって来たんだ」
『またSとMについて解説するつもりならすぐ帰ってね』
「言葉責めか!…それとは違う」
『なら聞いてあげる』
彼の話は、彼が実家から出てメゾン・ド・章樫に住むというものだった。
『良いんじゃない?』
「……それで、だな」
『まだ続きが』
「…名前も一緒に、行かないか」
『いいよ』
私がそう答えると、予想外だったのか彼は吃驚していた。こっちが吃驚。
『SSとして雇って貰いながら、静かな場所で勉強できるなら良いかなぁと思ってさ』
「そ、そうか…!」
『お母さんが許してくれたらだけど』
「それなら問題ないぞ!私が既にに許可を貰ってきたからな!」
『だからなんでだ!』
─数年前に私はそういう経緯でこの妖館にやってきた。あれから未だに雇い主は越してこないのだけど。でもそのお陰なのか、勉強に専念できたので無事医師免許を取得できた。
宝狐院家の一族は代々、先祖返り関係の病院の経営をしている。なんたら会病院がそれである。
そんな家に生まれた私は、医者になる道以外を選べなかったのだ。私の家は先祖帰りの家特有の宗教じみたところは一切なく、教育熱心な父親と優しい母親に育てられた。私が医者になったのは、愛情を持って育ててくれた両親への恩返しでもある。
『しかし誰も引っ越してこないなぁ』
その時に備えて、私はいつもスーツを着てるっていうのに。ついラウンジでぼやいてしまう。
「名前、もしかしてプー?バイトとかしてんのか?」
『木綿こそ卒業したらどうするの?プーって失礼ね、一応私もちゃんとした仕事してるんだよ』
「もしかしてメイド喫茶!?」
『野ばらちゃん、とりあえず落ち着いて。私にはお医者さんという立派な職業があって…え?言ってなかった?』
な、なんでそんな目を見開いてるの?といっても、野ばらちゃんと凛々蝶ちゃんだけだけど。残夏と双熾、それに渡狸は私が勉強している姿を見ているはずだから。蜻蛉は放浪中。
「女医!?そんな…メニアック!」
「ほー、名前は立派だなぁ」
『知らなかった?あの、……なんたら会病院の』
「大栄会病院です、名前さま」
「っま、全くの初耳だぞ!それにしては名前は妖館にいることが多いが…」
『あんまり行きたくないんだもん。私は呼ばれないと行かないよ』
「でもね、白衣の○○たんの働く姿はかっこいいんだよ〜」
『なんで知ってるのかな』
「この前、蜻たんと二人で見に行ったから☆」
『お前ら二人揃うと本当にロクなことしないのな!』
「蜻たんは写メってました!」
『仲間を売るな!…帰ってき次第、データを削除します』
数日後、彼の携帯の待ち受けになっていた画像を無事削除することができました。
『(…確か、昔は学校の先生になりたかったんだっけ)』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
120403
主人公の一族に触れました!
彼女についての設定は本編で少しずつ明かされていきます。※あくまで予定