―私が小さい頃。
『やーめーてーよー!』
自宅から蜻蛉に拉致されるのは日常茶飯事だった。お母さんも気を許しちゃってさ!うふふ蜻蛉くんならお好きにどうぞー、だなんて寛容すぎる。
「1週間も私に会いに来てないではないか」
『もうすぐ定期テストがあるの!だから勉強しなくちゃいけないの!』
「今日から私の部屋でやればいい!」
『そんな!なんでよ!』
「名前が近くに居ないと落ち着かないんだ」
『え…』
「……あ」
『だがしかし、そんな展開は用意されていないのだ。ふはは』
結局折れたのは私で、自宅に引き返して勉強道具を彼の部屋に持ち込んだ。
「私の机を使え!」
『や、やだよ…しかも大砲がある部屋とか落ち着かない。蜻蛉がいる部屋とか集中できない』
「私のお願いを拒否するとはなかなかのドS!双熾、机を用意してやれ」
『お願いだったの?…双熾?』
ガチャ、と扉が開き笑顔の少年が机を運んできた。おぉ、なかなかの美少年。しかし胡散臭い笑顔だなぁ。
「御狐神双熾と申します。先日から蜻蛉さまに支えております」
『あ、ご丁寧に…』
「名前さまのお話は聞かされておりました」
『どんな話?』
「余計なことは言うなよ、双熾」
余計なことって。お前は一体どんな話をしたんだ。余計なことばかり言ったんか。…双熾くんか。蜻蛉の接し方から見ても根は良い子なんだろうけど、いかんせん笑顔が鼻につく。まぁ、良いか。何を考えてるか分かんないし。
「紅茶を淹れて参ります」
「あぁ」
『お気遣いなく…さて私は勉強する』
用意された机とイスで、教科書とノートを広げる。双熾くんが紅茶を置いて、部屋から出ていった。え、なんで出ていくの。二人きりにしたいの?気を遣ってるつもりなの?やめてよ!
『…蜻蛉くん、近いんですけど』
「家庭教師のようで良いだろう!」
隣にイスを持ってきて、こちらを見ている彼の視線がむず痒い。
『………なに』
「暇だ」
『お前は構ってちゃんか!』
「勉強はやめるぞ!」
『そのメガネかち割るわよ』
「ドS!」
最初は無視していたが、蜻蛉の小さなちょっかいが気になる。袖を引っ張ったり、髪の毛を触ったり。
『もう分かったよ!勉強やめる!』
「わーい」
『明日からテストが終わるまでは蜻蛉とは断固会わないので』
「ほ、放置プレイか…!」
テストが終わってからすぐのことだ。
蜻蛉から手紙の話を聞いたのは。
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120401